270 パンドラの箱は何処に
「……うぅ……」
やけに重たい瞼を開ける。
日差しが差し込んできたわけでも、誰かに起こされたわけでもなく、ただ目が覚めた、というのが正しい。
……それはそうと、体が重たい。気だるさもあるのだが、どちらかと言えば物理的に――
「……っ!?」
原因を探るため、少しばかり視線を下に向けると、無防備な姿で俺の体に乗り、すやすやと眠っているメリアの姿があった。
そんな姿を見てしまい、寝ぼけていた頭が覚醒する。それと同時に、俺の体に左右から抱き付くナヴィとアリス、両腕に巻き付くウィルとリザイアの姿も見えた。
(あぁ……そういえば……)
それで、俺は僅かに思い出した。
……簡単に言えば、昨日俺は、抵抗する暇もなく五人に襲われた。途中から記憶が飛んでいるのか、それ以上は思い出せない。
ただまぁ……悪くはない。体は重いが。
……とりあえず、皆が起きるまで、俺ももう一眠りしよう……
*
「じゃっじゃーん!どうよ、これがウチの求めていたスタイルっしょ!」
「うん、すごく、合ってる」
「でっしょー!?メリっちわかってるぅ~♪」
スイートナイトメア前で集合した俺達。ライアーだけなぜか遅れてきたかと思えば、それまで代理で着ていた寝間着姿ではなく、ちゃんとした服装に着替えてきていた。
へそ上あたりまでしか丈の無い白いシャツに、前が閉まらないタイプで、いくつかの刺繍や装飾品が施されたパーカーを合わせた上半身。
ソルシネアのものと同等くらいに丈の短いホットパンツと、太ももまで丈のあるストッキング、少し厚めのスニーカーを合わせた下半身。
ライアーは、これまでの俺達にはないような、派手な服を着こなしていた。
「んで、ケーちんはどう?ウチ似合ってる?」
「あぁ、良いと思う。……で、それどうしたんだ?」
「ふっふっふっ……ケーちん、よくぞ聞いてくれた!なんとこれは、ウチが作った服なのだッ!」
「へぇー」
「反応うっす!?もっと無いの!?つか驚きすらナッシング!?」
「いや驚いてはいるんだが……作ったってのは?」
「ぐぬぬ……まっいっかー。んで、答えはカンタン、〝裁縫〟のスキルで作ったんだ~♪ちなみに素材はベーちん提供で♪」
「全く……一夜中あーだこーだ言われて疲れたのじゃ……」
「裁縫か……」
裁縫のスキルは、文字通り裁縫をするだけのスキル。それ以上でもそれ以下でもない。
元々ライアーは、かなり服に拘る印象があった。裁縫スキルを使えば、ライアー自信の好みに合わせた服を作ることは容易いだろう。
「でも、ライアーは裁縫のスキルを持ってなかったよな?どこで手に入れたんだ?」
「昨日ウチがテキトーに蹴散らしてた時に、ぐーぜん助けた人にお礼にー、って貰ったの」
「……一応聞くが、無理矢理とか脅迫とかじゃないよな?」
「ケーちんはウチをなんだと思ってるのかな?そんなの当たり前に決まっ」
「……ガラ――」
「ハイッ!嘘です!ウチはなにもしてません!本当にお礼で貰っただけです!」
どうやら本当にお礼として貰ったものらしい。
ライアーのことだし、言葉遊びのスキルで無理矢理……なんてこともしかね無いと思ったのだが、その心配は杞憂で終わったようだ。
それにしても、ガラルの名前出すだけで大人しくなるから、ガラルって便利だよなぁ……
「……ご主人サマ、失礼なこと考えてねぇか?」
「いや、別に?」
とにかく、これで全員が揃った。
メリア、ナヴィ、レイラ、ウィル、イブ、ユア、リザイア、アリス、イルミス、ガラル、ベイシア、ソルシネア、ナーゼ、ビシャヌ、ライアー、ルシア、それにコダマ。
誰一人として欠けることなく、ここに居る。
そんな俺達の前に、スイートナイトメアから一人の女性が姿を現した。メフィロアンナだ。
「やぁ、昨日は楽しめたかな?」
「……おかげさまでな」
「はっはっは、それは良かった」
開口一番それか?と思ったが、こいつはサキュバスで、なんならあの部屋を提供し、五人をそそのかした犯人だ。
