表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
235/414

230 貴方に捧げる愛の歌

「ウィル……?」



 突如、安息(セーフティ)の外へ向かおうとしたウィルに、メリアが声をかける。

 ウィルは少しだけ振り向くと、恥ずかしそうに、けれど吹っ切れたように笑みを浮かべた。



「ちょっと行ってきますわ」

「……そっか」



 メリアは、ウィルの表情で全てを察し、止めることなく、ただ笑みを返した。

 ウィルはメリアの笑みを見ると、再び歩き出し、そして外へと出た。


 そこは、まさに戦場と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。たった四人を相手に何十、何百の兵が襲いかかっている。

 ウィルはその中から、彼を見つけた。同時に、彼も安息(セーフティ)の外に居るウィルを見つけた。



「ウィル!?どうして外に……!?」



 ケインが、ウィルを心配する。

 だが、兵士は待ってくれるわけもなく、ケインはすぐに戦いに戻される。

 兵士達も、同様にウィルを見つけていた。

 だが、彼らにとっては、ウィルはただの出来損ない。警戒するだけ無駄な存在でしかなかった。



「すぅ……はぁ……」



 ウィルは自分を落ち着かせるように、深く深呼吸をする。

 目を瞑り、心の中で彼を思う。


 最初の出会いは、ただの偶然だった。

 だが、その出会いがウィルを変えてくれた。

 誰にも認めてもらえず、誰の期待にも答えられず、ただ惨めなだけだった自分を、初めて認めてくれた存在。

 一度自覚してしまえば、その頃から惚れていたことは分かってしまう。

 だが、だからこそ、ウィルはそれが嬉しかった。


 ウィルがゆっくりと目を開ける。その瞳に、ただ彼だけを映して。

 そして、ウィルはゆっくりと口を開いた。



『貴方は どうして私の側にいるの?』


「……え?」


『私は ただ歌うだけの篭の鳥』


「ウィルさん……?」

「あいつ……なにやってんだ!?」


『ほら 周りには翼を広げた 自由な鳥がいる』



 ウィルの歌声が、戦場に響き渡る。

 だが、それを気に止めたのはケイン達のみ。兵士達は、興味の一つすら抱かなかった。

 なぜならその歌い手は、魅惑の歌の一つすら歌えない、取るに足らない存在だったのだから。

 アリス達も、ウィルが歌い始めたことに疑問を抱きはしたものの、戦闘中ゆえ、気にしていられる余裕は無かった。



『それなのに どうして 私だけを見ているの?』


『どうして 私の側から 離れようとしないの?』



 だが、たった一人だけ、ウィルの歌に魅入られた者がいた。

 彼は、ただじっとウィルを見つめた。なにかするわけでもなく、ただ立ち呆けたまま。



『嗚呼 「大丈夫」なんて 優しい言葉で』


「なにぼうっとしてやがる!」

「これで終わりだっ!」



 兵士達は、そんな彼を見逃すわけもなく、隙だらけの彼に向かって襲いかかる。



『嗚呼 「側にいる」なんて 甘い声で』



「ケイン!?」

「ケインさん!?」

「ご主人サマ!?」



 アリス達が声をかけるも、彼―ケインは動じることなく、ただウィルを見つめ続ける。

 そして、兵士達が手にした槍をケインに突き刺そうとした。



『私を 揺さぶらないで』


「「……え?」」



 一瞬だった。

 兵士達は愚か、それを見ていた誰もが、何が起きたのか理解できずにいた。

 だが、分かるのはたった一つ。


 ケインが、兵士全員を捌ききったことだ。



『私は 穢れた篭の鳥』


「「……っ!?」」



 それだけでは終わらない。

 ケインがその場から消えたかと思えば、突如として別の兵士の元へと現れ、一瞬にして手にした武器を切り伏せたのだ。



