257 全ての原因
「……おっ、気がついたか」
「……!?」
「逃げようって考えはやめておけ。そっちの方が危険だしな」
「……」
先程まで微塵も動かなかったスライムが、ふるふるとし始めたので、俺は声をかけてみた。
スライムは俺の声に反応し、その動きを止めた。なんとなくだが、怯えながら俺を見上げているような感じがする。
そして念のため、スライムに逃げない方がいいと伝えておく。
一応、町中には今誰もいないが、もしかしたら出てきているかもしれない。そうなった時、町中にスライムがいるとなると、余計な混乱を招きかねないからだ。
「んじゃメリア、頼んだ」
「ん……〝回復〟」
「……!?」
「なっ!?」
スライムが逃げるのを諦めたことを確認し、メリアにスライムを回復するよう頼む。
スライムは一瞬、半透明の体を震わせたが、自分に害がないことを悟ったのか、すぐに大人しくなった。
そしてもう一人、俺達の行動に驚いた人物がいる。フェムだ。
「な、なんでこいつを回復させてるんですか!?」
「なんでって、事件解決のために決まってるだろ」
「なにを言ってるんですか!?このスライムが犯人だとわかったじゃないですか!それなら、この場で倒せば解決するじゃないですか!」
「……!」
フェムの発言は、確かに間違いではない。スライムも、自身が倒されるかもしれないことを聞き、怯えたように体を震わせ始めた。
だが俺は、スライムに剣を向けることなく、スライムを安心させるために、そっとその体を撫でてやった。
「はぁ……フェム、一旦落ち着け。確かに、この場でこいつを倒せば、食い逃げは無くなるだろう。だがそれが、本当の意味で解決になるとは限らないだろ?」
「本当の意味で……?どういうことですか?」
「スライムは確かに、どこにでもいるモンスターのうちの一種だ。だが、基本的に臆病で、自分から人間を相手しようとはしない。あっても精々、自分の身を守る時くらいだ」
生きるのに必死だった頃、俺は明日を生きるために、調べられる限りのモンスターの名前、容姿、生態を調べ尽くした。
その中には勿論、スライムも含まれていた。
スライムは弱いモンスター。戦う力は弱く、故に戦いから逃げることで、その身を守っている。
初心者が最も狩りやすいモンスター。それは、スライムが臆病で、力がないからこそ言えることなのだ。
「だが、こいつはそんな危険地帯に、自ら飛び込んできている。それに、食い逃げなんていう、余計に自分を危険に晒すことまでして。それって変だと思わないか?」
「た、確かにそうかもしれませんが、それとなんの関係が……」
「こいつが、食い逃げをしてまで食料を求めなきゃいけないことが、こいつの身に起きたんじゃないか?」
「……っ!?」
明確な根拠があるわけではないが、恐らくこのスライムの身に、こうまでしないといけない出来事が起きたのだろう。
それを解決しない限り、本当に解決したとは言えない。そう感じたのだ。
「仮に、君の言う通りのことが起きていたとして、どうやってそれを調べるつもりだい?」
「それこそ簡単だ。こいつに聞けばいい」
「「……はい?」」
「ベイシア、頼めるか?」
「うむ、任されよ」
俺達の中で、唯一モンスターと対話ができるベイシアに、スライムの話を聞いてもらう。
ベイシアがスライムと会話している様子を見て、フェムとロンリーはこの状況に対し、頭に疑問符を浮かべていた。
まぁ、当然と言えば当然だが、二人からすれば、俺達は多種多様な種族の集まりに見えるだろう。
それこそ、ナーゼのように解析でも使わない限りは、全員の種族を知ることはできない。
ナーゼ曰く、低レベルの解析では、種族までは見れないらしいのだが。
そうこうしているうちに、ベイシアが話を聞き終えたのか、スッと立ち上がり、俺の方を向いた。
「それで、どうだった?」
「結論を言えば、アタリじゃな。こやつは仲間のために、こんなことをしていたそうじゃ」
「詳しく頼む」
「任された。まずこやつじゃが、元々は近くにある沼地に仲間と共に住んでおったそうじゃ。じゃが最近、その沼地に狂暴なモンスターが居着いたらしくての。こやつらは住処を追い出されたそうなのじゃ」
「そのモンスターっていうのは?」
「見上げるほどの巨体に、巨大で折れ曲がった角を持った獣のモンスターだそうじゃ。ご主人よ、心当たりはあるかの?」
「……ある。候補は色々いるが、可能性として一番高いモンスターだと、ベヒモスになるな」
「なっ、ベヒモスだと!?」
