233 とある吸血鬼の話
二十七章、開幕です。
少し、昔の話をしよう。
その少女は、吸血鬼の名家、マリーワルト家の長女として産まれた。
少女の母親は大変喜んだが、父親は複雑な気持ちでいた。彼は、一番最初の子供は男子が良かったのだ。
だが、産まれた命を無下にするようなことはせず、その少女を可愛がった。
そして、次こそは男子を。そう、思っていた。
二年後、母親が亡くなった。
少女を産み、体力が少し落ちたその一瞬の間に、母親の体に病原体が複数入り込んだのだ。
一つ一つならまだしも、複数の重い病気が、一度に襲いかかってくる。その苦痛は、見るに絶えないほどおぞましいものだった。
彼は、彼女をなんとか生きさせようと奮闘したが、どれも意味を成さず、ついに彼女は息を引き取った。
まだ、二歳の少女にとって、母親の死は過酷なものだった。だが、まだ少女には父がいる。
彼が少女を大切に育てることができれば、少女は幸せを感じれたのかもしれない。
だがそれは夢物語。現実は酷なるものであった。
彼が男子を欲したのは「この家を繁栄させよ」という、彼の父親の言葉を受けていたから。
彼は強い男子を育て、マリーワルト家に更なる繁栄をもたらそうとしていたのだ。
故に、彼は悲しむと同時に激怒した。たった一人の少女しか産まずに息絶えた彼女に。
それから、彼は少女にとって退屈で、悪夢のような生活を押し付けた。
外の世界のことは何一つ教えず、ただ家のことだけを考えるよう仕向け、次の世代をさっさと作ろうとした。
やがて彼は、彼女の残した命を、ただの道具としか見れなくなっていた。
そんな環境で育てられた少女は数年後、家を飛び出す。
息苦しく、楽しみもなく、退屈で、自由のない暮らしから逃げ出すように。
逃げ出した世界で、少女は出会う。自らの運命を変えてくれる青年と。
そして今、少女は再び――
*
「さぁ、新しい町です!」
「……なんか、テンション高いな……」
「ふふっ、ようやく自由になれたんです。気分だって上がってしまいますよ」
「そ、そうか……」
俺達がやってきたのは、アルテレジオンという港町。
これまでに滞在した二つの港町とは違い、こちらは町としての発展を度外視しているかわりに、漁業に力を入れている。
故に、これといって目ぼしいものがあるわけではない。
「とりあえず、これからのことも話したいし、早く宿を探そ……って、メリア達はどこ行った?」
「あぁ、奴等なら……」
リザイアの指差す方角を見ると、そこには思い思いの場所へと散っているメリア達の姿があった。
お前ら、自由すぎない?
ちなみに、残っているのはナヴィ、イブ、ユア、リザイア、ビシャヌの五人とコダマだけである。
「……あー、お前らはどうする?」
「イブはおうじさまといっしょがいい!」
「我も共にあろう。あまり我が目に敵うものもないしな」
「主様の居るところが、私の居場所です」
「では、私もお供させて貰います」
「ナヴィはどうする?」
「……そうね、私も一緒に居ようかしら」
「じゃあ、決まりだな」
ナヴィは少し悩む素振りを見せた後、そう答えた。普段はメリア達と共に出店巡りをしているナヴィにしては、珍しい答えである。
とりあえず、ユアに散らばった仲間達に、俺達の動きを伝えるよう頼む。そしてそのまま、宿探しを始めた。
……とは言ったものの、案外すぐに見つかった。
それもそのはず、この町は外部から停まりにくるような人はそこまで多くなく、故に宿屋はたいして作られていない。
その為、一軒目の宿屋で全員ぶんの部屋を取ることができた。
「……」
「あの、ケインさん?どうかしましたか?」
「あぁいや、大分出費も痛くなってきたなぁ……って思っただけだ」
「ま、まぁ、こんな人数になるなんて思っていなかったわよね……」
「……だな」
「……そういえばケインさん。メリアさんのことはお聞きましたけど、他の皆さんのことは聞けていませんでしたよね?」
「ん?あぁ、そういえばそうだな」
「せっかくですから、聞かせて貰えませんか?私も仲間になれたんです。皆さんのこと、もっと知っておきたいんです」
「なら、まず私が話そうかしら」
ナヴィは、自身がどのようにしてここまで来たのかをビシャヌに話し始める。イブにユア、リザイアもナヴィの話しに耳を傾けていた。
ここまで旅をしてきていた俺達だが、あまり個人のことについて語って来なかった。
それは、人によっては思い出したくもないことを思い出させてしまうかも知れないと思っていたから。
だが、こうやって知りたいと思う仲間がいるのなら、話すのも悪くない。そう思えた。
「……まぁ、こんなもんかしら?」
「……苦労、なさっていたんですね……」
「そうね……もう、あんな日々に戻りたく無いわ」
ナヴィの過去に、ビシャヌが深い理解を示す。
王族と貴族、身分こそ違えど、二人は似たような過去を持つ。故に、相手の気持ちがよく分かるのだろう。
「じゃあ、つぎはイブが――」
「ケイン!」
「レイラ?どうしたんだ?」
「早くナヴィを連れて遠くに逃げて!」
「は?なにをいきなり……」
「いいから早く!」
「わ、わかった」
突如として現れたレイラから、よくわからないことを言われる。
ナヴィを連れて逃げろ。なにがあったのかは知らないが、いきなりそんなことを言われても状況がよくわからない。
ただ、かなり焦っていることは確かなようだ。
俺は、未だに困惑するナヴィの手を掴むと、窓から飛び出した。
逃げろ、と言われたからには、正面からでは意味がない。そう思っての行動だった。
それは、決して間違った選択ではない。
相手が人族であれば、の話だが。
「ナヴィ、ようやく見つけたぞ」
「っぁ……!?」
ナヴィの、俺を握る手の力が強まる。
ナヴィの顔色を伺うため、少しばかり視線を向けると、その顔は真っ青に染まっていた。
俺は改めて、目の前に現れた男に目を向ける。
見た目は四十半ばくらいだろうか、少し老けた印象が伺える。瞳は血のように赤く染まり、かなりガタイのいい体つきをしている。
そして、背中には翼が生えている。ナヴィと全く同じ色の、形の翼が。
「お、父、様……」
―俺達の前に現れたのは、ナヴィと同じ吸血鬼。それも、ナヴィにとっては最も会いたくなかった人物。
そう、ナヴィの父親である。




