271 声
二節最終、三十一章開幕です
忘却の森。立ち込める霧の中に入った者の末路は二つに一つ。何も得られることなく帰ってくるか、記憶を失い帰ってくるか。
摩訶不思議なこの一帯には、もう一つの名前がある。
それが、パンドラの箱。
精霊族、その全ての始まりの一人の名を冠するこの場所に、なにがあるのか。それを知るものは誰一人としていない。
たとえ知れたとして、それを保持して帰ってきた者はいない。
そして今、誰も近づかなくなったこの場所に、運命に抗おうとする旅人たちが現れる。彼らが世界にもたらすのは希望か。それとも――
*
「……これはすごいな」
目の前に広がるのは、どこまでも白く、先の見えない霧に包まれた森。
一度入ってしまえば、方向感覚を見失ってしまいそうになるこの場所に、俺達はやってきていた。
理由はただ一つ。呪いの精霊パンドラに会うためだ。
ただ、この場所に、本当に存在しているのかは分からない。あくまでも、名前を冠しているだけの可能性だってある。
だが、俺はそれでも行くべきだと感じた。だからこそ、この森に来たのだ。
「……よし、行くぞ。ベイシア」
「うむ、承知したのじゃ」
ベイシアが、全員の手首に糸を巻き付ける。これで、霧に撒かれて散々になることもないだろう。
俺達は、森の中へと入っていった。
「それにしても、本当になにも見えませんわね……」
「しかし、他に気配はありません。敵襲の心配は無用かと」
「そうだとしても、身構えてしまうのは仕方ないと思いますわ」
「……そうですね。警戒するに越したことはないかと」
警戒を強める二人をよそに、俺は地図を開いてみる。
「……まぁ、そうだよな」
開いた地図には、それまで映していた森や川すらも映っておらず、真っ白。
最初からアテになるとは思っていなかったが、実際に目にすると不気味に思えてくる。
だがそれでも、前に進むしかない。もしこの場所にパンドラがいるとするなら、俺は会わなくてはならない。
パンドラに会って、メリアの呪いを解いてもらう。それが今、俺の一番のねが――
『―――』
「……え?」
「ケイン?どうしたの?」
「いや、今声が……」
「声?私たち以外に、誰もいないけど……」
「そんなハズは……」
『―――』
「っ、また……この声、もしかして俺を……」
「ケイン?」
「……こっちだ」
「え?ちょっと!?」
俺は、声の聞こえる方に向かって進む。メリア達も、俺の後を追ってくる。
突然、俺にだけ聞こえてきた声。なぜかは知らない。どうしてかも分からない。だが俺は、その声の主と会わなければいけない。それだけは、はっきりと分かっていた。
前に進むにつれ、霧はさらに濃さを増していく。もはや、目の前になにがあるのかすら分からない。それでも俺は、歩み続けた。
そして突然、それは現れた。
「っ!?これは……!?」
「すごく神秘的……それに」
「遺跡、なのかしら?」
それまで、白一色に染められていた視界に、突如として木々が生い茂り、暖かな日の光が射し込む場所が姿を現した。
そしてそこには、巨大な遺跡らしき建物が建っていた。そして――
『―――』
今も俺を呼び続ける声は、そこから聞こえてきていた。
「行くぞ、あの中に」
「……う、うん」
俺達は、遺跡の中へと入る。
俺達を出迎えたのは、一面を黒で覆われた通路。壁画などもなく、ただ呆然と道だけがある。
奥へと進むと、一つの部屋が現れた。その部屋は円形になっており、中央には黒い台座。そして、十字になる形で、四つの扉が存在していた。
しかし、その扉のどれに手をつけても、一向に開く様子はない。勿論、台座に触れても、なにも起きない。
「……ここで行き止まり、ですの?」
「そうみたいね……」
「……」
ナヴィ達が少し落胆する中、俺は一人目を瞑り、頭を真っ白にして耳を澄ませる。
『―――』
「この声……やっぱり、お前は――」
《【〔〖なにをしに来た。人間〗〕】》




