256 嫉妬の力
翌日、クレリオタウンの町中を、ぶらぶらと見て回っている少女がいた。
だが、少女はいつもと違う町の雰囲気に疑問を浮かべていた。なぜなら、いつもなら開いている出店が、どこも閉まっていたからだ。
しかも、それに留まらず、食材を扱う店全てが閉まっていたのだ。
少女は困惑した。食べ物を求めて来たのに、どこも開いていない。このままでは……そう思っていると、ふといい匂いが風に乗って、少女の鼻を刺激した。
少女は誘われるがまま、匂いのする方向へと走っていった。
少女が入っていったのは、普段から人通りの少ない、薄暗い横路。そんな場所に、一ヵ所だけ開いていた出店があった。
「……おや?どうしたんだいこんなところで」
店主らしき人が、少女に話しかける。
だが、少女は一言も話さず、ただじっと並んでいる串焼きに目を奪われていた。
「ふむふむ、もしかしてお腹が空いてしまったのかな?どうだい?『一つ食べていくかい』?」
「……!」
「そうかそうか。んじゃあ、ちょっと待ってな」
少女は、店主の提案に頷く。店主は少女が頷いたのを確認すると、串焼きをサッと焼き、そのまま少女に手渡した。
「ほら、串焼きだ。よく噛んで食べな」
少女は渡された串焼きを頬張る。
そんな少女の様子を見て、店主は笑顔を浮かべながら、さらに追加で焼き始めた。
「どうだい嬢ちゃん、この串焼き『もっと食べていかないか』?」
「……!」
「そうかそうか!ほら、たーんとお食べ」
気前のいい店主の提案に、少女は嬉しそうに頷く。そして、手渡された串焼きを次々と口に放っていった。
そして、少女が最後の串焼きを口に入れた瞬間、店主が不気味な笑みを浮かべながら、少女に向かって話しかけた。
「あぁそうそう、最近この町で、食い逃げ事件が起きてるそうじゃないか。物騒だよねぇ」
「……」
「そこで私は考えたんだよ。食い逃げ犯に一矢報いる策をね」
「……!?」
店主がそう口にした途端、口に含んでいた肉を飲み込もうとしていた少女の動きが止まった。
店主は、そんな少女の様子を気にすることなく続けた。
「といっても、人間が犯人だとは決まってない。ってことで、この串焼きに『モンスターにだけ聞く毒を盛ってみた』んだよね」
「……!?」
「おっと、『吐いちゃダメだよ』?『ちゃんと飲み込まないと』」
「――!――!?」
店主の言葉を聞き、少女は口に含んだものを吐き出そうとする。だが、その後の言葉を聞いた瞬間、なぜかその行動を取ることができなかった。
さらに、少女は吐き出そうとしていたのに、なぜか体はその逆―口に含んだ肉を飲み込んだのだ。
「まぁ、毒と言っても、すぐに死んでしまう毒じゃなくて『体中が痛むように痺れてくる毒』なんだけれどね」
「……!?……!」
「うん?なにを焦っているんだい?あぁ、大丈夫大丈夫!『死にはしないからさ』」
「……!……――!……」
店主の言葉を聞いたその瞬間、少女の体に、軋むような痛みが襲いかかってきた。
少女は苦しみながら、店主の方を見る。だが、店主は平然としたまま、なに食わぬ顔で少女を見ていた。口元に、僅かな笑みを浮かべながら。
そんな店主の顔を見ながら、少女は意識を失い、その場にバタリと倒れ込んだ。
「……ありゃ?やりすぎちったかな?」
「はぁ……誰がどう見てもやりすぎだ」
ピクピクと痙攣を続けながら、泡を吹いて気絶している少女を見て、店主―ライアーは、頭に巻き付けていた布を外す。
その背後からケイン達、そして、フェムとロンリーが姿を現したのだった。
*
さかのぼること前日、ライアーはナーゼに対して、自身のスキルを見るよう願い出た。ナーゼは不思議に思いながらも、願い通り、ライアーのスキルを覗いた。
「えっと……大地の槍、人化、それと――〝言葉遊び〟?」
「……!にひっ」
ナーゼがその言葉を口にした瞬間、ライアーは全てを理解したような顔を浮かべる。そして、まるで悪戯が成功した子供のような、そんな笑みを浮かべたのだ。
「言葉遊び……オケオケ、完璧理解!ゼっちーありがと!大っ嫌い!」
「なんでお礼言われて嫌われなきゃいけないの!?」
ライアーの言葉に、思わずナーゼがツッコミを入れる。たが、ライアーはどこ食わぬ顔で笑みを浮かべていた。
だが、その場にいた誰もが、ライアーが笑みを浮かべている理由が分からずにいた。
「えっと……ライアー、とりあえず全員に説明してくれるか?」
「りょーか。んじゃまとりあえず……メリっち」
「……?」
「メリっちは『食い逃げの犯人』?」
「え……?違う、けど……」
