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240 奥底の想い その3

今回はナヴィ達の視点

「くっ……!もうこんなところまで……!」



 アブゾンが放った火を止めるべく動き出したメリア達。だが、彼女達の想像よりも火の勢いは強く、あっという間に燃え広がっていた。

 そんな中、一人だけ顔を真っ青にしている少女がいた。



「うぁっ……おぇっ……」

「ちょっ……ナーゼ、大丈夫ですの!?」

「大丈夫大丈夫……うっ」

「全然大丈夫ではないじゃないですの!?休んだ方がいいですわ!」

「ほんとに、大丈夫だから……」

「……聞こえるんですね?」

「……うん。ほら、ボクはドリアードだから……聞こえるんだ。森の、悲鳴が」



 ドリアードは植物の声を聞くことができる。彼らが生活するうえでこの能力は大いに役立つ。

 だが、時にこの能力は、彼らにとって地獄のような苦しみを与えることになる。

 それこそが、今回の山火事のような、災害の時である。


 普段は物静かな植物達ですら、己が燃えていれば苦しみ、叫ばずにはいられない。おまけに、植物は人間と違い、自らの意思で動くことはできない。

 故に、絶叫が響く。絶え間なく、四方八方、あらゆる場所から。その植物の命が尽きるまで。


 そんな狂気の中に、今ナーゼはいるのだ。



「だから早く……早く止めないと!」

「言われなくても、分かってますわっ!」



 未だ苦しそうなナーゼ。そんな彼女の強い言葉に心配は不要だと確信したウィルは、(ウォーター)による消化を開始する。

 メリア達も、各々のやり方で消化を試みる。

 ……だが、勢いは一向に止まる気配はない。



「くっ……やはり、広がっていては無意味か……!」

「ですが、やるしか……っ!?イブさん!」

「へっ……きゃぁぁっ!?」



 イルミスが叫ぶが、遅すぎた。すでにイブの頭上には、根本が焼け倒れてくる木が迫ってきていた。



「〝水弾(ウォーターバレット)〟!」



 焼けた木が、イブを押し潰そうとしたその時、水の弾丸が勢いよく木に直撃した。その結果、木は大きく弾き飛ばされた。

 また、ほぼ同じタイミングで、ベイシアが糸で引き寄せていたので、イブは大怪我をせずに済んだ。



「あ、ありがとうございます!ナヴィさま、ベイシアさま!」

「うむ、無事でなによりじゃ。それよりナヴィよ、今のは……」

水弾(ウォーターバレット)、こんな形で見せることになるなんて、思っていなかったけれど……」

「しんスキル!すごい!」

「えぇ、まぁ、そうね……」

「「……?」」



 少し落ち着きのないナヴィの様子に、疑問を浮かべる二人だったが、すぐにその理由に気がついた。

 ナヴィの視線の先、そこは、ケイン達が戦っている場所である。



「ご主人なら心配いらぬ。あの者が、そう易々とやられるはずがなかろう?」

「そう、だけど……」

「……ナヴィさま?」

「……いいえ、なんでもないわ」



 そういって、ナヴィはまた()()()

 火の消化をしなくては―なんて言い訳をして、自分が立ち向かわなければいけないことから逃げた。


 だが、逃げた先にあったのは、後悔と苦しみだけであった。

 それは、この火事のように、徐々にナヴィの心を侵食していく。



 ―どうして逃げたの?


 ―私が立たなきゃいけないのに。


 ―ケイン達に押し付けて、自分は目を背けるの?



 幻聴が、ナヴィを追い詰めていく。

 そんなナヴィに、背後から声がかけられた。



「ナヴィさん!」

「……っ!?」



 ビクッとその場で跳ねるナヴィ。

 おそるおそる声のした方を見ると、アブゾンが連れてきた青年、テリューズが息を少し荒げた状態で立っていた。

 テリューズの着ていた服は所々焼け焦げており、顔にも少し火傷のような痕がある。恐らく、この火事の中を駆けてきたのだろう。



「貴様、こんなところでなにをしている!?ここにいては危険だぞ!?」

「それは貴方たちも同じです!僕は今、ナヴィさんに用があるんです!」



 テリューズはリザイアの忠告を無視し、ナヴィの元へと向かう。そして正面に立つと、ナヴィの目をじっと見つめ、叫んだ。



「ナヴィさん!なにをしているんですか!?」

「な、なにって、この火事を止めようと……」

「そういう意味ではありません!どうしてこんなところにいるのか、です!」



 ナヴィとテリューズ、二人は互いに、相手のことを知らない。だからこそナヴィは、その言葉をどうして逃げないのか、という意味で捉えた。

 だが、その考えはすぐに否定された。



「僕は貴方の……貴方たちのことを知りません。事情もなにも、僕は知りません。ですが、これだけは分かります。今貴方が立つべき場所は、ここでは無いのではないですか!?」

