228 深夜を駆け抜けろ
「父さん、調子はどう?」
「あぁ大丈夫だ。こちらこそ、作物区域の件を任せてしまって申し訳ないな」
「いいよ、これくらい。姉さんと比べたら、僕なんてまだまだ未熟さ」
「そうだな……だが、お前はお前らしくあればいい。ビシャヌと比べられるのは仕方ないかもしれないが、お前の頑張りを理解している民はたくさんいる。その事を忘れるな」
「わかってます」
ケイン達がマリンズピアに来たその日の夜、カンザとフルブークは城の廊下を二人きりで歩いていた。
今日の仕事を終え、お互いに報告し合っているところだった。
「……ところで、例の皆さんについて、父さんはどうおもいました?」
「ふむ……吸血鬼に魔族、エルフ、サキュバス、竜人族……あらゆる種族の者たちが、一点に集まる事などそうそうない。しかも、それをたった一人の人族が纏め上げている……はっきり言えば、そんな状況をワタシは見たことがない」
「そうですよね……僕も皆さんに会いましたけど、姉さんから聞いていたよりも大御所でビックリしましたよ」
他愛ない雑談をしながら、二人は静かな廊下を歩き続け、やがて一つの部屋の前に来た。
普段はプライベートの事も考えあまり近づくことは無いのだが、今日ばかりは来ることにしていた。
「姉さん、ちょっといいかな?」
「……」
「姉さん?……寝てるのかな?」
「……」
「返事がないや……父さん、どうする?」
「……カンザ、そこをどいてくれ」
「え?ど、どうしたんですか?」
「ビシャヌには、夜遅くに訪ねると言ってある。だから、返事が無いのはおかしいのだ」
「えっと……寝ているだけなのでは?」
「ビシャヌ、すまんが入らせてもらうぞ!」
フルブークは部屋の扉を開け、中へと入る。
そして、二人が目にしたのは……誰一人として居ない、静かな部屋だった。
「……っ!?どういう、ことだ!?」
「姉さんが、居ない……!?」
二人は困惑した。
なにせ、二人がここに来たのは深夜近く。ビシャヌ達が食事も風呂も済ませていることは、城で働く者達から聞いていた。
そして、夜遅くに話をしたいということも、ケイン達が来る前に伝えてあった。
だと言うのに、部屋には誰一人として居らず、もぬけの殻状態だったのだ。
「と、父さん!あれ!」
「窓……?ま、まさか!?」
カンザが、開きっぱなしの窓を見つけた。
フルブークが小走りでその窓に近寄ると、そこには、粘着性のある糸のようなものが僅かに残っていた。
「父さん、なにがどうなって……!?」
「わ、ワタシにもわからん!とりあえず、兵士たちに連絡せよ!ビシャヌの行方を探すのだ!」
「わ、わかった!」
カンザは慌てて部屋を飛び出す。フルブークも、その後を追うようにして部屋を出た。
その時、二人が気づくことは無かった。机の上にある、ビシャヌからの手紙に。
『お父様、お母様、そしてカンザへ。
身勝手なことをしてごめんなさい。私は、ケインさんたちと共に生きたいと思います。
私は、自由に生きたい。この国に縛られることなく、私の思うように生きたい。
だから、なにも言わずに去ることを許してください。
ビシャヌより』
*
「……よし、大丈夫だ。突っ切るぞ」
夜、灯りの無い暗い街を、俺達は走っている。
一応、全員の気配を遮断しているが、念には念を入れて、なるべく誰の視界にも入らないように動いている。
ビシャヌからこの国と、ここで働く人々の動きについてある程度聞いた俺達は、深夜になる前に城を抜け出す計画を立てた。
とはいえ、極力目立つようなことは避けねばならない。
一番手っ取り早いのは、イルミスに乗って脱出することだが、それはあまりにも目立ちすぎる。
その為、隠密に徹することにした。
まず、あえて普段より早く眠りにつき、城も街も一番静かになるタイミングでレイラに起こしてもらう。
そして目覚めたら、ビシャヌの部屋へと直行。ナヴィ、レイラ、リザイア、イルミス、ベイシア、ソルシネアの六人にそれぞれ身を任せ、城を抜け出した。
予め聞いていた情報では、兵士達は主に城の内部を徘徊しており、外の見張りは少ないとのこと。
その為、壁伝いに抜け出すことは容易だった。
「……ふぅ、大分近づいて来たわね」
「でも、油断してはいけません。そろそろバレてもおかしくはな――」
ビシャヌが注意を促そうとした瞬間、僅かにそれは聞こえてきた。
「……うた?」
「……っ!ケインさん、例の歌です!」
「分かった。お前ら、走るぞ!」
ビシャヌの言葉を受け、俺達はそれまでの隠密を止め、一気に駆け抜ける。
ビシャヌから聞いた情報は、人の流れだけではない。それが、兵士達が緊急時に使う歌のことである。
魅惑の歌〝音響〟。その名の通り、音を反響させる歌である。この歌を歌うことで、建物や物陰に潜む犯人を探し出すことができるのだ。
つまり、歌われたが最後、先ほどまでのような隠密行動は不可能ということになる。
歌は、城の方角から徐々に強く聞こえるようになってくる。歌に気づいた兵士が、そこからさらに歌い始めたからだ。
こうなってしまっては、見つかるのは時間の問題……などと思っていたら、目の前に二人組の兵士が現れた。
「むっ、居たぞ!」
「よし、全員に知ら――」
「やらせるかよっ!」
「「がはっ!?」」
一瞬のうちに飛び出したガラルが、二人の兵士を地面に叩きつける。勿論殺してはいないが、すぐには声を出せないだろう。
兵士達を横目に、さらに駆ける。
そして、門を目前に捕らえた。
「むっ、ここに来たか!」
「貴様ら、ここは一歩も通さ――」
「イブ!」
「うん!炎、闇……〝煉獄〟!」
「「なっ――」」
全てを焼き尽くすような業火が、門番達を襲う。
だが、目的は門番ではなく、門の方だ。俺達は止まることなく門の方へと突っ込んでいく。
煉獄によって、門は跡形もなく消し炭にされているからだ。
「よし、あとは……」
「水の中ね」
街の外に出た俺達だが、油断はしない。なにせ、ここからが本番なのだから。
……だが、水に入るよりも早く、予定外は起きた。
『『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!』』
「「っ!?」」
突如として響いてきた歌。
その歌を聞いた瞬間、体が急激に動かなくなった。
「み、皆さん!?」
「なっ、なんだこりゃ……!?」
「お、思ったように、動けな……!」
「っ、懸念していました……まだ、この歌がありましたか……!」
ビシャヌが今ごろになって思い出したことに、顔を歪ませる。
そうこうしているうちに、街の方から兵士達が出始めて来た。
「ぐぅっ……これは、水、か……!?」
「……はい。魅惑の歌〝水槽〟。対象をまるで水の中にいるような感覚にしてしまう歌です。人魚族には効きませんが、他の種族だと……」
「効くってことか……!」
最後の最後まで、油断するつもりはなかった。
だが、たった一手で戦況は覆された。
もはや、囲まれるのは時間の問題だった。




