235 昔の家族、今の家族
突然現れたナヴィの父親。
あまりにも親とは思えない諸行の数々を知り、異議を唱えたビシャヌを殴り飛ばし、ガラルの攻撃を避けたかと思えば、周りへの被害を一切考えない攻撃を放ってくる。
一応、下では戦闘向きではない仲間達が避難を促してはいるが、それでも危険すぎる状況だ。
「……ふん。結局お前らは腰抜けの集まり、というわけか」
「……聞き捨てなりませんね。わたしたちの、どこが腰抜けだと?」
「では、なぜ先ほどから攻撃してこない?こんな赤の他人の家など、どうでもよいではないか」
「……本気で、言っているんですか……!?」
「事実を言っているだけだ。赤の他人のことを心配するなど、まっぱらおかしいと思わないか?」
さすがのイルミスも、この発言には怒りを覚えたのか、龍の腕を強く握り締めている。
確かに、自分自身や家族以外は赤の他人。それは揺るぎ無い事実だ。だが、だからといって、その生活を脅かしていいものではない。
……だが、この男は違う。自分の家以外のことは全てがどうでもいいこと。実の娘の気持ちすらも、関係のないことなのだ。
「貴様らがナヴィを保護してくれたことは誉めてやろう。だが、所詮は赤の他人。大人しくナヴィを引き渡してもらう」
「んなこと、させっかよ!」
「なら、さっさと来い」
「ぐっ……やってや――」
「ガラル、止めろ!」
「――あっ!?なんでだご主人サマ!」
怒りに任せ、飛び出そうとしたガラルに対し、静止を促す。従魔であるガラルは逆らうことができず、その場で静止した。
イルミス達も、俺に目を向ける。
「ふん、ようやく渡す気になったか」
「……」
「……なんだ?その目は」
俺は、男を睨み付ける。そこに、ナヴィを渡さないという、ハッキリとした意思を乗せて。
ふと気づけば、ナヴィの俺の服を掴む手がより強くなっている。
そんなナヴィの肩に、そっと手を置いた。
「……さっきから、本っ当に好き放題言ってくれてるな。部外者?赤の他人?それが、お前の他人に対する態度か?なら、お前の家とやらも対したことないな」
「……なんだと?」
男が、先程よりも苛ついた顔になる。
それはそうだ。この男にとっては娘のことよりも、家のことを侮辱されることの方が許せないのだ。
これが、本当にナヴィの親なのか、やはり疑ってしまう。が、最早そんなことはどうでもよかった。
「他人の生活を脅かし、実の娘の自由を奪い、挙げ句の果てにはその態度……そんな家に関わるやつが、幸せになんてなれるハズがない!」
「……幸せだと?思い上がるな!そんなもの、我が家の繁栄に必要ない!」
「いいや必要だ!幸せがあるから、人は前向きになれる!幸せを感じれるから、人は明るくなれる!お前みたいな幸せを否定する家に、繁栄なんぞ訪れるわけがない!」
「貴様……!部外者ごときが口を出すな!ナヴィは我がマリーワルド家の繁栄に必要なもの!どう扱おうと構わないだろう!」
「また物扱い……ふざけんな!ナヴィはお前の操り人形でも、繁栄の道具でもない!ナヴィは俺達の仲間で、大切な家族だ!」
「……っ!」
前々から、俺はずっと仲間のことを家族だと言ってきた。
かつて俺は家族に裏切られ、見知らぬ森の中に捨てられ、そして冒険者となった。
それから三年後、メリアと出会い、ナヴィと出会い、たくさんの仲間ができた。そして仲間が一人増えるたび、俺は一つ、大切なものを背負った感覚に襲われる。
それが命なのか、信頼なのか、それとも別のなにかなのかは分からない。だが、こうして背負うものがあることに気づいた時から、俺は仲間のことを、新しい家族だと思うようになっていた。
そして、俺は家族を侮辱する者を、傷つける者を許さない。たとえそれが、仲間の本当の家族であろうと。
「家族?ふん、なにを言うかと思えば……そんな狂言に付き合っていられるほど、こちらは暇じゃないんだがな」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ?お前が本当の親だってんなら、ナヴィはどうしてお前との再会を喜ばないんだろうな?」
「……なにが言いたい?」
「家族ってんのは居場所だ。どれだけ悲しいことがあろうと、どれだけ辛いことがあろうと、必ず安らげる場所。それが本来の家族の形であるべきだ。……勿論、そう簡単にはいかない家庭だってある。だがお前は、恵まれた環境を持ちながら、その安らぎを、幸福を、自由をナヴィに与えなかった!そんなもの、家族でもなんでもない!」
家族の形は決まってなどいない。
だが、俺達のほぼ全員は〝家族〟に対して、何かしらの不幸を与えられている。勿論、俺もそのうちの一人だ。
だからこそ、せめて今この不抜の旅人として活動している時だけは、幸せを感じて欲しい。そう願っている。
たとえ、どんな未来が待っていようと。
「……貴様ぁ!」
俺の言葉が気にくわなかったのか、男はナヴィが近くにいるというのに、迷うことなくこちらに火球を飛ばしてくる。
だがこちらも、タダで食らうわけにはいかない。俺は創烈を抜刀し、魔力を込めると、そのまま火球を切り裂いた。
しかし、その火球はフェイク。俺が火球を切るその一瞬の隙をつくように、男が拳と共に迫ってきていた。
「ふっ!」
「なっ、ぐぉぁっ!?」
確かに、不意をつくいい攻撃だ。ただし、囲まれていることを忘れていなければ、の話だが。
俺に対する怒りで周りの状況を忘れてしまったのか、俺の元へとすぐ駆けつけられる位置にいたイルミスの拳に、自ら飛び込んでいった。
「イルミス、助かった」
「はい。……それよりも」
「チッ……わたしとしたことが、怒りで我を忘れるとはな」
「……しぶといですね」
自ら飛び込んだこともあり、相当な一撃となったイルミスの拳を受けておきながら、男は平然と立ち上がった。
効いていない、とも思ったがそうではなく、拳を受け、地面に叩きつけられるその一瞬の間に、ダメージを受け流したのだ。
「……まぁいい、今日のところは引き下がってやろう。だが、次はない」
「あ?まちやが……チッ!」
「なんだったノ……あのひト……」
男は翼を広げると、そのままどこかへ飛び去ってしまった。
その姿を、残された俺達は、ただ見ていることしかできなかった。




