234 父と娘
「さぁ、家出はおしまいだ。帰るぞ」
「ひっ……!?」
ナヴィの父親が、ナヴィの腕を掴もうと手を伸ばしてくる。俺はとっさにナヴィを自分の後ろに隠すと、すぐに臨戦態勢を取る。
そして同時に、俺の前に二人の影が現れた。ユアとイルミスだ。
「行かせません」
「通しませんよ?」
二人は、男を前にして各々の武器を構える。が、男はそれに臆すること無く歩み寄ってきた。
「ふん、女子供になにができる?用があるのはそこにいるナヴィだけだ。……どけ」
「行かせない、と言った筈です」
「……どけ」
「――っ!?」
男から、先程までとは比較にならないような威圧感が放たれる。
だが、二人は驚きこそしたが引くこと無く、構えた状態のまま男を睨みつけている。
もちろん、俺もこの程度で引くようなことはしない。俺も変わらず、臨戦態勢を保っている。
「……ほう?」
男も、俺達が耐えるとは思っていなかったのか、驚きと称賛の混じった声をあげる。
だが、それでも俺達のことは眼中に無いらしい。その目は相も変わらずナヴィに向けられている。
「少しはやるようだが、所詮はその程度。鬱陶しいからさっさと失せろ」
「お断り致します。……それに」
「……チッ」
男が舌打ちする。
それもそのはず、メリア達が男の周りを取り囲むようにして構えていたからである。あれだけ強い威圧感を放ったのだ。異変を感じて来るのは当然だろう。
「この人数が相手です。大人しく引いていただけますか?」
「嗚呼、確かにこれはめんどくさい。だからなんだと言うんだ?これは俺とナヴィの問題。部外者であるお前らこそさっさと失せろ」
「……っ、そうですか」
確かに、戦力差は圧倒的だろう。だが、男は全く揺るぐこと無く立ち続けている。
この数を相手にできる自信があるのか、それともハッタリなのか、俺には判断がしづらい。
しかし、これだけは分かる。この男は―強い。
「皆さん、待ってください」
「……ビシャヌ?」
全員がいつでも飛び出せる体勢を取る中、背後からビシャヌが現れた。よくよく見ると、イブもコダマを抱きながら側にやってきていた。
ただ、イブは先の威圧感に圧されているのか、僅かに震えている。
ビシャヌは俺の横を通りすぎ、ユア達の間を通り抜けると、男の前で立ち止まった。男も、ビシャヌを訝しむように睨みつけている。
「……なんだ貴様?」
「……貴方がナヴィさんの親、ですか?」
「そうだ。分かったらそこを――」
「ナヴィさんから聞きました。貴方たちの間になにがあったのかを」
その言葉を聞き、男が言葉を飲み込んだ。
自分達の過去を勝手に話されたことに苛ついたのか、それともその先の言葉を聞くことを恐れているのか分からないが、男の顔はより険しいものへと変化していた。
「母親の死、父親の言葉。それに私たちが口答えする権利は無いでしょう。ですが、それをナヴィさんに押し付けるのは、親として……いえ、家族として失格です!」
ビシャヌは元王女。家族の期待、国民の期待、それらを背負って生きてきた。故に、ナヴィの人生に対して並々ならぬ理解と共感を得ていた。
二人とも、身分の高い家庭に産まれ、そして自由の無い暮らしを強要されていた。分かりあえるのは当然とも言えよう。
「貴方が本当に家族だと言うなら、残されたナヴィさんを大事にしてあげるべきです!それなのに貴方は自由を奪い、挙げ句自分の思想を押し付けようとしている……そんなもの、家族ではありません!」
まだビシャヌと過ごした時間は短い。だが、ビシャヌがここまで感情的になるのは珍しいと言う他無かった。
思想的に動くことはあれど、感情的にはあまりなることは無い。それが俺の中でのビシャヌという存在だった。
そんなビシャヌに対し、男は――
「……ふんっ!」
拳でビシャヌの顔を殴り飛ばした。
「ぐぁっ、っはっ!?」
「ビシャヌッ!?」
〝女の顔は命〟
乙女心とやらをあまり理解できない俺でも、そんな言葉を聞いたことくらいはある。
だが男は、そんなことは知らぬと言うがごとく、迷うこと無く顔を殴った。仲間達の顔が―特にウィルは、一気に殺気で歪んでいく。
「貴様ごときが、俺に説教だと?はっ、何様のつもりだ?お前のような子供が、大人に口答えしてんじゃねぇ!」
「お前……っ!」
全員の顔が怒りで歪んでいく中、メリアとナーゼはビシャヌの元へと駆け寄る。
「大、丈、夫……!?」
「かはっ……あ、ありがとう、ございま、す……」
「喋っちゃダメ。今は大人しくしてて」
近寄ってきたメリア達に対し、口元から少しだけ血を吐きながら、ビシャヌは答える。
男の拳が直撃する寸前、いち速く危険を察知したメリアが、防壁でビシャヌを守りつつ、同時に後方へと押し返した。
結果として、ビシャヌは歯が折れたり、顔が歪んだりすることなく、口の中を切った程度で済んだ。
ただ、顔には殴られたことでできた痣が残っているが。
「テメェ……相手は女だぞ!?」
「だからどうした?女子供を殴ったことで、家の繁栄に影響が出るとでも?」
「っ……テメェ、本気で言ってやがるのか!」
我慢の限界だったのか、ガラルが飛び出す。
身の丈に合わない金棒を手に、凪払うような攻撃を仕掛ける。
だが、男は羽を広げると、そのまま空中へと回避すると、黒く燃えるような炎を飛ばしてきた。
「チッ……!」
ガラルは持ち前の身体能力で炎をかわす。
先の発言からして、男は自分のこと以外に関してはどうでもよいと思っているらしい。
ガラルが、今地面にしている家のことを考えて振り下ろす攻撃をしなかったのに対し、男は容赦なく家に炎をぶつけまくっている。
「ふん、その程度か」
「はっ、んなわけねーだろ?つかテメェこそ良いのか?」
「なにがだ?」
「テメェ、家の繁栄がどうとか言ってたよなぁ?それなのに人様の家に向かって攻撃するとか、どうかと思うけどなぁ?」
「それがどうした?元はと言えば、避けた貴様が悪い。貴様が大人しく食らっていれば、こんなことにはならなかっただろう?」
「……あぁそうかよ」
ガラルが煽る。だが、男は悪びれる様子もなく、ガラルに責任を押し付ける。
そんな態度に、ガラルはさらに苛ついている。他の仲間達も同様だ。
……こんな男がナヴィの父親だなんて、俺は思ってもいなかった。
だが、今もナヴィは俺の背中から、手を離そうとしていなかった。
まるで、現実から目を背けているように。




