237 黒キ暴風
今話の裏話
元々は「貴族間の争いに巻き込まれたケイン達に、刺客として暗殺者が送り込まれる」的な話を作ろうとしたものの、中々刺せる場面が無かったので泣く泣くボツにしようとしていた
……が、やっぱり書きたかったのでこんな形で書くことにした
「時間を稼がれて逃げられるのは不味い。最初から殺るつもりで行くぞ」
「「おう」」
先に仕掛けたのは、暗殺者達。その狙いは、ユア以外の三人。
暗殺者業界でも、黒風の名と強さはかなり有名になっている。だが、あくまでもそれは単独での話。数で押しきれると彼らは判断した。
普通の人間とは思えない速度で、ガラル達の首に近づいてくる暗殺者。だが、ガラル達は動かない。
動く必要も無いからだ。
「っ――!引け!」
「……ふむ、さすがに気づかれたか」
暗殺者達が刃を抜こうとした瞬間、僅かに反射した光に反応し、すぐさまその身を引いた。
よくよく見ると、彼らが通ろうとした場所に、極細の糸が張っていた。
ベイシアの糸には、様々な種類がある。
粘着性の強い糸、粘着性の弱い糸、柔らかい糸、固い糸、そしてよく切れる糸。
ベイシアは暗殺者達が会話した一瞬の隙に、髪の毛一本と同じくらい細い、切れ味特化の糸を目の前に張り巡らせていた。
もし彼らがそのまま突っ込んできていたら、彼らは殺られていただろう。
「そんじゃあ、今度はこっちから行くぜ!」
今度は、ガラルの方から仕掛ける。勿論、既に糸は消えているので、ガラルが切れる心配はない。
暗殺者達に迫り来るガラル。普通の人ならば、その迫力の前に動けなくなりそうなものだが、彼らは冷静だった。
「おらぁ!」
「ふん、もらっ――!?」
ガラルが金棒を振るった瞬間、それぞれ三方向に攻撃を回避。そしてそのまま、三方向から攻撃を仕掛けようとした。
だが、ガラルは笑みを浮かべると、浮いていた右足を勢いよく下ろす。
次の瞬間、ガラルが消えた。暗殺者達も予想外だったのか、一瞬だけ冷静さを失った。
その直後だった。一人の暗殺者の目の前に金棒が現れたのは。
「ぶぐぁばっ!?」
「まずは一人!」
「チィッ!?」
二撃目の金棒が暗殺者達に振るわれるが、今度はかわされる。
そして、ガラルを遠くから見た暗殺者達は、その光景に思わず眉を歪ませた。
ガラルは、宙に浮いていた。なにかを掴んでいるようにも見えるが、そのなにかが分からない。
分かろうとする時間も無いのだが。
「がっ!?」
「――遅い」
「オラもいっちょぉ!」
「っ!クソッ!」
完全に後ろを向いてしまったせいで、ユアの接近に気づくのが遅れてしまい、さらに一人やられてしまう。
さらにガラルが迫って来たため、やむ無くリーダー格の一人だけがその場を離れることになった。
しかし、リーダー格である暗殺者は、離れたことで自分の置かれた状況に気がつき、冷や汗が止まらなくなった。
先程まで共にいた二人が一瞬のうちにやられた挙げ句、自分の逃げ場を完全に失っていたことに気づいたからだ。
先程も言ったが、ベイシアの糸は、放出した時点から特性が異なる。
そして、ベイシアは暗殺者と対峙する前から、糸による檻を作っていた。
固さを重視した糸を基盤とし、粘着性の強い糸と切れ味の良い糸を、交互に重ねる。
自分の後ろ―ケイン達のいる方角にある糸はあえて太くし、そこに視線が行くように仕向ける。
その工程を、ユアとガラルをサポートしながら平行して進めていた。
普通の人間には、そんな高度なことはできない。だが、ベイシアはアラクネ。普段はアラクネだと悟られぬよう開いていないが、実は人化状態でも四つの瞳は使うことができる。
