280 水の中の探し人 その2
「……あら、戻ってきたわね」
湖の中、一人姿を隠したウィンディーネが、再び湖の中へと潜ってきたウィルとビシャヌを見つける。
先に言っておくが、ウィンディーネは決して意地悪で同化している訳ではない。
もし試練に来たのが他の面々であれば、それなりのハンデは出すつもりだったし、姿を見えなくさせることもなかった。
が、人魚である二人が来たことで、ウィンディーネは急遽、姿を見えなくさせなければならなくなった。
簡単に突破されるようなことがあれば、それは試練にならないのだから。
「ふふっ、さて、どうするのかしら?……うん?」
ウィンディーネは、どんな策を練ってきたのか楽しみにしていた。
そんなウィンディーネのことなど露知らず、ウィルとビシャヌは唐突に動きを止めた。
その瞬間、それまで透き通っていた湖が、一瞬で深海のごとき暗闇に変化した。
「視界を潰した……?そんなことをしても意味なんて……」
ウィンディーネも、謎の行動に首を傾げる。
だが、動くことは決してない。
自分たちも見つけられなくなるというのに、わざわざ暗闇に変化させたのには、必ず理由がある。そこで下手に動けば、相手の策に嵌まってしまう可能性がある。
だからこそ、ウィンディーネは動かず、じっとしていることを選択した。
*
「……まだ動かないのかしら?」
暗闇に変化してから、すでに十分近く経過した。未だに湖には光は無く、暗いままである。
それでもウィンディーネは、じっと待ち続ける。
それから暫くして、湖に光が差し込み始めた。
「あら?なにかするんじゃな――っ!?」
何事も起きなかったことに疑問を抱くウィンディーネ。
だが、次の瞬間、ウィンディーネは急激な変化に襲われた。
「ぃあっ!?あっ、熱っ!?」
ウィンディーネはこの聖域を作る際、湖の温度を少し冷たいと感じる程度に設定していた。
しかし、今ウィンディーネが体感している温度は、沸騰したお湯の如く、軽く六十℃は超えていた。
そんな温度を急に受けては、流石に水の精霊であるウィンディーネであろうと、声を出さずにはいられなかった。
「――っ!しまっ――」
「見つけましたよ。ウィンディーネさん」
ウィンディーネは慌てて声を抑えるも、すでに手遅れ。盛大に叫んでしまったことで居場所がばれ、姿を同化させているにも関わらず、ビシャヌに見つかってしまった。
一応、ウィンディーネはまだ姿を見せていない。そのため、このままビシャヌから距離を取ることもできた。
だが、ただでさえ自分の姿を見えないようにしているというのに、さらにズルを重ねることになる。
そんなものは、フェアでもなんでもない。ウィンディーネとしても、避けたいものだった。
だからこそ、ウィンディーネは同化をやめ、ビシャヌの前に姿を現した。
「……平気そう、ですね」
「私は氷を扱っていますので、このくらいはできます」
「それで、これは一体……」
「とりあえず、上がりませんか?このまま熱湯に晒されていたいなら別ですけれど……」
「いえ、上がりましょう。ワタシでも、この温度はキツいですから」
ウィンディーネとビシャヌが、二人して水面へと泳ぎ始める。
水面に出た時、そこに待っていたのはナヴィたちであった。ウィルも、先に陸に上がっている。
「……それで、貴方たちはなにをやったのですか?」
「簡単な話よ。湖の水を半分沸騰させた、それだけのことよ」
「そんなこと、出来るわけが……」
「それが出来てしまうのよ。私たちなら」
ナヴィが閃いた策。それは、湖を半分熱し、その反応で居場所を突き止める、というものだ。
まず、ウィルとビシャヌが、湖の水面と底のほぼ中間に留まり、ウィルの水質操作で中部に膜を張る。
張り終えたら、ビシャヌが軽くサインを出し、それをレイラが確認。確認でき次第、今度はナヴィが闇で湖全体に影を作り出し、ウィンディーネにやることを悟られないようにする。
そして最後に、イブの炎で水面側の水を熱する。
もし水面側で反応がなければ、そのまま中部の膜を下げ、水面と海底の水を丸ごと入れ替える。
そんな作戦を聞いたウィンディーネは、ただただ呆然としていた。
「そ、そんな無茶苦茶な……半分とはいえ、この大きさの湖を、あんな短時間で……」
「イブ、レイラ、もう一回出来るかしら?」
「任せて!」
「うん!〝炎〟!」
イブがそう叫んだ瞬間、湖に巨大な火球が出現する。それも一つではなく、三つ。
当たり前ではあるが、イブだけではこんな芸当は出来ない。レイラの念力が無ければ、形を留めることすら難しかったであろう。
そして、浮かぶ火球を見せつけられたウィンディーネは、再び呆然と立ち尽くすほか無かった。
「そん、な……ただの、無茶苦茶じゃない……」
「え、えっと……ウィンディーネ、さま?だいじょうぶ?」
「え、えぇ……大丈夫よ……頭は痛いけど」
イブに心配され、そう答えたウィンディーネ。
自分もやりすぎでは、とまで思っていたウィンディーネだったが、それ以上のことをされ、なぜか頭痛に悩まされることになった。
「それで、これは合格になるのかしら?」
「……まぁ、どんな手段であれ、ワタシを見つけたのは事実ですからね。合格です」
ウィンディーネが告げ、ナヴィたちも試練に合格した。
残す試練は、あと一つ。




