272 精霊の試練
《【〔〖なにをしに来た。人間〗〕】》
『――っ!?』
突如として聞こえてきた声に、全員が警戒心を露にする。しかし、この場所に俺達以外は誰もいない。
メリア達が声の主を探す中、声の主はどこかおかしいとでも言うように言葉を続けた。
《もう一度聞くよ?なにをしに来たの?》
「俺達は、パンドラに会いに来た」
【……会って、どうする?】
「俺達の中に一人、呪いで苦しんでるやつがいる。それを、治してもらいたい」
〔ふぅん……ここにパンドラ様がいる保証が無いのに、わざわざ来たのかしら?〕
「お前達が俺達に話しかけた、それが答えじゃないのか?」
〖ははっ、違いねぇ!〗
無邪気、控えめ、冷静、豪快。
聞こえてくる声に、俺は迷うことなく答える。
何人かは未だ困惑している様子だが、ナヴィやユア、イルミス辺りは落ち着きを取り戻していた。
「……それで、貴方たちは何者なのかしら?」
《わたしたちは、この遺跡を守護する者》
【遺跡に眠るパンドラ様を、守る者】
〔力を望む者に、試練を与える者〕
〖それがオレサマたち、四大精霊の役目〗
「四大精霊……って、まさか!?」
やはり精霊族だからか、ナーゼが四大精霊という言葉に反応した。
「ナーゼ、四大精霊って?」
「……パンドラ様とアテナ様が、産まれてからすぐに産み出した、四人の精霊のことだよ。風の精霊シルフ様、土の精霊ノーム様、水の精霊ウィンディーネ様、火の精霊サラマンダー様」
〔へぇ……よく知ってるじゃない〕
「成る程な……それで、俺達はどうすればいい?」
《ここに来たからには、答えは二つに一つ。全てを忘れてここから去るか、それとも試練を受けて、なにも得られずに去るか、だよ》
無邪気な声が、俺達に選択肢を与える。しかし、与えられた選択肢には、どちらも何一つとして得るものがない。
余程パンドラに会わせたくないのか、はたまた、試練の内容に自信があるのか。――だが、
「俺は、どちらも選ばない」
〔……じゃあ、どうするのかしら?〕
「試練を受ける。受けて乗り越え、パンドラに会って、呪いを解いてもらう。それが、俺が選ぶ選択肢だ」
俺は、そう力強く宣言する。俺の言葉を聞いた精霊達が、一瞬黙り込む。だが、その静寂はすぐに壊された。
〖くっ……くくくっ……いいじゃねぇかその度胸!おもしれぇ!〗
【初めて。そんなこと言われたの】
〖おい人間!テメェ、名は?〗
「ケイン。ケイン・アズワードだ」
〖ケイン……いい名だ!〗
豪快な声がそう叫ぶと同時、部屋にあった四つの扉が色づき、輝き始めた。
一つは、森羅を駆け抜ける風のような緑色に。
一つは、大地を造り出した土のような黄色に。
一つは、恵みを与え続ける海のような青色に。
一つは、全てを焼き付くす火のような赤色に。
「っ、これは……!?」
〖これは試練への道導!オレサマたち四人が、この扉の先に一人ずついる!全ての試練を乗り越えた時、テメェが求めるパンドラ様に会えるってわけよ!〗
〔こらっ!全部言わない!まったく……とにかく、それぞれの扉に入ったら最後、その試練が終わるまで出ることはできなくなるわ〕
【試練、全部で四つ。全員で一つの試練に挑んでもいい。四手に別れて、それぞれ挑んでもいい】
《まっ、どう挑むとしても、わたしたちは乗り越えさせやしないけどね!》
無邪気な声が、またまた挑発な言葉を告げる。
よほど自信があるのか、俺達が試練を乗り越えられないと確信しているようだ。
俺達は一度集まり、話し合うことにした。
「それで、どうするんですの?」
「イブは、ぜんいんでいきたいです」
「そうですね……なにがあるのか分かりませんし、纏まって行った方がいいかもしれません」
「ケインは、どうしたい?」
「俺は……」
どうやらメリア達は、全員で行く方向で賛成しているらしい。
だが俺は、それに賛同できなかった。
なにも、全員で行くことが悪いと思っているわけではない。ただ、それではいけないと思ってしまっている自分がいた。
「……俺は、四手に別れた方がいいと思う」
「ふむ、どうしてなのじゃ?」
「どうして、って言われると、俺にもわからない。ただ、このままじゃいけないと思った。お互いに助けあって、補いあって……でもそれに府抜けていたら、今後どこかで必ず躓く。そんな気がした。だから、四手に別れたい」
俺にとって、仲間は家族。それは変わらない。
だが、それに甘えるようになった俺は、仲間達と、メリアと出会う前よりも、生きるために必死になれているのだろうか。
仲間を守るために死ぬわけにはいかない。そう考えれば、必死になっているだろう。
だが、自分以外に構っていられなかった、明日を生きることしか考えていなかったあの頃よりは、必死になんてなれやしない。
今さら、昔の自分に戻りたいなんて思わない。だが今だけは、昔の自分にならなくてはいけない。
失うことを恐れていた、あの時の自分に。
「……わかったわ。それじゃあ、四手に別れましょう」
「いいのか?」
「何言ってんだ?ご主人サマが別れると決めた。なら、オレたちはそうするだけだ」
「そうだね。ケイン君、君はボクたちのリーダーだ。君がそれを望むなら、ボクたちはそれに従い付いていく。それだけだよ」
「……ありがとう」
何気ない一言に、少しだけ気持ちが和らぐ。俺達は、誰がどの扉の先に向かうかを話し合った。
《おっ?決まったのかな?》
「あぁ」
〖なら、その扉を開けるがいい!〗
〔そうすれば、ワタシ達の試練が始まるわ〕
【試練が始まったら、終わるまで戻ってこられないよ】
「望むところだ」
俺達は、それぞれの扉に手をかける。
――さぁ、試練の始まりだ。