故にどんな姿であろうとも、ベイシアは最大で六つの視点を見ていられるのである。
はっきり言おう。ベイシアに狙われたが最後、獲物は誰一人として逃げられはしない。
「さて、このまま投降していただけると助かるのですが」
「――すると思うか?」
「そうですか……では」
「行くぜオラァ!」
ユアとガラルが同時に駆ける。
背後には粘着と鋭利の蜘蛛の巣、前からは迫り来るユアとガラル。おまけに、少しだけずれた形での挟み撃ち。
その時点で、暗殺者の逃げ場は一つしか残されていなかった。
暗殺者は残された唯一の逃げ道―空中へと飛ぶ。
だが、残された逃げ道は、逃げ道でもなんでも無かった。
「はイつっかまーえタ!」
「なっ……!?」
突然両腕を掴まれ、最大まで広げられる暗殺者。首を上に向けると、そこにはソルシネアがいた。
「んジャ、いっくヨー!」
「なっ、ま―――」
なにかを言おうとするも虚しく、ソルシネアは急加速しながら蜘蛛の檻へと突っ込む。
そして、自身がぶつかる直前に急停止し、角度変更しながら再度加速。慣性の法則によって振り回された暗殺者は、その足を檻に触れてしまった。
「ひがっ―――!?」
鋭利な糸が暗殺着を裂き、粘着性の糸が皮脂に付く。そしてそのまま高速で、かつ振り回された状態で離れればどうなるだろうか。
暗殺着を裂いた糸は、そのまま足を擦るように裂き、粘着性の糸は離すまいと皮脂を捲り剥がす。
その激痛は、例え暗殺者であろうと耐えられはしない。
だが、まだ終わってなどいない。既に目の前には、次の糸達が待ち構えているからだ。
その後も暫くの間、悲痛な叫びが風に流れていった。
*
「……ふむ、意外と呆気なかったのぅ」
「んだよ、もうちょい粘れねぇのか?ア?」
「……クソがッ」
ユア達の目の前に、糸で縛られた三人の暗殺者が並べられていた。それぞれ顔や首といった場所を傷つけられてはいるが、全員に共通して足を重点的に潰されており、逃げることすら叶わない状況だった。
「おーこえーこえー。で?どうすんだコイツら」
「情報を引き出します。処理はその後ですね」
「オーケー、了解だ。んじゃ頼むわ」
「お任せを」
「……ハッ、黒風。忘れちゃいねぇよな?俺達はクライアントのことは口にしない。なにをされようともなぁ!」
「分かっています。なので、呼んできて貰いました」
「……あ?」
「連れてきたヨー」
なにも口にしないと言い張る暗殺者の元へ、少しの間、この場を離れていたソルシネアがやってくる。
その足には、まだ眠そうにしている少女が掴まれていた。
「全く……我を起こしておいて、この扱いはなんなのだ……」
「夜分にすみません、リザイア様」
「いや、構わぬ。元より我らは夜分の方が性に合っている。……まぁ、無理矢理起こされたのだがな」
「アッ……!その目もいイッ!」
リザイアが睨むと、ソルシネアは体を仰け反らせながら落下した。
それを見たリザイア達はソルシネアに対し、諦めの視線を向けていた。
「さて、では我の出番のようだな?」
「お願いします」
「ふん、なにをされようが俺達は口を……」
「ふっ、勘違いをするな。我はなにもしない。貴様らが勝手に口を開くのだ」
「あ?なにを――ま、まさかお前」
「さぁ解放せよ!貴様の深淵を!」
「や、やめ――」
そこで、暗殺者達の意識は途絶えた。
彼らが意識を取り戻した時、目の前に映ったのは大量の水、そして、補食されていく己の体だった。
ベイシアが逃げ場を無くし、地上ではガラルが暴れ、空中に逃げればソルシネアに捕まる……
まだ従魔三人しかいないのに、すでに鬼畜コンボが完成してる……




