252 果てに望む、嫉妬の誓い
鬼人が、手にした棍棒のようなものを振り下ろす。ラミア達は左右に分かれて回避すると、そのまま攻撃に転じた。
「「〝風〟!」」
「あ?んな程度でなにを――」
「〝大地の槍〟!」
「ガッ!?」
左右からの風で動きを押さえ、動きにくくなった鬼人に、大地の槍が襲いかかる。
鬼人は回避しようにも動けず、まともに食らってしまう。
風、ならびに大地の槍は、俺が渡したスキルロールから得たスキルだ。
風はともかく、大地の槍をラミア達に渡したのは、単純に仲間達の中で上手く扱える人物がいなかったことにある。
その点、ダンジョンや洞窟に住むラミアとは相性がいいスキルであり、貴重なスキルだが、上手く使えるラミア達に渡した方がいいと判断した。
「グハッ……て、テメェらァ!」
「おーし!このまま押しきるっしょ!」
「「えぇ!」」
「ナメんなっ!」
鬼人は虚勢を張るが、三対一ではあまりにも部が悪く、徐々に押されていく。
「……チッ、弱いな」
「ガラル?」
「あの鬼人、弱すぎんだよ。どうせ、進化して強くなったと自惚れて、なにもかも疎かにしてたんだろ」
「……いや、例えそうだったとしても、お前が規格外なだけだとも思うけどな?」
見ていて思うが、あの鬼人からはガラルと対峙した時に感じていた、畏怖のようなものを感じられない。どちらかと言えば、小物感が凄い。
……まぁ、ガラルが異常だったとも言えるのだが。
そうこうしているうちに、ラミア達は鬼人を完全に追い詰めていた。鬼人はすでに壁際まで追い込まれており、逃げ道のない状態だった。
「クソッ!なぜだ!なぜオレがァァァァ!」
「っと、あぶねーし!」
「かはっ……!?」
鬼人が無策に棍棒を振るうが、ラミア達はヒラリとかわし、胴体による攻撃を食らわせる。
その攻撃は鬼人の腹部を直撃。鬼人はそのまま壁に叩きつけられ、手に持ち続けていたコアをようやく手離した。
「うっし。これ、返してもらうし」
「ふざっ、けるな!それは、オレのもんだ!」
「そう?んじゃ返すわ」
「……は?」
「プッ、嘘に決まってんじゃん!その顔ウケる!」
「キサマァァァァ!!」
褐色ラミアの嘘に、鬼人がキレる。鬼人はそのまま立ち上がると、褐色ラミアめがけて突撃した。
「え、あ、ヤバッ――」
「死――「うるせぇ」ブグァッ!?」
褐色ラミアは笑っていたため、鬼人の接近に気づくのが遅れてしまう。
そして、鬼人の手がラミアに触れようとしたその時、飛び出していたガラルが、鬼人の顔面を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
あぁもう……
「テメェのその態度、もう見てられねぇんだよ。テメェら、わりぃがコイツは譲ってもらうぞ」
「え?あ、うん。オケ」
「かはっ、なに勝手に決め――ゴバッ!?」
「うるせぇ黙ってろ」
ガラルが、鬼人の顔面を地面にねじ込む。よほど嫌だったのか、珍しく不機嫌な感情をあらわにしている。
……ただ、見せるには少々痛々しい状態になりかけている。これは非常によろしくない。と思っていたら、すでにユアがイブの視界を塞いでくれていた。ナイス。
「別に、テメェがなにをしようが、どう生きようが全部テメェの勝手だ。だがな……オレの前でこんな無様な醜態を晒しといて、生きていられると思うなよ?」
「ッ……ァッ……!?」
「……失せろ」
ガラルが、容赦なく鬼人の首をはねる。鬼人はなにかを言い残すことすらできず、そのまま息を引き取った。
ガラルは立ち上がり、手に付いた血を適当に払う。そして、俺の元まで歩いて来ると、そのまま土下座をした。
……え、土下座?
