251 欺瞞の策略
目の前に現れたのは、おそらくダンジョンコアであろう球体を手にした鬼人。ガラルとは違い、肌は青い個体のようだ。
そして、そんな鬼人の後ろに、岩に捕まり動けなくなっている小さなラミアがいた。子供とは聞いていたが、下半身が蛇ということもあり、体長だけならイブよりも大きいだろう。
「なんだ……と言われてもな。ただの冒険者パーティーとしか言えないぞ」
「嘘をつくな!何体のCランクモンスターを送り込んだと思っている!それなのに、全部瞬殺するなんてあり得ないだろ!」
「むしろ、Cランクモンスターだけで止められるとでも思ってたのか?」
先にラミア達から聞いた情報によれば、コアの能力はモンスターを呼び出すだけでなく、罠を張ったり、僅かとはいえ、ダンジョンの構造に干渉できるらしい。
だが、鬼人はモンスターを送り込むだけで終わった。小作な手を混ぜてくると思っていた俺達にとって、わりと誤算であったが。
「んじゃま、ウチらの仲間とコア、返してもらうし!」
「……はっ、バカめ!」
「っ!?ちょっ、マジ……!?」
「……まだ呼べるのか」
「ぎゃはは!これだけじゃねぇぞ!」
ラミア達が鬼人に近づくために、俺達の側を離れたその時、鬼人がコアの力を使い、大量のモンスターを出現させる。
それに加え、俺達とラミア達の間に、分厚い岩の壁が出現した。
「なっ、しまっ……!」
気づいた時には、すでに岩壁が目の前に作られていた。そして、俺達の元には、次々とモンスターが出現していた。
どうやら、分断させたうえで、コアの召喚による人海戦術で俺達を倒そうという算段のようだ。
傍目から見れば、危機的状況。
だが俺は、鬼人に気づかれないような角度で、笑みを浮かべていた。
*
「なっ……!?」
「ぎゃぁーはっはっは!つえぇ人間を引き込んだからって調子に乗ったなぁ?分断させちまえば、こっちのもんよ!」
「くぅっ……!」
「さぁテメェら、やっちまえ!」
鬼人が、呼び出したモンスターをラミア達に襲わせる。だが、呼び出されたモンスターは、どれもラミアよりランクの低いモンスター。ラミア達は次々とモンスターを倒していく。
しかし、モンスターが減ってきたところで、再び鬼人がモンスターを召喚。壁の向こう側にいるケイン達にも、同様の手でモンスターを襲わせていた。
「ちょっ、キリないし!」
「くっ、このままじゃ……!」
「ぎゃはは!さぁさぁどうする!?ぎゃはは!」
鬼人の高笑いが、閉鎖された空間に響く。
だが、ラミア達はそんな言葉に目もくれず、ひたすらにモンスターを倒し続ける。
「あぁ、やっぱり弱者をいたぶるのは最高だ!」
「……それ、ウチらのことなワケ?」
「当たり前だろう?オレに劣るお前らは、さっさとくたばればいいんだよ!」
「はっ、自分は戦わず、逃げてるだけの臆病者が、よく言うし!」
「……あ?オレが、臆病者だと……?ふざけんのも大概にしとけよテメェ!誰がどの立場で言ってんだ!アァ!?」
ラミアの安い挑発に、鬼人が怒り狂う。
そして、コアを掲げると、更なるモンスターを召喚した。
その数、ケイン達側も合わせておよそ五十体。数こそ少ないが、中にはBランクのモンスターも存在していた。
「オレをコケにしたこと、死んで悔やみやがれ!」
「ちょっ、それはマズッ……!?」
圧倒的な数とBランクモンスターにより、ラミア達が押されていく。ラミア達も弱いモンスターを倒しているものの、倒された側から召喚されているため、焼け石に水だった。
そしてついに、岩壁にまで追い詰められてしまった。
「くぅ……!」
「ハッ、ハッハッハッ!やはり、オレの勝ちは揺るがないようだな!」
「まだ、負けるわけには……!」
「安心しろよ?お前らが死んだ後、お前らのお仲間さんも仲良くあの世に送ってやるからよ!」
「「「うわぁぁぁぁ!?」」」
追い詰められたラミア達に、モンスター達が襲いかかる。逃げ道はなく、絶体絶命。鬼人は、ラミア達の死を確信した。
その時だった。
「……なぁーんちって。〝大地の槍〟!」
「なっ、はぁぁっ!?」
絶体絶命の状況の中、突如笑みを浮かべた褐色肌のラミアが、自身の尾を地面に叩きつける。
その瞬間、地面が槍のような形となり、モンスター達を串刺しにしたのだ。
大地の槍に貫かれたモンスターの中には、耐えている個体もいたが、暫くすれば息絶えたかのようにグッタリとなった。
「なっ、なんでテメェがそんなもんを……!?」
「ケーちんがくれたんよ。マ、爪を隠してた、みたいな?」
「ふざけんなっ!だったら、もっと呼び出してやる!」
「なっ!?それは……!」
