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231 次の国を束ねる者

 ケイン達が戦っているよりも少し前。

 フルブークとカンザは、王の間に二人でいた。



「父さん……」

「心配するなカンザ。我が国の兵士達は優秀……ビシャヌを必ず取り戻してくれる」

「そうですね……でも、どうしてあの人たちは姉さんを連れ去ったりしたんでしょうか……」

「……それがワタシにも分からないんだ。これでも人を見る目はあるハズなんだが……」

「人を見る目はあっても、身内のことは鈍いんじゃないのかしら?」



 二人の元へ、エマがやって来た。

 その表情は二人とは対照的に、どこか落ち着いたようなものになっていた。



「エマ?どういう意味だ?」

「そのままの意味です。フルブーク、あなたの人を見る目は確かですけれど、あの子の心の中までは、その目でも見ることはできないでしょう?」

「母さん?どうしてそんなに落ち着いているんですか?姉さんが拐われたっていうのに!」

「……そもそも、それが勘違いなのよ」

「勘違い、だと?」

「えぇ……ほら」



 エマは、手に持っていた一枚の紙を二人に差し出す。それは、ビシャヌが家族に送った手紙。

 あの時、二人が気づくことの無かった手紙だ。



「エマ、これは……」

「あの子が残していったものよ……まったく、こんなことをするなんて、大胆というか、意外というか……」

「……それじゃあ、姉さんは拐われたんじゃなくて」

「あの子の意思で、脱走したんでしょう。彼らは、それを手伝った……それだけです」



 エマの言葉を聞き、フルブークは大きく息を吐きながら、王座により深く座り込んだ。


 確かに、フルブークはあまり家族のことを見ることはなかった。だが、それは決して家族よりも仕事を優先したわけではない。

 家族のことを、仕事をしている時の目で見なかっただけなのだ。

 その結果、ビシャヌの心の内に気づけなかった。それだけなのだ。



「……ったく、家族にくらい、相談してくれても良かったのではないか?」

「この国のほとんどは、あの子が次の女王になると思っています。なのに、あなたがあの子を次の女王にしないと言ったら、どうなると思いますか?」

「……姉さんを次の女王にしたい貴族たちや、民間人たちが黙っていない」

「そういうことです」



 この国における、ビシャヌの支持率は高い。

 だが、そのビシャヌを、本人の意思を尊重して女王にしないと宣言したらどうなるだろうか?

