249 嘘と真
お昼時、空腹で倒れた少女に背を向けた途端、その少女に襲われた。さらに別の二方からも、同じく少女が襲いかかってきた。
そして、襲われた俺達は……
「……まぁ、こうなるわな」
「「「あぅぅ……」」」
見事に呆気なく、少女達を撃退した。
……まぁ、実のところ、ずっと前からいることに関しては気がついていた。ただ、なにが目的なのか分からなかったので、あえて泳がせておいたのだ。
さて、襲いかかってきたこの少女達だが、ただの少女ではなく、モンスターであった。
種族名はラミア。上半身が人間の女性、下半身が蛇のモンスターで、ランクはA。
ハーピーと同じく雌しかいないが、ランクからも分かる通り、その強さは圧倒的。
また、鬼人と同様に知識も持ち合わせており、今回のように、群れを組んで獲物に襲いかかる、といった行動もしてくる。
だが、このラミア達は少し様子がおかしかった。確かに、ラミア故の強さは感じたが、あまり力が入っていないように見えたのだ。
また、そもそもの話、ラミアは主に洞窟やダンジョンをねぐらにするモンスター。滅多なことがなければ外には出てこない。
その辺りも気になったので、ラミア達を倒すのではなく、気絶させた。
「……ベイシア、とりあえずコイツら縛っておいてくれ。襲ってきた理由とか、どうしてこんな場所にいるのかとか、色々聞きたいからな」
「うむ、承知した」
「ガラル、アリス。ベイシアのこと監視しといてくれ」
「……妾、そんなに信用ないかの?」
「無いな」「無いわね」
「がくっ……」
ベイシアが糸を産み出し、ラミア達を動けないよう縛りあげていく。ただ、ベイシア一人に任せると変なことをしそうなので、見張りにガラルとアリスを置いておいた。
……まぁ、俺の視界の端で、クネクネと体を捩らせてる変態もいるのだが。
「……よし、これでいいじゃろう」
「ありがとな、ベイシア」
「よいよい、妾はご主人の従魔。これくらい、お安いご用じゃ」
「そうだな。……セクハラさえしなければ、もっと誇れたんだが」
「それは、無理な話じゃの」
即座に否定を口にするベイシア。まぁ、分かっていたことだが。
さて、ラミア達が目を覚ますまで、暫く待つとするか……
*
「……んっ、うぅ……」
大体五分かそのくらい経っただろうか。拘束したラミアのうち、最初に現れた少女が目を覚まし、それに少し遅れる形で、他の二人も目を覚ました。
「ここは……って、ナニコレ!?」
「よう、目が覚めたみたいだな」
「誰……ってあぁー!そーじゃん、返り討ちにあったんじゃん!……あれ?なんでウチら生きてんの?」
「そりゃあ、殺さないようにしたからな」
「なんで?ウチが言うのもナンだけど、ウチらはラミア、倒した方がイイコトじゃないん?」
「じゃあ、お前は死にたいのか?なら……」
「ちょっ、ゴメンて!ウチまだ死にたくない!死にたくないから!」
縛られて動けない手足……足はないから尻尾を動かして、必死に懇願するラミア。本気で死にたくないのか、焦りようが半端なかった。
「……まぁ冗談だ。お前達を捕まえたのは、話が聞きたかったからだ」
「話?ウチらに?」
「そうだ。どうして外にいるのかとか、どうして襲ってきたのかとか、諸々とな」
「別に、ウチらがニンゲン襲うのなんて、珍しくな――」
ラミアが言葉を続けようとした矢先、腹の虫が強く鳴った。他の二人もお腹を空かせていたのか、お腹が鳴ったのを聞いて、連鎖的にお腹が鳴っていた。
「……シチューまだ残ってるが、食べるか?」
「「「ください」」」
モンスターとしてのプライドは無いのか。ラミア達は、俺の提案に即座に乗ってきた。
ベイシアに頼み、拘束を解く。ただ、また襲われるのも面倒なので、念のためメリア達に警戒態勢でいてもらうことにした。
空のお皿にシチューをよそぎ、三体の前に置く。ラミア達はスプーンでシチューをすくい、そのまま口に運んだ。
……次の瞬間には、全員の皿にあったシチューが空っぽになっていた。
「……あと一杯ならおかわりあるが、いるか?」
「「「ください」」」
即答だった。そして、なくなるのも早かった。
どうやら、出会った時点でかなり空腹な状態だったらしい。でなければ、こんなに素直に、かつ早く食べ終わらないだろう。
「……それで、さっきの話なんだが」
「ヤーだよん。なんも答えな――嘘!嘘だから!その剣締まって!ね?」
どうやら、すでに敵対するつもりはないらしい。シチューを二杯、あげただけなんだがなぁ……
さて、改めてラミア達を見る。
赤一色のショートの髪と瞳を持ち、蛇の下半身も、同じく赤い鱗で覆われている。
