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232 不器用で、けれど愛しき恋の歌

「……うん。ここでいいかな」



 マリンズピアを追放されてから、約一時間。

 俺達は乗せられた船に揺られ、来た時とは違う、遠い場所まで運ばれていた。

 一応、ストレアやその周辺に下ろすことも考えていたようだが、俺達のことを考えて、あえて遠い場所まで連れてきたようだ。



「カンザ、ありがとうございます」

「姉さ……いや、ビシャヌ。貴方はもう二度と家名を名乗ることは許されず、僕たちの領地に入ることは許されません。その自覚を持ってください」

「……えぇ、分かっています」

「……ケインさん」

「なんだ?」

「姉さんを頼みます」

「……あぁ」



 俺が静かに頷くと、カンザは満足そうに笑みを浮かべると、船に乗り込みその場を後にした。

 その顔は、あくまで笑って。けれど、頬に伝う涙は隠せずにいた。



「……私は、間違っていたのでしょうか?」

「……いや、間違ってはない。だが、多少強引だったかもな」

「強引、ですか……」

「まぁ、乗っかった俺達も同罪だがな」

「……ふふっ、そうですね」



 ビシャヌとて、マリンズピアに思い入れが無いわけではない。だからこそ、俺にこんなことを聞いてきたのだろう。

 だが、全てはビシャヌが自分で選んだこと。俺達は、その選択に乗っかっただけに過ぎない。



「私は、自由を求めた。その結果がこれなら、私にはもう、後ろを振り向く選択肢はありません。だからケインさん、改めてお願いします。私を、貴方の仲間に加えてください」

「……あぁ。よろしく頼む」



 俺は、ビシャヌの手を取る。

 これで、ビシャヌは正式に不抜の旅人へ加わることとなった。

 だが、ビシャヌは俺の手を長くは握らず、すぐに離した。そして、少しばかり後ろに下がった。



「……では、お邪魔虫は一時撤退、ですね」

「ビシャヌ?」

「またまた……もう、分かっていますよね?」



 ビシャヌは俺に向かって、全てを見透かしているような笑顔を向けてくる。

 ……いやまぁ、ビシャヌの言う通りなんだが。

 ビシャヌがメリア達の元へと向かう。そしてかわりに、ずっと俺の後ろにいた人物が、前へとその足を進め始めた。

 俺は振り返る。そこにいたのは、暗闇でも分かるほどに顔を赤くしたウィルだった。



「ケイン……そ、その……」



 珍しく、しどろもどろな言葉を溢すウィル。

 その原因は、誰もが気づいている。


 あの時、ウィルが歌った歌。あれは、ウィルが俺に向けた歌。俺への思いを綴った歌。

 その意味に、気づけない俺ではない。

 だからこそ、今自分の顔が少し熱くなるのを感じてしまっている。


 ウィルはなにかを言葉にしようとしては引っ込め、再び口を開くが何も言えず、再び引っ込めるた。

 それを三回ほど繰り返した後、深く深呼吸をすると、改めてこちらに顔を向けた。



「……私は、ずっと一人でしたわ。恥さらし、劣等者、面汚し……家族ですら、私に掛ける言葉も、視線も、何もかも、辛辣なものばかりでしたわ」



 ウィルの綴った言葉は、己の無力さ。

 一つのことができない。たったそれだけで、ウィルという存在は家族にすら否定された。

 その時のウィルの感情は、どんなものだったのだろうか。



「ビシャヌと出会って、ようやく友を、私を認めてくれる人と出会えた。でも、そこまでしか行けませんでしたわ」



 ウィルにとって、ビシャヌは救いだった。

 しかし、友を得ても、ウィルの心は晴れることはなかった。

 ウィルが求めたものと、ビシャヌが認めたものは僅かに違っていた。故に、ウィルの心は満たされなかった。



「だから、外の世界へ向かいましたわ。そこでなら、私の求めるものがあると信じて……でも、結局私が得たものは、残酷な真実だけでしたわ」



 人魚の歌。たったそれだけのことで、世界は努力と好きという気持ちの歌を認めることはなかった。

 そうした日々が続いた結果、ウィルはビシャヌですら信じられなくなりかけていた。

 それでも、ウィルは歌うことを止めなかった。

 歌うことが、好きだったから。



「……あの日も、私は歌い、そして突きつけられましたわ。残酷な言葉を、変えようのない現実を。私の心は、そこで折れましたわ。もう、どこへ行っても、私の求める人は現れないんだ、と」

「ウィル……」



 ウィルは、静かに目を瞑る。あの日、突きつけられた言葉を思い出すかのように。


 ウィルは、ただ認められたかっただけ。だが、あの場にいた人々は、ウィルの歌を認めるのではなく、人魚としての歌を()()()

