241 奥底の想い その4
「ガラル!」
「おぅよ!」
迫り来るアブゾンの拳を、ガラルはあっさりと受け止める。そしてそのまま、拳を握り掴んだ。
「アリス!」
「えぇ!」
「チィッ!」
ガラルの背後から出るように、俺とアリスが同時に仕掛ける。アブゾンは咄嗟に逃げようとするが、ガラルに拳を捕まれているためすぐに逃げ出せずにいた。
だが、アブゾンも黙ってやられはしない。拳に纏わせている血の量を増やし、無理矢理ガラルの手を開けさせると、そのまま後方へと飛んだ。
「チッ、すまねぇご主人サマ」
「いや、大丈夫だ。それより……」
「えぇ、あからさまに逃げたわね」
俺達が狙ったのは、無防備になった腹部。血を固まらせて致命傷を避けるスキルがある以上、受けたところで問題は無いハズである。
だが、アブゾンは受けることを嫌い、無理矢理に距離を取った。
つまり、腹部辺りに攻撃を受けた場合、防ぐことができない、血を留まらせることが厳しい、大量の魔力を消費するのどれかである可能性がある。
「ガラル!攻撃は任せる!アリスは俺とガラルのサポートだ!」
「「了解!」」
ガラルがアブゾンの元へ駆け出し、その後ろに俺とアリスがつく。そして、アブゾンに向かってガラルが金棒を振るう。
「おーらよっ!」
「ふん、この程度――」
「〝波斬〟!」
「チィッ!」
「〝飛槍〟!」
「がっ……!?」
「逃がすかよ!」
ガラルの金棒を受け止めたアブゾンに、俺とアリスの時間差攻撃が襲いかかる。
先に打ち出した俺の攻撃は回避されたが、その後のアリスの飛槍は回避できず、腹部に大きなダメージを負わせることができた。
アブゾンは一度体制を立て直そうと試みるが、ガラルがそれを許さない。
アブゾンが悪態をつくが、そんなことで止まるハズもなく、徐々に押されていく。
「アッハッハッ!よく耐えんじゃねぇか!」
「クソ、ども、がっ……!」
「……っ、引けっ!」
「調子に、乗るなぁぁぁっ!!!」
突然、アブゾンの魔力が膨れ上がる。それを見た俺は、すぐさま退避の指示を飛ばす。
そして、後ろに下がったと同時、アブゾンの腹部に付けられた傷口から、血が槍の形をして飛び出してきた。あのまま攻めていれば、全員あの槍の餌食になっていただろう。
だが、やはり予想通りと言うべきか、腹部から飛び出した槍は元に戻らず、ベチャリという音と共に地面に落ちていった。
「うぉっ!?んなこともできんのかよ!」
「がっ、あっ……」
「……ただ、血はかなり使ったみたいだがな」
「ふぅ……さすがにあれだけ血が流れたら、もう動けな――」
「まだ、だっ……!」
「……おいご主人サマ、まだやる気だぞコイツ!」
「無茶だ!そんなに血を消耗してる状況で変に動いたら、体が持たないぞ!?」
「……これだけは使いたく無かったが……ゲホッ、やむを得ん!」
生物の体を流れる血。その量が一定量を下回った時、生物は死に至る。それは人間であろうと、モンスターであろうと変わらない。
先の攻撃で、アブゾンは血を大量に体外に出してしまった。本来なら、立っているだけでも困難なハズだ。
だというのに、アブゾンはなにかをしようとしている。それも、かなり負担のかかるものを。
「ぐっ!?うぉっ、がァァァァッ!?」
「っ!?やめろ!そんなことしたら、今度こそ死ぬぞ!?」
「私はっ、死なん!ぬがァァァァァ!!!」
「きゃっ……!?ちょ、なにこれ!?」
「おいご主人サマ!なにが起きてんだ!」
「……魔力で全体を刺激して、無理矢理血を作ってる」
「はぁ!?んなことしたら……!」
俺はその手のことは知らないが、一度失った血を取り戻すのには、相当な時間がかかることは知っている。
輸血は、手っ取り早く血を補給するための手段であるが、この場でできるハズもない。
だが、アブゾンは身体中を刺激させ、無理矢理血を産み出している。そんなことをすれば、体の一部が機能しなくなることを承知のうえで。
「アリス、ガラル!あいつを止め――」
「あぶねぇ!」
「っ、ガラル!?」
「がはっ……!?」
