238 奥底の想い その1
「結論から言うと、やはりあの男の差し金でした」
「……そう」
日が登るよりも少し早い時間。全ての処理を終えたユアから報告を受けた。
勿論、ナヴィもここにいる。
「報酬は白金貨十枚。よほど主様を殺して欲しかったのでしょう。どうやら私に……いえ、黒風にも声をかけようとしていたようです」
「……その黒風ってのは、ユアのことだよな?」
「はい」
「もしこの話を聴いたとしたら、どうするつもりだったんだ?」
「昔の私であれば殺しに来たかもしれませんが、今の私は貴方の刃。裏切るような真似は致しません。むしろ、あの男を殺そうとしていたでしょう」
ユアにしては珍しく、黒い殺気を放ちながらそう答える。……というか、俺一人のために白金貨を報酬にするのはどうなんだ?
……それにしても、嫌な予感というものは信じるものだ。
あの男が去り際に見せた目。あれは、どう考えてもなにかを企んでいる目だった。なので、部屋から出た後、ユア達に頼んで夜中の見張りを頼んだのだ。
まぁ、暗殺者を送り込んで来るとは思っていなかったわけだが……
しかし、これで理解できた。あの男は親として失格どころか、人としても失格だ。
自分にとって都合の悪い者がいれば認めず、暗殺者を雇ってでも排除にかかる。貴族の裏事情でそういったことはあれど、一人の冒険者相手にやることではない。
最近会った中だと、勇者を語っていた男が持っていた、自分こそが主人公!という思想が一番近いだろうか。
「……ナヴィ、大丈夫か?」
「……分かんないわ」
明らかに顔色が落ち込んでいたナヴィに声をかけるが、あまり良い返事は返ってこない。
仕方ないだろう。実の親が、仲間を殺そうと暗殺者を送り込んできたのだから。
……だが、だからこそ、あんな男にナヴィを任せられない。任せてはいけない。
「レイラ、皆は?」
「準備できてる。いつでも行けるよ」
「わかった、ナヴィ」
俺は立ち上がり、そしてナヴィの手を引く。
ナヴィは少しきょとんとしていたが、俺の顔を見て意図を理解したのか、すぐに覚悟を決めたような表情に変わる。
「行くぞ、お前の意思を示すために。お前自身の、自由のために」
「……えぇ」
俺達は部屋を飛び出し、すぐに仲間の元へと向かう。
外で待機していた仲間達と合流したのち、俺達は町の方から離れるべく、裏手にある山の方へと向かう。
このアルテレジオンは、海と街道を除けば周りに森しか無く、山といっても対した高さがあるわけではない。
しかし、逆を言えば、身を隠すのに最適な立地であるとも言え、山側へ進むことを選んだのも〝確実に逃げるために、あえて好んで進まないであろう道を進む〟と読んでくるのを読んだからだ。
俺の読みが正しければ、必ずこの先に、あの男はいる。たとえそうでなくても、あの男は必ずこちらに向かってくる。
その答えは――正解だった。
「――ふん、わざわざご苦労なことだ」
俺達の進む先に、男はいた。
俺達が驚く顔でも見れると思ったのだろう。腕を組み、少しばかりふんぞり返っている。
ただ、一つだけ予想外なこともあった。
俺達は男が一人でいると思っていたが、そのすぐ側にもう一人いることに気がついたのだ。
その正体は分からないが、今は気にしている理由も無いので無視だ。
「そっちこそ、こんな朝っぱらから森の中でなにしてんだ?」
「無論、貴様らを待ち構えていた。貴様らのような子供の考えなど、全てお見通しだ」
「へぇー、じゃあわざと向かってきてやったこともお見通しだと?」
「……なに?」
男が僅かにボロを溢した。やはり、俺達を出し抜いたつもりだったのだろう。明らかに不機嫌そうな声を洩らした。
それもそうだ。自分の方が上手だと思っていたのに、それすらも予測された上に、あえて乗っかってきたと知ったのだ。不機嫌にもなるだろう。
だが、すぐに男は持ち直すと、側にいた青年の方に目を向ける。