『なのに 貴方が好きでたまらない』


「ど、どうなってい――がっ!?」

「なあっ……!?」



 おおよそ、人の動きとは思えないほど俊敏に、そして重い攻撃が兵士達を次々と襲う。

 それを見ていたアリス達も、思いもよらないことに同様を顕にしていた。



『ずっと 側にいてと願うけど』


「なによ、あれ……?」

「す、凄い……」

「隠してた……訳じゃねぇな」



 今も尚、アリス達は水の中にいるような感覚は抜けていない。

 だからこそ、何も抵抗を感じていないかのように動き回るケインから、目が離せなくなっていた。



『それは きっと 叶わぬ願い』


「〝波斬(スラッシュ)〟!」

「「ぐはぁっ!?」」



 ケインが放った波斬(スラッシュ)が、兵士達を吹き飛ばす。

 突然、別人のような動きを見せてきたケインに対し、多くの兵士達は困惑し、その思考を鈍らせた。

 それが、自らを滅ぼす行為だと気づくこと無く。


 *


『貴方は きっと 優しいから』


「……すごい」

「なんじゃ?あの動きは……」



 安息(セーフティ)内部、ビシャヌを守るようにして待機していたメリア達は、外の光景を見て目を疑っていた。

 ウィルが外に出て歌い始めてから、ケインは人が変わったように動き始めた。

 少し前までの無理矢理体を動かしているような感じではなく、まるで激流に身を任せているように。



『私以外にも 優しいのでしょう』


「もしかして、みわくのうた?」

「……えぇ、そうです」

「ビシャヌ様、あまり無理は……」

「大丈夫です。心配ありません」



 少しふらつきながら、メリア達の元へと歩いてくるビシャヌ。

 その肩を、ユアが支えていた。



『ほら 側にはたくさんの 愛が溢れてる』


「それより……お主は先、あの歌を魅惑の歌と申したか?」

「……はい」

「じゃが、あの者は魅惑の歌を歌えない。なぜ今になって歌えるようになったのじゃ?」



 ベイシアの疑問は最もだ。

 これまで、一度たりとも歌うことのできなかった魅惑の歌。

 それを、この土壇場で歌えるようになるなど、奇跡でも起きない限りはあり得ない。

 だが、ビシャヌは少しだけ微笑みながら、その答えを呟いた。



『それなのに 私は 自分だけを見てと』


「……そもそも、()()から違うんです」

「前提……?どういうこと?」


『叶わない 許されない 想い抱く』


「皆さんがこれまで聞いてきた魅惑の歌。あれは、()()()()()()()()()()()()()()()()です」

「「なっ……!?」」



 ビシャヌの口から、これまでの全てを否定するかのような答えが帰ってくる。

 その答えに、思わずナヴィとベイシアは言葉を詰まらせた。メリア達も、同じように驚きを顕にしている。



『嗚呼 「こっち見て」なんて 言えなくて』


「……昔、貴族の少女に恋した平民の少年がいました。彼は少女の気を引こうと、一つ歌を歌いました。彼の想いを全て乗せて」


『それでも 変わらず 優しい貴方への』


「まさか、魅惑の歌の正体って……!」



 ナヴィが、一つの答えにたどり着く。

 その答えを肯定するかのように、ビシャヌは微笑んだ。



『想いは 強くなるばかり』


「〝愛の歌(ラブソング)〟それが、魅惑の歌の正体です。皆さんの知る魅惑の歌は、それを誰でも歌えるようにしただけのものです」



 ―かつて、報われぬ恋をした一人の少年がいた。

 彼の想い人は高嶺の花。どれだけ必死になろうとも、その恋が成就することは無いと、誰もが気づいていた。

 だが、それでも諦めきれなかった少年は、少女の前で一つ歌を歌った。


 それは、少年が少女へ向けた、愛の告白。

 自らの想いを全て乗せた、渾身の愛の歌(ラブソング)