 故に、誰一人としてウィルの歌に関心を抱かなかった。それはもはや、ウィルの好きな歌では無かった。

 だからこそ、ウィルは一人泣いた。他人に悟られないよう、誰も居なくなった後で。


 ウィルが、目を開く。そして、その目を俺に向ける。どこまでも真っ直ぐで、美しい目を。



「……でも、私は出会えましたわ。人魚の歌だからでも、魅惑の歌だからでもなく、私の歌を好きだと言ってくれる人に。……思い出してみたら、あのタイミングは卑怯ですわ」

「卑怯って、お前なぁ……」

「あれを卑怯と言わず、なんと言うんですの?あんな、私の一番弱い所を見せている時に、私の求めていた言葉をかけてくるなんて……そんなの、卑怯に決まっていますわ」



 ウィルが微笑む。

 反則なまでに可愛らしいその笑顔に、思わずドキッとしてしまう。



「……でも、そんな貴方だからこそ、私は惹かれましたわ。ただ純粋に、私を見てくれた貴方に、私は……恋をしましたわ」



 ウィルの顔が、さらに赤くなる。

 けれど、ウィルは顔を背けることなく、じっと俺を見つめ続ける。



「ケイン。私は、貴方が好きです。私を救ってくれた、私に歌う楽しさを、喜びを、思い出させてくれた貴方を、私は好きになってしまいましたわ」

「……」

「貴方が、どこまで私を思ってくれているか、それは分かりませんわ。……でも、もし貴方も私のことを思ってくれているのなら……ぁっ!?」



 ウィルの不意をつくように、俺はウィルを抱き寄せる。限界寸前まで来ていたウィルの顔も、完全に真っ赤に染まる。

 だが、俺はお構いなしに抱き続けた。



「ちょっ、ケ、ケイン!?」

「……俺は、ウィルの歌が好きだ。ただ純粋に、歌うことを楽しんでいるウィルの歌が。……でも、ウィルの歌以上に、ウィル自身に惹かれていた」

「ふぇっ!?あっ、あぁ……!?」

「……俺も、ウィルが好きだ。だから、ずっと側にいて欲しい。俺と共に、どこまでも」

「そんなの……そんなの、当たり前に、決まっていますわ……!」



 ウィルが恐る恐る俺の後ろに手を回し、そして、同じく抱き寄せてきた。

 二度と手放さないという意思がそうさせたのか、非力なウィルとは思えないほどに、お互いに強く抱き締めあう。


 暫くして、俺達は抱き合うのをやめた。

 抱き締めあった時間は短い。けれど、何時間もそうしていたかのような感覚が、今も腕の中に残っている。


 ふと、ウィルが俺の頬に手を触れてくる。そしてそのまま、俺の口にキスをした。



「……っ!?」

「……ふふっ、好きですわ。ケイン」

「……たくっ」



 どこまでも愛おしい笑顔が、そこにある。

 それだけで、俺の心は満たされるような感覚に襲われる。


 ……などと干渉に浸っていたかったのだが、そうも言っていられないらしい。

 我慢ができなかったのか、メリア達がこちらにやってきていた。



「ウィル……良かったですね」

「ビシャヌ……えぇ」

「ふふっ、ビシャヌのそんな顔を見るのも久しぶりですね」

「えっ、そ、そうですの……?」

「ええ。本当に……ですから、ケインさん」

「な、なんだ?」

「是非、私ともお付き合いを――っ!?」



 ビシャヌがそんなことを口にした直後、おぞましいほどの殺気がビシャヌを襲う。

 その殺気の主―アリスは、ビシャヌの肩にそっと手を乗せてくる。



「……ねぇ?今なんて言ったのかしら?」

「えっ、いやっ、あのっ」

「まさか、すぐにケインに手を出そうとしてたわけじゃないわよね……?」

「いやっ、その……」

「ね?」



 ……自業自得と言うのが正しいのか、やり過ぎと言うのが正しいのか分からないが、とりあえず見なかったことにした方がよさそうだ。

 そんな二人のやり取りの横で、俺の手になにかが触れた。

 俺は自分の手を見ると、ウィルが少しだけ手を重ねようとしていた。

 だから俺は、ウィルの手をそっと握った。


 ウィルは少しだけ驚いた顔をみせた。

 だが、それはすぐに、幸せそうな笑顔へと変わっていった。



 *



「ふふっ、これでまたいっぽ、イブのやぼうにちかづいた……!」

「……それなんだが、貴様はそれでいいのか?貴様より先に、他の者が結ばれているのだぞ?」

「だいじょーぶだよ。イブはまだちっちゃいから。もっとおおきくなったときに、おうじさまとむすばれるの!」

「そ、そうか……」

これにて二十六章「約束の姫君」編完結です。


実はビシャヌというキャラは、パライル島で役目を終えるキャラだったのですが、いつの間にかヒロイン枠の中に居ました……ウィルの側にいるという強い意思を感じる()


さて、次回二十七章も引き続き「自由」に纏わるお話。

次章もよろしくお願いします。

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