顔立ちは良く、気品も良さそうな服装を纏っており、どこかの貴族のような雰囲気を感じる。
「……まぁいい。ナヴィ、紹介しよう。こちらがお前の婚約者、テリューズだ」
「「……っ!?」」
「初めましてナヴィさん。ユリアナ家の長男、テリューズと申します。……ふふっ、写真で貴方のお顔を拝見させて貰いましたが、写真よりもずっと綺麗なお方だ」
テリューズと名乗った青年が、俺達がいることに少々困惑しながらも、口説き文句を口にしながら挨拶をしてきた。
横目でナヴィを見る。が、当の本人は一切靡いていない。むしろ、不快感に近いものを覚えているようだ。
……まぁ、青年ではなく自分の父親に、だが。
「それでアブゾンさん、彼らは?」
「すぐに別れるのだ、気にする必要などない。ナヴィよ、帰るぞ。これから婚約の準備もあるからな」
男がこちらに近づいてくる。やはり、ナヴィの意思など興味が無いらしい。
ナヴィの手が震えている。やはり、恐怖は抜けていない。
だが、ナヴィは大きく深呼吸をすると、意を決した顔つきになる。
「……嫌よ」
「……今、なんと言った?」
「嫌と言ったわ!家にも帰らない!婚約もしない!私は、私の生きたいように生きる!」
言葉を吐き出すようなナヴィの叫びが、森の中に響き渡る。
青年の方は状況が分かっていないようで、見るからに困惑しているが、男の方はあからさまに憤怒していた。
「ナヴィ!誰が逆らっていいと言った!」
「……っもう、もううんざりなのよ!ずっと閉じ込められて、なにもさせて貰えなくて、誰にも会わせてくれなくて!そんな暮らしになんて、戻る意味も理由も無いわ!」
「……っ!貴様らか……貴様らが原因かぁ!」
男の矛先がこちらに向けられる。だが、それはただの八つ当たりだ。
娘の想いを認めず、俺達のせいにしたいだけの八つ当たりだ。
そんなものに、言い負ける理由はない。
「俺達が原因?逆上も行きすぎると哀れだな」
「なんだと……!」
「ナヴィを散々物扱いしておいて、ナヴィが反抗したら誰かのせいにする?ふざけるな!これはナヴィの意思だ!お前みたいに、誰かが強要したものじゃない!」
「馬鹿馬鹿しい。いつ誰が強要などした?貴様の戯れ言に付き合っている暇などない!」
「戯れ言を言っているのはお前の方だ!人の未来を勝手に決めつけて、勝手に奪って、それを無価値だと言い張るお前の言葉に、靡くやつなんていない!」
「他人は所詮他人でしかない。死のうがのたうちまわろうが知ったことではない!」
「はっ、だから白金貨で雇った暗殺者を送り込んで来たと?」
「……え?暗さ――」
「――っ!」
やはり、青年の方は暗殺者のことを知らなかったようで、困惑の言葉を口にしようとした。
だが、それよりも早く、男は行動を起こした。
一瞬のうちに巨大な火球を作り出すと、ナヴィがいるのにお構い無く、俺達目掛けて放ってきたのだ。
放たれた火球は俺達に直撃し、爆発を起こす。
炎が草木に飛び火し、森が燃える。鳥や小動物、昆虫達が一斉に逃走を始めるが、炎の勢いが強すぎるため、上手く逃げられない。
「なっ……!?なにをしているんですか!」
「はぁっ……!はぁっ……!うるさい!私は悪くない!悪いのは――」
「俺達だって言いたいのか?」
「「っ!?」」
暗殺者の話をすれば、よけいに逆上することは想像できていた。だからこそ、メリアの防壁で防ぐことは容易だった。
……だが、やはりと言うべきか、森の中であるにも関わらず、男は火を使った。しかも、威力を落とすどころか、むしろ上げている。
本当に、救いようの無い性格のようだ。
「ふざけんじゃねぇ!お前の振舞いはただの無責任だ!そんなやつに、ナヴィは渡さない!」
「黙れ……!黙れ黙れ黙れぇ!」
男が怒りに任せ、こちらへと向かってくる。俺は天華と創烈を抜刀し、構える。
ナヴィの俺達のこれからを賭けた、決して引けない、負けてはならない戦いが今、幕を開けた。