なにを言ったところで、俺がダメージを受けるだけだろう。
「っと、いけない。目的を見失うところだった。君たちに、話しておきたいことがある。君たちが探している精霊について、だ」
「っ!?どうしてそれを……!?」
「いやなに、昨日そっちの子たちから、私の元を尋ねた理由を聞いただけさ。別に、君たちがどうして彼女たちを探しているのか、とかを聞くつもりはないから安心したまえ」
「ユア?」
「すみません、報告が遅れました」
どうやら、昨日のうちにユア達がメフィロアンナの元を尋ねた理由を話したらしい。
メフィロアンナ自信も、俺達のことを無闇に詮索するつもりは無いようだ。
「いや、大丈夫だ。それで、情報ってのは?」
「リザイア、忘却の森のことは覚えてるか?」
「え?あぁ、覚えている」
「忘却の森?」
「このディヲルエーラから少し離れた森にある、常に霧がかかったエリア一帯の名だ。霧の中に入った者の末路は二つ、何事もなく入った場所に戻ってくるか、入る少し前までの記憶を失って戻ってくるかだ」
「記憶を、失う……?」
それは、なんとも奇妙な森だ。
常に霧が発生しているのも、必ず侵入した場所に戻ってくることもそうだが、記憶を失う理由がわからない。
話を聞く限り、まるで人が来るのを拒んでいるような感じがする。
「これまでも、何人かが記憶を失って戻ってきた、という話は聞いたことがあるが……その森がどうかしたのか?」
「うむ。実はあの森には、私のように、ディヲルエーラの長となった者にだけ伝えられている別の名前がある」
「別の名前?」
「そうだ。その名は……〝パンドラの箱〟」
『――っ!?』
全員が、その名前に息を飲んだ。
――パンドラ。俺達が探している精霊の一人。その名前を持つ森が、この近くにある。
俺は深く深呼吸をすると、メフィロアンナに問いを投げ掛けた。
「……どうしてパンドラの箱、なんて名前がついているんだ?」
「そこに、パンドラ様が封印されているからだ。君たちが探しているパンドラ様がね」
「封、印……?」
「私も、どうして封印されているのかは知らない。本当に封印されているのかも分からない。それでも、君たちは行くのだろう?」
「……あぁ」
パンドラが、近くに居る。メリアの呪いを解けるかもしれない存在が、近くに居る。
それだけで、俺の心臓は鼓動を早めていた。
「私の話は以上だ。それと最後に……おい」
メフィロアンナが、誰かを呼ぶ。その声に反応して現れたのは、ヘレンだった。
ヘレンはリザイアの前まで歩いてくると、リザイアと目を合わせた。
「一応、助けてくれたことには感謝してあげる。……でも、ワタシもアナタを助けたからおあいこ!いい!?それとアンタ!コイツを不幸にさせたら、タダじゃおかないから!ワタシが言いたいのはそれだけ!分かった!?」
「言われなくても分かってる」
「あっそ……じゃあね、リザイア」
「っ、あぁ。じゃあな、ヘレン」
「ふんっ」
ヘレンは踵を返すと、スイートナイトメアへと戻っていった。どうやら、二人の蟠りは、少しはマシになったらしい。
そうでなければ、俺に向けてあんなことは言わないだろう。
「……さて、俺達も行くとするか。メフィロアンナ、世話になった」
「こちらこそ、町の者たちを救ってくれたこと、感謝している。リザイアのこと、私からもよろしく頼むよ?」
「勿論だ……じゃあな」
「あぁ、さらばだ」
俺達は旅立つ。メフィロアンナと、こっそりと見送るヘレンを背に。
目指す先は、忘却の森。またの名を、パンドラの箱。
呪いを司る精霊との会合まで、あと少し。
そして――
*
「そろそろ、デュートライゼル跡地だ」
「ようやくですね……」
「あぁ、俺は知らなければならない。俺が成すべきことを、俺が討たねばならない、世界の敵を」
世界が真実を知るまでも、あと少し。
これにて三十章「眼に誓う嵐の恋」編完結です。
次回、二節最終章となる三十一章も、よろしくお願いします。
参




