263 リリム その2
「ふふ~ん♪ほらー!パパもママも早くー!」
「ははっ、リリムは元気だなぁ」
「そうね~」
普段の様子からは考えられないほど元気に振る舞うリリム。
周りに馴染めないリリムにとって、家族との時間はなによりも大切なものだった。
両親も、それが分かっているからか、ただ純粋に楽しんでいるリリムの様子を見れるのが嬉しかった。
「えーっと、次は――」
ドカァァァァンッ!
「「「――っ!?」」」
リリムが、次に向かう先を選ぼうとしていたその時、突如として巨大な爆音が響き渡り、直後床と壁、そして天井のすべてが、熱風を伴いながら崩れ始めた。
リリム達は知らなかったが、この時、隣の娼館でトラブルがあった。娼館に入った客の一人が、サキュバス相手に無理矢理関係を迫ったのだ。
その男は、昼間とは思えないほど酔っていたようで、夢魔族が放つフェロモンに当てられたのか、部屋に入るや否や関係を持とうとしたのだ。
勿論、相手をしたサキュバスは断った。別に、関係を持ってはいけないというルールは無い。だが、サキュバス自身も相手を選ぶ権利はある。それだけのことだ。
しかし、酒に酔っていた男はフラれたことに逆上。酔った勢いで、炎のスキルを放った。
その炎は、近くにあったお酒のビンに直撃。炎の威力が高かったこともあり、部屋にあるカーテンやベッドを燃やし、割れたビンから溢れたワインやウイスキーに着火。
そして、大爆発を巻き起こしたのだ。
大爆発が起きたのは、丁度リリム達が居た階の真下。さらに、リリム達が居たのは壁からさほど離れていない位置だった。
無論、リリムに爆発を予測することも、崩れ落ちてくる物を回避することも、熱風を防ぐことも、咄嗟に行うことなどできなかった。
「「リリムっ!」」
突然のことに、声すらあげることのできないリリムの元へ、両親が咄嗟に飛び寄ろうとする。
だが、真上から落ちてきた瓦礫に翼をやられ、そのまま崩れた床の上に落ちてしまった。
そんな二人の近くに、叩きつけられるようにしてリリムが落ちてきた。
「っ!?パパ!ママ!」
リリムは、両親の姿を見て声を荒げる。
リリムは両親の側に寄ろうとするが、リリムは翼に加え足も瓦礫にやられており、身動きを取ることすら難しかった。
「ねぇ起きて!起きてよ!」
「……に、逃げろリリム!こっちに来てはいけない!」
「そ、そうよ……!せめて、貴方だけでも……!」
「でも!」
両親に、必死に声をかけるリリム。
そんなリリムに対し、両親は叫ぶようにして逃げるように告げる。
だが、リリムはむしろ近寄ろうと試みる。そんなリリムの姿を見た父親は、ふと頭を上げ―それを見た瞬間、弾かれたように飛ぶと、そのままリリムに体当たりをした。
「――っ、リリム!」
「ッ!?パパ、なに、する、の……ッ!?」
体当たりを食らい、その場から弾かれるリリム。どうして、と疑問を投げ掛けようとしたリリムだったが、その言葉を最後まで告げることはできなかった。
―落ちてきた鋭利な柱のようなものが、父親の体を貫いていたからだ。
「ゴハッ……!?」
「い、いや……」
「逃げ、ろ……リリム……」
「イヤッ……いやっイヤッ嫌っ……」
リリムは、それを理解することができなかった。
リリムは、ただ否定することしかできなかった。
リリムは、逃げることなどできなかった。
目の前で親が貫かれていたら、どうすればいいのかなんて、分かるハズもない。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ドカァァァァンッ!
リリムがそう叫ぶと同時、二度目の爆発。
先程より上の階で起きた爆発の衝撃は、ただでさえ崩壊を始めていたその一帯を震わせ――
嘆き、動けぬリリムに向けて、燃えた遊具の破片が大量に落ちてきたのだった。
軽症五十弱、重傷二十超、死者を十人以上も出したこの事件は、ディヲルエーラ史上最悪な事故となった。
リリムは、父親の咄嗟の行動により、瓦礫と遊具の下敷きになってはいたものの、重傷者として救出された。
生きていることすら奇跡に近かったリリムのため、メフィロアンナを始めとした夢魔達は、あらゆる医療の手を尽くした。
その結果、リリムはなんとか一命を取り留めた。
長い間焼き付けられ、焼け焦げた右瞼と、色を、瞳を失った右目を除いて……
そんなリリムの姿を見て、同年代の子供達は、リリムのことを〝化物〟と呼んだ。
夢魔族にとって〝目〟とは、種の象徴。その目の片方が焼け、見るに堪えないような、おぞましい状態になっていれば、化物、と呼ぶのも分かるかもしれない。
両親を失い、右目を失い、居場所すら失ったリリムは、毎晩のように泣いていた。
どうにもならない悲しみ、どうにもならない苦痛、どうすることもできない絶望。リリムを引き取ったメフィロアンナですら、リリムのそんな感情を、見ていることしかできなかった。
だが、とある日を過ぎた頃から、リリムの様子が変になっていった。
その日も、リリムの元へヘレンがやってきた。
ヘレンは、リリムが右目を失ったことを知り、苦しい思いをする……なんてことはなく、これまで以上に虐めるようになっていた。
「あっれぇ~?誰かと思えば、化物ちゃんじゃな~い♪どぉ~お?ゲ ン キィ?」
歯止めであったリリムの両親は居なくなり、リリムも、夢魔としては終わったも同然だったこともあり、日に日にエスカレートしていた。
リリムの心を抉るような言葉を、ヘレンは平気で言い放つ。これまでのリリムだったら、その言葉だけで潰れてしまいそうになっていたかもしれない。
だが、その日は違った。
「……我に近寄るな、下衆」
「……へ?なっ、下衆……!?」
いつもと違う言葉使いに、ヘレンも思わず困惑する。だが、リリムは気にする様子もなく、淡々としていた。
「貴様を下衆と呼ばずしてなんと呼ぶ?人の心を持たぬ外道が」
「っ、だ、誰が外道よ!この半端者!」
「だからどうした?貴様のような外道になにを言われようが、知ったことではない!」
リリムは、人間に近い価値観を持つ。故に、困難を乗り越えようとする心がある。
そんなリリムの心が導き出した、苦しみを抑える方法、それは〝強がること〟だった。強がることで、苦しみから逃げようとした。
勿論、そんなことでは、リリムの抱く苦しみは消すことなどできない。
だが、これまで我慢することしかできなかったリリムにとっては、強がることこそが救いになった。
自我を強く保ち続けること――それは、これまで変わることのできなかったリリムを、意図も容易く変化させていく。
捨てられぬ夢魔としての性、辛く重くのしかかる記憶、そして、誰にも寄り添えない孤独。それら全てをリリムは強がり、乗り越えようと試みた。
そうして構築された性格は、やがてリリムの在り方を確定させる。
リリムは、自分の在り方が確定したその日、リリムは誰に聞かせるわけでもなく、ただ叫んだ。
「……心弱き私は死んだ!我が名はリザイア!この世に生きる全ての者に、この名を刻み込んでやる!」
第一節の裏テーマ「失いしもの」
そんな第一節に登場したリザイアが失ったものは「右目」
右目を失い、夢魔としては半端な存在でしかなくなったリリム。そんなリリムが、苦しみや悲しみを強がることで、無理矢理に乗り越えた存在。
それが、リザイアなのです。