 それこそが、魅惑の歌なのだ。



『私は 醜い篭の鳥』


「なら、どうしてこれまでウィルは歌えなかったのかしら?」

「……単純な話です。ウィルには、誰かを想う心がありませんでした」


『ただ一人の 恋する少女』


「魅惑の歌は、誰かを想う心があって、初めて歌となります。あの頃のウィルは、ただ努力を認めてもらう……その為だけに歌っていました」



 誰かに認めてもらうための歌。そこには、誰かを想う心などない。

 そして、それをウィルは知るよしもない。


 周りが歌える歌をどれだけ歌おうとも、自分は周りと同じようにできない絶望。

 周囲から蔑まれ、親からも他人を見るような目で見られていた苦痛。

 周りだけが前へと進む中、ただ一人残される孤独感。


 それら全てが、ウィルを遠ざけてしまっていた。

 本来の魅惑の歌からも、偽りの魅惑の歌からも。



『「いつか、想いを」なんて誓っても』


「……ですが、彼に出会った。ウィルにとって、ようやく心を、全てを捧げられる人が見つかった」



 ビシャヌがあの日聞いた歌。

 それは、ウィルがいつか出会うかもしれない、運命の人へ送る歌。

 その歌を、今こうして歌っていられるのは、紛れもなく、ケインという存在に出会えた奇跡があったからである。



『それは きっと 言葉にできない』


「……ウィルはもう、落ちこぼれでも半端者でもありません。唯一無二の、彼だけの歌姫です」


 *


『嗚呼 「大好き」なんて 言えなくて』


「くそっ……!兵達よ!再び水槽だ!」

「はっ!「「Aaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」」」



 ケインの動きに付いていけず、再び水槽で動きを鈍らせようとする。

 が、ケインは止まること無く、変わらぬ動きで兵士達を次々と無力化していく。



『もどかしい 想いばかり したけれど』


「なぜだ……なぜだなぜだなぜだ!どうして止まらぬ!なぜ動ける!」


『ちゃんと 貴方に 伝えるから』


「水膜や水槽……これまで、私たちが使ってきた魅惑の歌は、言わば大勢に届けるための歌。ですが、今ウィルが歌っている魅惑の歌は、たった一人のための歌……形だけの歌で、一人だけを想う歌に勝つことなどありません」



 ウィルは歌う。ケインを想って。

 才能、努力、慈愛。全てに嫌われ、認められることのなかった欠落の歌姫は、ようやくその答えを見つけた。



『私は 美しき篭の鳥』


「はぁっ!」

「ぐっ……!なぜ……なぜこんなことに……!」



 ケインが、指揮を取っていたエンダールに二刀を振り下ろす。エンダールも負けじと、手にした槍で迎え撃った。



『愛する 貴方の側で歌う』


「なぜ、出来損ないの人魚の歌に、我らの歌が負ける……!」

「さぁ……?俺もよく分かっちゃいない。……けどな、これだけは分かる」


『辛い時は 必ず支えるから』


「あいつは、俺の大切な仲間だ。共に歩み、共に生き、そして―――」

「……っ!」


『これからも ずっと 側にいてね』


「いつまでも共にあり続ける、俺の大切な家族だ!〝双炎斬(クロスファイア)〟!」

「ぬぅっ、ぐっ、ぐぁぁぁっ!?」



 ケインの双炎斬(クロスファイア)が、エンダールの槍を、鎧を焼き切る。

 ウィルの想いに答えるように、強く、美しく、その炎を燃やしながら。



『私は 貴方を 愛しています』

篭の鳥



貴方は どうして私の側にいるの?

私は ただ歌うだけの篭の鳥

ほら 周りには翼を広げた 自由な鳥がいる


それなのに どうして 私だけを見ているの?

どうして 私の側から 離れようとしないの?


嗚呼 「大丈夫」なんて 優しい言葉で

嗚呼 「側にいる」なんて 甘い声で

私を 揺さぶらないで


私は 穢れた篭の鳥

なのに 貴方が好きでたまらない

ずっと 側にいてと願うけど

それは きっと 叶わぬ願い



貴方は きっと 優しいから

私以外にも 優しいのでしょう

ほら 側にはたくさんの 愛が溢れてる


それなのに 私は 自分だけを見てと

叶わない 許されない 想い抱く


嗚呼 「こっち見て」なんて 言えなくて

それでも 変わらず 優しい貴方への

想いは 強くなるばかり


私は 醜い篭の鳥

ただ一人の 恋する少女

「いつか、想いを」なんて誓っても

それは きっと 言葉にできない



嗚呼 「大好き」なんて 言えなくて

もどかしい 想いばかり したけれど

ちゃんと 貴方に 伝えるから


私は 美しき篭の鳥

愛する 貴方の側で歌う

辛い時は 必ず支えるから

これからも ずっと 側にいてね


私は 貴方を 愛しています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