「オケオケ、んじゃ次ね。フェっちーだっけ?フェっちーが見たのは『ホントにメリっち』?」
「そうよ。間違いないわ」
「オッケー!うん、問題ナシっしょ」
ライアーがメリアとフェムの二人に質問をする。二人は少し戸惑いつつも、各々の回答を口にした。
だが、回答には食い違いがある。それだというのに、ライアーは納得したような顔をしているのだった。
「ライアー、なにがしたかったんだ?」
「モチ、言葉遊びのテストっしょ」
「いや……その言葉遊びってのが分からないんだが……」
ナーゼのおかげで判明した謎のスキル。先程の質問は、どうやらそのテストだったらしい。
だが、どういった効果なのか、現段階では検討がつかなかった。
「んーにゃ、どーしよっかなぁー」
「ナーゼ、教えてくれ」
「ちょっ、待って!ウチが!ウチがちゃんと説明するから!」
「はぁ……じゃあ、どんな能力なんだ?」
ライアーに聞くと、多分めんどくさいことになりそうだったので、ナーゼに話を振った。
だが、よほど自分で説明したかったのか、ライアーは猛烈にアピールをし始めた。
どうしてこう、俺の従魔達は全員、一癖も二癖も強いのだろうか……
「カンタンに言えば〝ウチの言葉を現実に起こす〟みたいな?」
「現実に起こす?」
「例えば……ユっちー『逆立ちヨロ』!」
「……なぜ私が……っ!?」
「「!?」」
唐突に、ユアに逆立ちを望むライアー。
ユアはなぜ、と問いかけようとしたが、次の自身の行動に、思わず口が止まった。
なぜなら、ユアは今、逆立ちをしているからだ。しかも、逆立ちをしようと思ってしているわけではない。どちらかと言えば、いつの間にか逆立ちをしていた、という表現が正しいだろう。
「ライアー、これは」
「にひっ、言ったっしょ?ウチの言葉が、現実になるって!どう?スゴいでしょ!ドヤァ」
「あ、あぁ……」
なんだろう、ライアーが絶妙にウザいドヤ顔を見せつけてきている。
だが、相手を思い通りに出来るスキルは強力。こんな顔をされても、文句は言えないだろう。
「ケイン君、一応補足しておくと、言葉遊びは〝言葉に意味を持たせる〟スキルだよ。命令、逆説、刷り込み……そんな感じかな」
ナーゼが補足を入れてくれる。だがそれでも、強力なスキルであることは変わらない。
ただ、一つ疑問があるとすれば、このスキルを一体どこで手に入れたのだろうか?
「ライアー。そのスキル、いつから持っていたんだ?」
「モチ、ケーちんのモノになった時っしょ」
「俺の従魔になった時?」
「ソ!ライアーって名前貰った時にビビッと!ウチの勝手な妄想だけど、多分ガーちんたちも持ってんじゃない?」
「あ?オレがか?」
「ソーソー。ゼっちーに見てもらったら、使えるようになるかもネ!」
「ふむ……?」
ライアー曰く、名前を貰った際に、スキルの存在には気がついていたらしい。ただ、名前も効果も分からず、放置していたようだ。
だが、ナーゼからスキルの名前を聞いたことで、全てを理解したらしい。
そして、このスキル……仮称として従魔スキルと名付けておくものが、ガラル達にもあるのではないか、という可能性が浮かび上がった。
「とりまそれは後にして……犯人捕まえるの、ウチに任せてみない?」
「……大丈夫なのか?」
「モチ!」
*
「……今日一日、外出禁止礼を出してくれと言われた時はどうなるかと思っていたが、こうもあっさりと見つけられるとは……」
「まっ、これがウチの力っしょ!」
ドヤ顔で胸を張るライアー。
だが実際、ほぼライアー一人で犯人を誘き寄せ、そして気絶させたのだ。これは素直に称賛しよう。
「……それで、こいつが犯人なわけだが……ロンリー、知った顔か?」
「いや、少なくともわたしは知らない顔だ」
ロンリーも知らない容姿の少女。
だが、ライアーの嘘で気絶したことで、モンスターであることは確定している。問題は、どのようなモンスターであるか、だが……
そんなことを思っていると、少女の姿が変化を始める。そして、真の姿が露になった。
「なっ、これって……!?」
半透明な水色の、液体状の体。プルプルとした見た目。
冒険者でなくても、誰もが知るその姿。
犯人の正体は――スライムだった。
言葉遊び
ライアーの「嘘つき」という性格が、嫉妬の力と混ざり合って産まれた従魔スキル。
言葉をもって相手を動かす〝命令〟、事象と現象を逆転させる〝逆説〟、相手に言葉を植え付ける〝刷り込み〟など、様々な使い方がある。
また、これらの言葉による行動は、一部を除けば半強制的に行われるため、対抗策はほぼ存在しない。
譲渡不可、奪取不可、削除不可




