閑話 魔導の天才
エルトリート王国の姫騎士、ダリアの勧誘に失敗した健也とムー。二人は、エルトリート王国を出た後、ブラウテラスという樹海の中へと入っていた。
「きゃっ……」
「おっと……大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます」
「いや、例には及ばない。それより……本当にいるのか?」
「嘘でなければ、その筈ですが……」
二人がブラウテラスに入っている理由。それは、エルトリート王国で凄腕の魔導師の話を聞いたことにある。
話の内容としては、昔、エルトリート王国に一人の少女が住んでいた。
その少女は、類いまれなる才能と魔力を持っており、若い頃から初歩的なスキルを、自力で次々と会得していたという。
だが、成人を気に、その少女はエルトリート王国を出て、ブラウテラスへと入っていき、そのままそこに住み着いたという。
なぜ、エルトリート王国を出ていったのかは不明ではあったが、二人にとっては好都合であった。
ダリアの勧誘には失敗したが、あれは王女と騎士団長、二つの肩書きがあるのも原因だった。
だが、その少女はエルトリート王国とはなにも関係のない樹海に住んでいる。
つまり、ダリアより仲間にできる確率が高いと踏んだのだ。
しかし、二人にとって想定外だったのは、この樹海があまりにも広すぎることであった。
おまけに、天高く育った木々から漏れる光は少なく、足元は巨大な幹や根っこで足場が悪く、とてもじゃないが、まともに動くことすら難しかった。
唯一の救いは、好戦的なモンスターがあまりいないことくらいだろうか。
「……あっ」
「ん?どうした?」
「あれって、もしかして……」
ムーが指差す先。そこには、木で作られたツリーハウスのような家があった。
普通に考えて、こんな森の中に住む人間などいない。この家こそ、二人が求めていた人物の家に違いなかった。
「……ふっ、流石はムー。俺の従者として、鼻が高いぞ」
「そ、そんな……わたしはなにも……」
「照れなくてもいいさ。それより、早く行こう」
「そ、そうですね!」
「……誰かいるの?」
「「……っ!?」」
二人は、家の方へと進むために足を踏み出そうとした。だがその時、目的の家の扉が開かれ、中から少女が現れた。
二人と少女の距離は遠く、互いの姿はまだ完全に認識できない距離。だというのに、少女は二人の存在に気付いているかのように現れた。
声に関しては、魔導具を使って届けているようだが、それだけでは二人を認識できるわけではない。
そんな疑問が残る中、少女はふわりと浮かび上がると、そのまま二人の元までやってきた。
薄い橙色の癖毛の強い髪に、紫の瞳。
ローブにもワンピースにも見える、瞳と同じ紫色の服は、左脇腹あたりから裂け、右太股あたりまで伸びている。
下は、丈が膝あたりまである茶色のホットパンツで、この樹海の様子も相まって、見た目以上に妖艶に見えている。
「……見たところ、遭難者じゃないみたいだけど……貴方たちは誰?」
「俺は健也。この世界を救うため、異世界より呼ばれた勇者だ!」
「わたしはムーと言います。勇者さまの従者をしています」
「勇者?ふぅーん……まぁ、話くらいは聞いてあげる。ついてきて」
健也が勇者と名乗ったことに、少女は一瞬だけ反応したが、すぐに表情を戻し、自らの家の方へと向かい出した。
健也とムーも、その後を追う。
少女の家に入った二人は、少女の招くままに近くにあった席につく。
少女は、そんな二人の前に座った。
「……それで?勇者さんとその従者さんが、なんのご用で?」
「決まっているだろう。君をスカウトしに来たのさ」
「……私を?」
「聞けば、君は誰にも負けない、凄い力を持っているそうじゃないか。その力を、世界を救うために貸して欲しい、というわけだ」
「世界を救う、ねぇ……」
健也とムーは、少女に今この世界で起きていることを伝えた。
少女はなにも言わずに二人の話を聞いていたが、メドゥーサの名前が出た時に、わずかな反応を見せた。
「突然滅んだ勇者の町、その崩壊に、メドゥーサが絡んでいる。貴方はメドゥーサ討伐のために、異界から呼ばれた今代の勇者……そういうこと?」
「あぁ、そうだ」
「ふぅーん……」
「お願いします。力を貸してくれませんか?」
ムーの問いに、少女は少し考えたのち、己の答えを示した。
「……いいよ。力、貸してあげてもいい」
「本当ですか!?」
「ただし、私が力を貸すのは、メドゥーサを討伐するまで。この件が終わったら、私は自由にさせてもらう」
「あぁ、構わないぞ」
「……一つ言っておくけど、私は誰かに従うのは好きじゃないし、誰のものにもなるつもりはない。もちろん、貴方のものにも」
少女の答えに満足したのか、健也は表情こそ変えなかったが、内心ではかなり喜んでいた。
気難しく、あまり心を緩そうとしないタイプの凄腕魔術師。健也の頭の中では、どうやってこの少女を攻略するか、そのことで埋まりかけていた。
「……なにか?」
「いや、なんでもない。……そういえば、名前を聞いていなかったな」
「……そうだっけ?まぁ、いいけれど」
少女は近くにかけてあった、大きな鍔のついた紫の帽子を被りながら振り向き、答えた。
「シュシュ、それが私の名前」
「そうか。ならばシュシュ、共に世界を救おう」
「うん、よろしく」
健也とシュシュは、軽く握手を交わす。
シュシュを加え、健也たちは再びデュートライゼルへと向かう。