「っ!?それ、は……」



 ナヴィは、思わず言葉を詰まらせた。

 テリューズの言葉は、避難や逃走のものではなく、立ち向かわずに逃げたことに対する叱咤であったからだ。



 *



 ユリアナ家の長男、テリューズは幸福な日々を過ごしていた。

 父も母も、業界では有名な起業家であり、暮らしていくには十分すぎる稼ぎもあった。だが、両親はそれに傲ることなく、謙虚な姿勢を貫いていた。


 そんな両親は、テリューズに一つ、大切にしなければいけないことを教えた。

 それは〝自分こそが一番だと傲らず、他人を気遣える存在〟になること、である。


 人は、一人では生きていけない。

 両親も、たった二人で成功したわけではなく、信頼してくれる仲間や、応援してくれる顧客などがいてくれたからこそ、ここまで来れたのだ。

 そんな両親の言葉を胸に、テリューズは生きてきた。



 それから数年後、アブゾンから婚約の話を持ちかけられた。だが、テリューズは勿論、両親も少し警戒していた。

 マリーワルト家は有名な家ではあるが、ここ数年はあまりいい印象で見られていないことを知っていたからだ。

 だからこそ、最初は警戒した。だが、娘であるナヴィの写真を見せられた時、テリューズの心が揺らいだ。


 端的に言えば、一目惚れ、というやつだ。


 テリューズは高鳴る気持ちを押さえつつ、ナヴィに会わせて欲しいとアブゾンに願い出た。

 だが、アブゾンは「今は会わせられない」と言うだけで、頑なに会わせようとしなかった。

 その時点で、テリューズはアブゾンとナヴィの間に〝何か〟があったことに気がついた。

 だが、その内容までは分からない。だからこそ、テリューズは待つことにした。

 そして、ようやく会えると聞いた時、テリューズは〝何か〟が解決したのだと思った。


 しかし、その〝何か〟は解決していなかった。むしろ、悪化していたと言えよう。

 おまけに、テリューズは聞いてしまった。アブゾンがナヴィの近くにいるケインたちに、暗殺者を差し向けたことを。


 そして、アブゾンが森に火を放った。

 正しくは〝森の中で、火属性スキルを使った〟だが、結果としてはそうなった。

 そして、アブゾンとケインの戦いが始まった。


 勿論、テリューズは困惑していた。

 婚約の話を進めようと思っていただけなのに、突然森の中に連れてこられた上、いきなり戦いに巻き込まれたのだ。困惑しない方がおかしかった。

 だが同時に、テリューズは少しのやり取りから、ケイン達とナヴィ、そしてアブゾンの関係を知った。


 自分のために、道具(ナヴィ)を無理矢理連れ戻そうとするアブゾン。


 仲間(ナヴィ)のために、戦う道を選んだケイン達。


 両親の教えを、常に自身の在り方として生きてきたテリューズにとって、どちらがナヴィにとって幸せになれるのかは、一目瞭然だった。



 *



「貴方は、貴方自身が戦うべき相手から目を背け、逃げているだけです!それでは、貴方はなにも変われないのではないですか!?」

「……っ、言われなくても、分かってるわ!」

「だったらどうして!」

「恐いのよ!ずっとずっと閉じ込められて、ずっとずっと塞ぎ込まれて、逆らえなくて、なにもできなくて、言いなりになってたあの頃に戻るのが……!」



 ナヴィにとって、アブゾンは恐怖の対象。自分が笑顔を全て失っていた頃の、恐怖の根源。

 そんな相手に立ち向かうことは、ナヴィだけではできなかった。

 そんなナヴィの言葉を受け、テリューズは少しだけ笑みを浮かべた。



「……では、今はどうなんですか?」

「……え?」

「今の貴方は、一人ぼっちなんですか?今の貴方は、誰かに従うしかない人形なんですか?」

「……違う!そんなことはない!」

「そうでしょうね。だって貴方には、たくさんの仲間がいるのですから」

「……あっ」



 その時、ようやくナヴィは気がついた。いつの間にか、メリア達が自分のことを心配するように見つめていたことに。

 メリア達も、ナヴィが苦しんでいることは、等の昔に気がついていた。だが、それを言うことができなかった。

 テリューズは、言葉を続ける。



「どうすればいいのか、本当はわかっている。でも、恐怖で逃げ出してしまう。そんな経験、僕にだってあります。でも、僕にとって大切な人のことを思ったら、自然と勇気が沸いてくるんです」

「大切な、人……」



 ナヴィは心の中で、大切な人のことを思い浮かべた。

 メリア、レイラ、ウィル、コダマ、イブ……ここまでずっと一緒にいてくれた仲間たち。

 そして、そんな個性溢れる仲間たちを、まとめてくれていたのは……



「……あ」



 その瞬間、侵食が進んでいたナヴィの心が、晴れていくような感覚に襲われた。


 ケインと出会ったから、外の世界を知ることができた。

 ケインがいてくれたから、自分は折れることなくここまで来れた。

 ケインが笑ってくれたから、自分も自然と笑顔になれた。


 最初は、ただの興味本位だった。

 それなのに、いつの間にか、ナヴィにとってケインは、手放せない、手放したくない存在になっていた。

 そして、そんなナヴィがケインに抱く想い。それは紛れもなく……恋だった。



「ちょっ、なにあれ!?」

『……っ!?』



 レイラの叫びに全員が反応し、その方角を見る。そこには、今も巨大化し続けている火球のようなものがあった。

 もし、あんなものが森に放たれてしまったら、この森は―近くにいるケイン達は、終わる。

 そう思った瞬間、ナヴィは無意識のうちに飛び出していった。



「ナヴィ!?」



 仲間の呼び掛けに、ナヴィは反応しない。ただ真っ直ぐに、ケイン達のいる方角へと向かっていく。

 ……どうやら、迷いは無くなったらしい。



「……全く、しょうがないですわね。私たちは、私たちのやるべきことをやりますわよ」

「僕もお手伝いします!僕も水属性のスキルを持っていますから」

「助かる!」



 ナヴィが抜けた穴に、テリューズが入り、再び消化を開始する。

 その直後だった。背後に現れた火球が、大爆発を起こしたのは。

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