ベヒモス。大岩ほどの巨体と、折れたような角を持つ獣型のモンスター。そのランクはB。
気性が荒いうえに縄張り意識が強く、一度縄張りにした場所に入れば、ベテラン冒険者でも命の危険が伴うとされている。
だがこれは、あくまでも幼体のベヒモスの話である。
成体となったベヒモスは、幼体より二回り以上の大きさを持っているとされ、その強さはSランクに匹敵するとまで言われている。
だが実際、成体のベヒモスはあまり問題視されないことが多い。それはなぜか。
理由は単純。成体になると、それまで荒かった気性が、途端に大人しくなるからである。
成体となったベヒモスは、滅多なことではその場から動かない。例え小型のモンスターや動物が近づこうが、対して興味を抱くことなく、そのまま放置するのだ。
……さて、話を戻すが、恐らくスライムの住んでいた沼地に現れたのは、幼体のベヒモスであろう。
なぜそこに居座ったのかは不明だが、そのせいで仲間もろとも追い出されたことには違いないだろう。
「住処追われた後、こやつらはなんとかして食べ物を探していたそうなんじゃが、自身らの無力さ故に、対したものは得られなかったそうじゃ」
「だからこの町にきて、食べ物を取っていった……そういうことだな」
「うむ」
元々、スライムはどんなものでも食べられるモンスターである。それこそ死骸や昆虫、糞といったものまで。
だが、それらはスライムだけで得られるとは限らないものがほとんど。非力であるが故に、中々食事にありつけなかったのだろう。
そこで、このスライムがこの町に潜り込み、食料を確保していた、ということらしいのだ。
しかし、まだ謎はある。
「だが、スライムに変身する能力はなかったハズだ。進化体にもな」
「簡単じゃよ。こやつ、どうやら変異個体らしくての。擬態能力があるようなのじゃ」
「ぎ、たい?」
「姿形を、周囲に合わせて変化させることよ。それじゃあそのスライムは、擬態能力を使って人間に化けていた、っていうことかしら?」
「うむ。擬態する人間は町の外で探し、町中に入ってからその人間に化け、食い逃げを起こしていたようじゃ。町の者に化けなかったのは、自身の逃げる時間を稼ぐためでもあるそうじゃ」
確かに、見知った顔が犯人になるよりは、外から来た人物に化けた方が話題になりやすい。
ただ、変異個体とはいえ、ここまでの知能がある個体は、珍しいを通り越して不気味でもある。
だが、これら全ては仲間のため。そう考えれば納得する部分があるのも事実だった。
「なるほどな……話はわかった。つまりそのベヒモスをなんとかすれば解決ってことだ」
「んなっ、そんな簡単に言っていいんですか!?相手はベヒモスなんですよ!?」
「生憎、ベヒモスにやられるほど、俺達は柔じゃないんでね。町長、このスライムの件、預けてもらえないか?」
「……わかった。君たちに任せよう」
「父様!?」
「フェム、もし彼らの言う通り、ベヒモスが住み着いたとしたら、この町の住民も危険に晒すかもしれない。なら、わたしたちにできることはないだろう?」
「うぐっ……な、ならせめて、私も同行させてください!」
どうしても自分の目で真実を確かめたいのか、フェムが俺達との同行を願い出る。
だがロンリーは、首を縦には振らなかった。
「……フェム、それはダメだ。親として、危険な場所に、大事な娘を行かせるわけにはいかない」
「どうしてですか!私はただ、この町のためを思って――」
「そう思っているなら尚更だ。お前は冒険者じゃないし、攻撃系のスキルも持っていない。どこからどう見てもお荷物になるだろう?」
「うぐぐ……ですが!」
両者とも、一歩も引かない姿勢で睨み会う。正直なところ、俺としてはどちらでもよかった。
居ても居なくても、俺達のやることは変わらないからだ。
「別に、ついてこようが構わない」
「……正気かい?」
「俺は至って真面目だ。そいつの性格的に、連れていかない方が納得しないだろ?なら、自分の目で確かめてもらった方がいい」
「うむぅ……」
「まぁ、どうするかはそいつ次第だが……」
「行きます!」
「……だそうだ。それとも、俺達に任せるのは不安か?」
ロンリーは渋い顔をして悩んだ後、諦めたように肩を下ろした。
「……わかった」
「父様!」
「ただし、くれぐれも無茶をするなよ」
「わかっています!」
「それじゃあ行くぞ。案内、頼めるか?」
「……!」
スライムが恐らく多分頷き、沼地に向かって跳ねていく。俺達はフェムを連れ、スライムの後を追っていった。