上半身の胸の辺りは、ガラルと同じく布切れ一枚のみだ。……大きさは、ガラルとは全く異なるが。
だが、三体が全く同じかと言われるとそうでもない。顔つきがそれぞれ異なっているのは勿論だが、特に違うのは、最初に現れたラミアだ。
違いが顕著に現れているのはその肌色。他の二体が色白の肌をしているのに対し、彼女だけは褐色肌だった。
「じゃあまず一つ。お前達は、どうしてこんな場所にいるんだ?」
「それはもち、こうして暮らしてるからに決まってるっしょ」
「それが本当なら、食事に困ることはないんじゃないのか?」
「ギクッ」
「はぁ、もう……」
「ゴメンねー?この子、嘘つくのが好きでさ。ワタシたちにもよく嘘を言ってくるんだ」
「つまりなんだ?腹が鳴ってたのとか、全部嘘だったと?」
「や、それはガチ」
「めんどくせぇ……」
少し会話しただけでも分かる。このラミア、滅茶苦茶めんどくさい性格をしている。
定期的に、よく分からない口調で語ってくる上、息をするように嘘を織り混ぜてくる。
その為、どこまでが真実で、どこまでが嘘なのか見極める必要が出てくる。
これまで出会った中だと、自分に都合のよい解釈をする奴らよりはマシだが、それでもかなりめんどくさい位置に属するタイプだ。
「……で?本当の理由は?」
「んまぁ……ウチらはちょっち離れたトコにあるダンジョンに住んでたんよ。で、そこでウチらはダンジョンマスターやってたんよね」
「「ダンジョン、マスター?」」
聞き慣れない言葉だったのか、メリアとイブが首を傾げる。まぁ、仕方のないことだろう。
「ダンジョンには、極々稀に〝ダンジョンコア〟ってのが産まれることがあるんだ。コアには、そのダンジョン全体に関する情報が入っていて、マスターはコアを使ってモンスターや罠を配置できるようになっている」
「「へぇー」」
「コアは、どのダンジョンでも産まれることがある。ただ、さっきも言ったが極々稀にしか産まれない。おまけに、コア自体は誰にでも扱える訳じゃない。スライムやゴブリンみたいな、知性が乏しい種族は無理だ」
「えっへん!」
「「なるほど」」
「で、話を戻すが……さっきの言い方だと、今はそうじゃないと?」
「そーなんよね……あぁっ!思い出したらムカってきた!」
元ダンジョンマスターと言い張る褐色ラミア。後ろの二人が否定しないあたり、これは真実なのだろう。
だが、今はそうではないらしい。そこに、こんな場所にいる理由がありそうだ。
「マジないわー。あんなのにコア取られっとか、マジないわー」
「……いや、話が見えないんだが」
「……簡潔に言うと、奪われたんです。ダンジョンコア」
「それはまた、どうしてだ?」
「それは……」
ラミア達が語った内容を纏めるとこうだ。
まず、ダンジョンに侵入者が現れた。侵入者自体は珍しいことではなかったので、ラミア達は普段通りに相手をしたという。
だが、その侵入者は配置されたモンスターや罠を軽々と突破し、ラミア達の元までやってきたという。
ラミア達は、自分達の元まで来られるとは思っていなかったようだが、すぐに持ち直し、侵入者を相手取った。
その侵入者を相手に、ラミア達は善戦していた。だが、そこで侵入者が卑怯な手に出た。
ラミア達の仲間のうちの一体、それも、まだ幼体のラミアを人質に取ったのだ。
そして、ラミア達が動けなくなった隙をついてコアを奪取。そのままコアを使い、ラミア達を外へと追いやったそうだ。
「アイツ、ぜってー泣かす。ウチがぜってー泣かすっ!」
「わたしたちは、せめて仲間だけでも……と思っていたのですが……コアを取られた以上、ダンジョンの支配権を奪われています。なので……」
「その侵入者のところまで行けず、挙げ句空腹で倒れそうになった、と」
「そういうことです」
モンスター同士で、縄張り争いが起こることはよくある。だが、人質を取るという行動を起こせるモンスターは数少ない。
少なくとも、かなり頭の切れるモンスターであることには間違いないだろう。
「それで?侵入者ってのは?」
「オーガに似た姿をしていたとしか……」
「オーガに、似た……?」
ガラルの顔が僅かに歪む。俺もメリア達も、ガラルと同じことを思い浮かべていた。
「……おい、そこのラミア」
「……ん?なに?」
「その侵入者ってのは、こんな姿をしてるのか?」
「あぁー!その姿っ!」
「チッ……そういうことかよ」
ガラルが人化を解き、鬼人の姿に戻る。その姿を見た褐色ラミアが、思わず声を荒げた。
これで確定した。ラミア達を襲った侵入者は……鬼人だ。




