273 風の精霊
「ふむ……どうやら、森の中のようじゃな」
緑の扉に入ったのはユア、リザイア、ベイシア、ナーゼの四人。
そして扉の先には、生き生きとした植物たちが生い茂る、美しい森が存在していた。
「……なぜ扉の先が森なのだ?」
「うーん……多分、聖域なんじゃないかな?」
「せいかーい!」
『――っ!?』
「あれ?もしかしてビックリした?させちゃった?それだったらごめんね?」
「……風の精霊、シルフ様……」
「そのとーり!シルフちゃんでーっす!」
四人の前に現れたのは、薄い緑色のショートヘアーに、花束を模したアクセサリー。薄めの紺色をベースに、黄緑と黄色のレースがあしらわれたワンピースを身に纏った、二十㎝ほどの可愛らしい少女。
その少女を見たナーゼは、瞬時に彼女が風の精霊シルフであると見抜いた。
「強大な精霊と言われているわりには、ずいぶんと小さいのぅ……?」
「そーお?わたしは産まれた時からこの大きさだから気にしてないけど?」
「……ですが、相当な魔力の持ち主であることは確かなようです」
「お?そこのエルフちゃん、いい目をしてるみたいだねー。そう!わたしはすごいのだ!」
小さな体で胸を張るシルフ。まぁ、張る胸も無いのだが。
「それで、聖域とはなんなのだ?」
「んー、そうだなぁ……箱庭、って言えばわかりやすいかな?どう作るかも、どんな場所にするかも、全てが自由。そんな小さな世界が、聖域だよ」
小さな世界。その一言だけでも、聖域という場所がとてつもない場所だと理解できる。
そして、聖域を作り出すことのできるシルフも、改めて偉大な存在であると、四人は思い知らされた。
「さ、て、と、雑談おーしまいっ!そろそろ始めよっか!君たちが、パンドラ様に相応しいかどうか、このわたしが見極めさせてもらうよ!」
シルフの言葉を聞いて、四人が警戒を高める。
しかし、そんな四人を見ても、シルフは平然と笑っていた。
「お?いいね、そのやる気!わたし好きだよ!」
「……それで、試練というのは?」
「わたしの試練は……ずばり!鬼ごっこ、だよ!」
『お、鬼ごっこ……?』
「そう!君たち四人で、わたしの体の一部にでも触れることができたら試練合格!触れられなかったら試練失敗!簡単でしょ?」
「確かに簡単だが……それでいいのか?」
「いいよー?それと、君たちはどんな手を使ってもいいし、手加減なんていらないよ?」
『……っ!』
シルフの言葉、それは「どんな手を使われようと問題ない」という自信に満ちたものだった。
人と呼ぶにはあまりにも小さすぎる体。それなのに、とてつもなく巨大に見えてしまうほどの絶対的な存在感。
そんな圧に、四人は少しだけのまれそうになってしまった。
「それじゃあ……よぉーい、スタート!」
「っ……!」
シルフが元気よく宣言した瞬間、ユアが一瞬のうちにシルフの元まで飛ぶ。開始の合図と同時に、ベイシアが反発力を高めた糸を、ユアの足元に張ったからだ。
開始から一秒と経たずして、ユアの手がシルフに迫る。しかし、ユアがシルフに触れようとしたその時、シルフの姿が消えた。
「おっと、危ない危ない。早速捕まっちゃうところだったよ」
「っ、いつの間に……」
「あれれ?もしかして、今ので捕まえられるとでも思ったのかな?それは考えが甘すぎるね」
「なら、これならどうだ!」
リザイアが、ヴァルドレイクの引き金を連続で引く。高速の雷撃が、シルフに向かって何発も飛んでいく。
……だが、
「よっと」
「なっ……!?」
「ありゃ?思ってたより威力高いや」
シルフが右手で払うような素振りをした途端、強風が発生。その風に当てられた雷撃は、途端に散々になって霧散してしまった。
「うんうん、いいね!もっとおいで!君たちの全力を……わたしが、叩き潰してあげるから!」