「……えっと、ガラル?」
「すまねぇご主人サマ!このとおりだ!」
「いや、このとおりと言われても、なにがなんだか分からないんだが……」
「ご主人サマに「あいつに手を出すな」と言われていたのに出しちまった!だから、このとおり!」
「あ、あぁ……そういうことか」
ガラルは先程、鬼人にトドメをさした。
つまり、ガラルからすれば「鬼人とラミアの戦いには手を出すな」という命令に背いた形になる、というわけだ。
「ガラル、別に気にしなくていい」
「だ、だが……」
「俺は命令していないし、俺だってあいつの態度は気にくわなかった。それに、ラミア達の目的は仲間とコアの奪還であって、鬼人を倒すことじゃない。だから問題ない、だろ?」
「ご、ご主人サマ……!」
「あ、でも罰を所望なら仕方がない。ガラル、今日の晩飯は抜きだ」
「んなっ!?」
「冗談だ。さて、一度外に出よう。ずっとここにいるわけにもいかないしな」
霧散し、あらわになった鬼人の魔石を回収し、俺達はダンジョンを脱出する。
コアの魔力が無くなったため、帰り道にモンスターが襲ってくることはなく、行きよりも早くに出口までたどり着くことができた。
「んんっ、はぁ……それで、お前達はどうするんだ?」
「……え、ウチら?」
「あぁ、コアを取り戻したって言っても、魔力は無くなったんだろ?」
「だね……でも、ウチらの居場所はココだから」
「そうか。じゃあ、ここでお別れだな」
「……え?あ、うん。そーなる、ね……」
「おにーちゃ、おねーちゃ」
「体の方は大丈夫か?」
「うん!もうだいじょーぶ!」
「なら、今度は捕まったりしないように気を付けろよ?……それじゃあな」
子ラミアの頭を撫で、俺達はその場を後にする。きっと、今の彼女達なら、あの子を守れるだろう。
そう願いながら、次なる場所へと向かう……ハズだった。
「ケーちん!ちょっ、待つしー!」
「お前……」
離れていく俺達の背後から声をかけてきたのは他でもない、褐色肌のラミアだった。
*
四体に背を向け、ケイン達が離れていく。
その姿を、四体は見送っていた。
「……んじゃ、ウチらも戻ろっか」
「「「……」」」
褐色ラミアが、先行してダンジョンに帰ろうとする。だが、他の三体は動くことなく、ただじっと褐色ラミアのことを見つめていた。
「ど、どしたの?みなしてさ」
「……本当に、それでいいわけ?」
「そ、それって、なんのこと?」
「わかってる癖に……気になるんでしょ?あの人たちのこと。ケーちん、なんて呼び方までしてさ」
「……別にいいし。ケーちんが望んだのは、コイツを守ること。なら、ウチは……」
褐色ラミアは少しだけ目を見開くが、すぐにどこか諦めたような顔になる。
そんな彼女を見ながら、子ラミアがポツリと呟いた。
「おねーちゃは、おにーちゃのとこいかないの?」
「……え?なっ、ど、どうして?」
「おねーちゃ、おにーちゃのことさびしそうにみてた。だからおねーちゃは、おねーちゃのやりたいようにして?」
「ちょっ、な、なに言ってんの?ねぇ、アンタらもなんか言ってよ」
困惑する彼女は、仲間たちに助けを求めた。
だが、帰ってきた言葉は、彼女にとって思いもよらないものだった。
「「イヤよ」」
「んなっ!?」
「そもそも、コアを奪われたのはアンタが原因でしょ?そんなのがわたしの側にいるなんてまっぴら御免だわ」
「そうそう。おかげでダンジョンを追い出されたし、食事もろくにできなかったもん。ほんっと邪魔だよね」
「な、あっ、えっ……?」
「……そういうわけで、あんたの居場所はここにはないわ」
「だから、好きに生きて。ね?」
「あ、アンタら……」
仲間たちが吐いたのは、彼女に対する罵倒。だがそれは、彼女がよく口にする嘘。
その嘘は、彼女のことを思っての嘘だった。
彼女は、少しの間目を瞑る。そして、少しだけ笑いながら、その目を開いた。
「……ウチだって、こんなとこいるのはゴメンだし!ウチは、ウチの行きたいとこにいくわ!」
「……えぇ、行ってらっしゃい」
「皆さんに、よろしくとお伝えしてください」
「おねーちゃ、バイバイ!」
仲間たちの言葉を背に、彼女はケインを追いかける。そして、その姿を見るや否や、彼女は笑みを浮かべながら大きな声で叫んだ。
「ケーちん!ちょっ、待つしー!」
ケイン達が振り返り、彼女の姿を見て驚く。
そして、ケインの側まで来ると、彼女は笑顔でその言葉を口にした。
「ケーちん、ウチも連れてって!」
これにて二十八章「偽蛇のマスター」編完結です。
次回二十九章もよろしくお願いします。