敵とはいえ、流石に見過ごせるわけもなく、アリス達と共に止めようとする。が、それよりも早くアブゾンが飛び出し、殴りかかってくる。
それに気がついたガラルは俺を庇い、その拳をモロに食らってしまった。
「このっ――あぐっ!?」
「アリ――」
「ケイン!」
アリスが槍を突き出すよりも早く、アブゾンの拳が振るわれる。そして、流れるように俺の方にも拳を向けてきた。
俺は困惑で思考できなくなっていたが、ガラルの咄嗟の叫びで正気を取り戻し、制限解除を発動。
迫る拳をなんとか二刀で受け止めた。が、勢いを殺すことはできず、そのまま弾き飛ばされた。
「ぐっ……!?」
「チッ、防いだか……!」
「……なんだそれ」
俺は、苦虫を噛んだような顔でアブゾンを見る。
俺が持つ魔力眼は、魔力の流れを見ることのできるスキル。使っていない状態でも魔力の感知ができるうえ、発動すればどう動き、どう流れるのかまで見ることができる。
だからこそ、見えた。
アブゾンの魔力は、激流のような速度で身体中を巡っていた。まるで、流れる血液のような。
「〝操血・流〟長くは持たんが、貴様を殺すには――十分だっ!」
「かはっ!?」
再び加速したアブゾンが目前に現れる。俺は立ち上がったばかりだったこともあり、回避することはできなかった。
殴り飛ばされ、後方の木へと叩き付けられる。それと同時に、強烈な痛みが身体中を襲ってきた。
「ケイ、ン……!」
「はぁっ、がっ……!うっ、がァァァァッ!」
「っ、おいおい……」
アブゾンが右腕を天に掲げる。刹那、掌に巨大な火球が出現した。それは、これまでとは非にならないほどに大きく、今も巨大化している。
「は、はははっ!ここまで追い詰めたこと、誉めてやる」
―砂塵
「だが、最早ここまで!」
―水……
「貴様の無力さを呪いながら……」
―空気……!
「焼け死ぬがい「――炎っ!」――っ!?」
突然、俺の背後から、ナヴィが四種の弾丸と共に現れる。アブゾンも予想していなかったのか、言葉を失い、その動きを止めてしまった。
「バレェェェェット!!!」
「しまっ――!?」
ナヴィの放った弾丸が、巨大化した火球へぶつかる。一瞬とはいえ、制御を失った火球はそれを受け、大爆発を引き起こした。
「っきゃっ――!?」
「ナヴィ!」
凄まじい衝撃波が、俺達を襲う。もちろん、飛び込んでいったナヴィも。
その衝撃波に当てられたナヴィは、地面に向かって勢いよく吹き飛ばされた。
俺は、痛む体を無理矢理動かし、ナヴィの体をキャッチする。だが、勢いがあったため、そのまま地面に叩き付けられながら転がり続け、再び木にぶつかったことで静止した。
「ぐぇっ……!」
「ケ、ケイン!?」
「だ、大丈夫だ……それより、なんで……」
「それは――」
「ぉぐぁっ、がはっ……!」
爆発した火球の真下。煙の中から、アブゾンが現れる。あの爆発を間近で受けていながら、なんとか体は守ったらしい。
だが、上半身を守る服は消え失せ、その体には無数の火傷ができており、魔力も先程より乱れまくっている。
「ナヴィィィィ!貴様、どういうつもりだ!」
「……勿論、戦うために来たのよ」
少し名残惜しそうに俺の手の中から出ると、ナヴィはアブゾンをしっかりと見つめる。
そこに、昨日までの脅えたようなナヴィはいなかった。
「……私はもう、貴方に屈しない。もう、なにも奪わせはしない!私は……私の大切なものを、大好きな人を守るために戦う!」
ナヴィが叫ぶ。アブゾンが睨む。
―ずっと支配され、自由など無かった。逃避しても、その影に苛まれ続けた。
―けど今は、そんな自分と一緒にいてくれる仲間がいる。側にいてくれる友がいる。そして……
「私は、ケインのことが好き!大好き!愛してる!だから戦う!ケインの隣で、最後まで!」
操血
吸血鬼のみが持つ、体内、体外の血液を操る種族スキル。身体中、どの部分の血液でも操れるが、心臓に近くなればなるほど操作が困難になる。
また、相手の許可があれば他人の血液も操作可能だが、自分の血液を触媒とする必要がある。