 一部の人々は納得するだろう。だが、少なくとも貴族たちは納得しない。

 だからこそ、こうしてひっそりと抜け出そうとしたのだ。



「……カンザ」

「……なんですか?父さん」

「これからお前は、辛い思いを沢山するかも知れない。……だが」

「……いいですよ。父さんがそれを望むなら……姉さんの意思を、尊重するなら」

「すまない……そして、ありがとう」

「ははっ……そうと決まれば、早速仕事をしなきゃいけませんね。どうしますか?()()()()()?」

「……この国に対し、無謀な戦いを挑んだ者たちだ。今後このようなことが起きないよう、お前の発言を以て、()()追放処分とせよ」

「分かりました。では、参りましょう」



 三人はその場から立つと、そのまま王の間を後にする。



「……ワタシは、父親失格だな」

「そんなことは無いですよ。ただ、あの子の意思が固かった。それだけです」

「そう、か……そうだな」



 三人は、それぞれの思いを抱きながら、戦場へと向かう。

 娘の、姉の、最後の姿を見るために。



 *



「エンダール様!」

「そ、そんな……」

「……」

「「ひっ!」」



 俺が無言で天華を向けると、兵士達は思わず後退した。やはりコイツは、敵の指揮官かそれに属する類いなのだろう。

 ……しかしまぁ、自分でも驚いている。

 あの歌を聞いた時、自分の中に熱いものが入ってきた気がした。その後は知っての通り、縦横無尽に兵士達を蹴散らし、こうして敵将も倒した。

 ただまぁ……なんとも言えない気持ちになっているのも確かなんだが。



「ぐっ、うぅぉ……」



 と、足元で声がする。

 エンダールと呼ばれていたか?……とにかく、男が立ち上がろうとしていた。あの双炎斬(クロスファイア)を受けて、なお立とうとしているのだ。



「ま、だ……だ!」

「……どうしてビシャヌに拘る」

「私が、王族になるためだ……!」

「なに?」

「ビシャヌ様が女王となれば、我が息子にもチャンスがある!我が子が女王と結ばれれば、私は念願の王族へと至れるのだ……!」

「……そうか」



 俺は、二刀を構える。

 同情したわけでもなく、軽蔑したわけでもない。だが、哀れに思えた。

 王族になる―そんな野望を抱いた男に、俺はそんな感情を抱いたのだ。


 男の槍は既に壊れている。だが、男は壊れた槍を構えるようにしてこちらに向けてくる。

 お互い、いつでも飛び出せる。そんな空気が、静寂となって戦場を支配した。


 だが、そんな空気はすぐに壊れることとなった。



『そこまでです』

「「っ!?」」



 突如として、戦場に聞き覚えのある声が響き渡った。

 声のする方角を見たが、ここからでは誰がいるのか分からない―などと思っていたら、映像のようなものが空中に写し出された。

 そこには、ビシャヌの親であり、国王と女王であるフルブークとエマ、そして先程の声の主、弟のカンザが写し出されていた。



『皆さん、よく戦ってくれました。……ですが、これ以上争う意味はありません』

「なっ……で、ですが!ビシャヌ様は我々の未来!ここで失う訳には……!」

「そっ、そうです!取り戻さなくては……!」

『言ったハズです。これ以上は意味がないと』



 映像に映る三人は、こちらに向かってきている。

 そして、兵士達の波を分けるようにして、三人が俺達の目の前に現れた。



「ケインさん……どうしてこんなことを?」

「……聞いてどうする?」

「カンザ様、賊の言うことなど聞く意味は――」

「はぁ……これが、ビシャヌの望みだからだ」

「なっ……!?」



 カンザの問いに、俺は平然と答える。

 その答えは予想していなかったのか、エンダールは目を見開いていた。



「あいつは、自由を望んだ。だがこの国は、お前らは、ビシャヌをこの国に縛り付けようとした。だから、俺達が呼ばれた。俺達なら、自分を連れ出してくれると信じてな」

「そ、そんな嘘信じるわけが……」

「あんたらなら、もう知ってるんだろ?」



 俺は、国王達を見つめる。

 その表情からは、なにも分からない。だが間違いなく、全てを知っている雰囲気があった。

 そして、カンザが一歩前に出る。掌をこちらに向け、覚悟の籠った目でこちらを見つめ返してくる。



「……()()()()として判決を言い渡す!今回の騒動を引き起こした実行犯である不抜の旅人一行、並びに主犯であるビシャヌを、マリンズピアより永久追放とする!」

「「なっ……!?」」



 カンザの宣言に、思わず動揺する兵士達。

 そして、その宣言に一番動揺していたのは、間違いなくこの男、エンダールであった。



「……ぜだ」

「エンダール?」

「なぜだ……なぜだなぜだなぜだ!フルブーク、お前は誰よりもこの国のことを思っているハズだ!それなのに、なぜこのようなことを許した!」

「エンダール、これはあの子が選んだ道。ならば、我々が口を出す資格などない」

「……っ!」



 苦虫を噛むように、エンダールの顔が歪む。

 そんなエンダールを無視するかのように、カンザ達が俺の元へと歩いてきた。

 すでに、映像は切られていた。



「……すまなかった。僕たちが気づくのが遅れたばかりに、君たちを傷つけようとしてしまった」

「……なに謝ってんだ?」

「……え?」

「こうなるのも覚悟の上だ。そうじゃなきゃ、こんなことしねぇよ」

「そう、か……そうだね」



 クスリとカンザが笑う。

 それを訝しげに見る俺の側にアリス達、それにメリア達も並び立つ。すでに水槽の効果は切れているようだ。



「お父様、お母様……その、私は……」

「……お前はこの国から追放された。今後一切、我々の家名を名乗ることは許されない」

「……はい」

「故に、自由にするといい。お前が思うように」

「……!」

「もう会えなくなるけれど……元気でいてくれるなら、それだけで十分よ」

「……はい!」

「ではカンザ、後は任せる」

「分かりました」

「……ケイン、と言ったな」

「あぁ」

「……娘を、頼んだぞ」

「……分かっている」



 そう言い残し、フルブークはその場を後にした。エマもそれに続くように、同じく街の方へと戻っていった。



「……では、皆さん行きましょうか」

「……あぁ」



 カンザが先導し、外へと向かう。

 そんな中、ビシャヌは立ち止まり、街の方へと振り返る。

 そしてその目に、自らの親の姿を映すと、大きな声で叫んだ。



「おとーさまー!おかーさまー!」



 二人の歩みが止まる。だが振り返ることはない。それでも、ビシャヌは言葉を続けた。



「私は、この人たちと生きます!ですから!お二人もお元気でいてください!」

「……」



 その言葉に、二人は何も返さない。

 けれど、その思いは伝わったのだろう。



「……行きましょう」

「後悔は、無いんだな」

「はい。これが、私の意思なのですから」

「では、参りますよ」



 カンザが水膜を貼り、俺達を外へと連れ出す。

 ……二度と見ることのないマリンズピアを、その背に向けて。

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