「後悔したってもうおせぇ!さぁ!来やがれモンスター共!」
鬼人が叫ぶ。だが、モンスターは一向に現れる気配がない。
「……は?なんでだ!?なぜ現れない!?」
「そりゃ、コアの魔力切れが原因っしょ」
「魔力、切れ……だと?」
「あれ?知らなかった?ププッ、その顔ウケる!チョーウケる!」
先程までの余裕そうな顔はどこへいったのか。ポカンとした鬼人の顔を見て、褐色ラミアは思わず吹き出した。
二体のラミアも平常を装ってはいるものの、明らかに笑いを堪えていた。
「んじゃ教えてあげっけど、コアの能力って、コアに貯められてる魔力使ってんの。ま、あんたがバカみたいに使ってくれたから、空にすんのも楽だったし、感謝感謝!」
「なっ……じゃ、じゃああの人間どもは……!?」
「あー、ケーちんたち?ケーちんたちはねー」
そこまで言った時、ラミア達から少しだけ離れた箇所の岩壁が壊れた。壊された箇所から、連鎖的にひび割れが発生し、やがて岩壁は音を立てて崩れていった。
そして、土煙の中から、ケイン達は現れた。
「派手に暴れて、お前にコアの魔力を使わせる。それが俺達の役目だ」
*
「コアの魔力を空に?」
「そうだ。まず狙うべきはこれしかない」
ラミア達から話を聞いた俺達は、ラミアの仲間を奪還する手助けをすることにした。
そのため、ダンジョンコアについて聞いてみたところ、コアの能力は、コア自体の魔力によって発揮されていることを聞くことができた。
「なるほど、コアの魔力が無くなれば、コアの能力は使えなくなる……つまり、モンスターや罠の心配をしなくて済むようになる。そういうことね」
「あぁ。話を聞く限り、俺達が派手に暴れれば、焦ってモンスターを出しまくってくれるハズだ。後は、片っ端から叩き潰せばいい」
「で、ですが、それではあいつと戦う前に消耗してしまいます」
「問題ない。そいつまでの道中は俺達が暴れる。お前達はそれまで、戦う力を温存しておいてくれ」
ラミアはAランクのモンスターだが、相手も同じAランクの鬼人。ならば、鬼人と対面するまでの体力は温存してもらうほうがいいだろう。
そもそも、どうしてこんな回りくどいことをしようとしているのか。一言で言えば、ラミア達のためである。
ラミア達は人質を取られ、コアを奪われた。ならば、取り返すのもラミア達でなければならない。
直接俺達が手を下したとしたら、それはラミア達が自分の力で取り戻したことにはならないからだ。
「で、でもそれじゃあ、そっちの負担が……」
「俺達のことは気にしなくていい。お前達は、自分の成すべきことをすればいい」
「……どして、ウチらに手を貸すワケ?そっちにメリット無いじゃん」
「別に俺は、見返りを求めているわけじゃない。ただ俺が手を貸したくなった。それだけだ」
俺は魔法鞄からいくつかのスクロールを取り出すと、それをラミア達に投げ渡した。
「うわっと……これは?」
「やるよ。どうせ余りまくってるやつだしな」
ユアとの実験でも使ったスキルロールだが、まだ大量に余っている。正直手に余る量なため、ちまちまとギルドに売ったりしているのだが、それでもなかなか減らない。
全員でスキルロールを使う手もあるのだが、俺を含め、全員がそうする気が無い。下手にスキルを増やすより、今あるスキルで戦う方が合っているからだ。
「……これは、お前達と鬼人の問題だ。俺達がするのは、勝つための手助けと、鬼人の元まで連れていくことだけだ。仲間を助けること、コアを取り返すことは、全て手を出さない」
「……分かった」
「大丈夫、お前達ならできるさ。さぁ、行くぞ」
*
「なっ、じゃあ俺は……!?」
「自分で自分の首を閉めた、そういうことだ。……大丈夫か?」
「もち!問題ナッシング!」
「そうか。なら、思う存分やればいい」
「オッケー!」
「クソッ!ふざけた真似しやがって……!だ、だがこっちにはまだ人質が……っていねぇ!?」
鬼人が後ろを振り返るが、先程までそこに捕らわれていた子ラミアがいなくなっていた。
鬼人は、慌ててその姿を探した。だがすでに、子ラミアは俺の足元にいた。
「大丈夫か?」
「ん……あまり……」
「……まぁ、だろうな。メリア、回復を頼む」
「任、せて」
「こいつのことは任せろ。お前達は……」
「わーってるし!さぁ、やるよっ!」
「「おぉっ!」」
「クソがッ!クソがクソがクソがァァァァ!どいつもこいつもオレを舐めやがって!殺す!ブッ殺してやるッ!」
怒り狂った鬼人と、ラミア達が対峙する。
もはや、ダンジョンコアのことなど関係ない。そこにあるのは、己の意地をかけた、モンスター同士の争いだった。




