227 罪背負う覚悟
ビシャヌの強い視線が、俺に向けられる。自由を望む意思が、俺に突き刺さる。
ビシャヌの願いは、俺も叶えたいと思ってしまうほどに強い。
だが、だからこそ、彼女は知らねばならない。聞かねばならない。
俺達に付いてくるという意味を。
「……ビシャヌ、デュートライゼルのことはどこまで知っている?」
「……え?は、はい。一応、マリンズピアも国家ですし、メドゥーサによって滅んだということは届いていますが……どうしてそれを?」
「っ……そこまで分かっているのか……」
「っあ……」
これまで情報を得る術が無かったため、どこまで調べがついているのか分かっていなかった。
だが、お陰で腑に落ちたこともある。
エクシティで出会った勇者を名乗ったあの男。あれは恐らく、メドゥーサが原因だと知ったどこかの国が呼び寄せたのだろう。
確信は無いが、かつての勇者も異界から呼び寄せられた者である可能性があることから、十分に考えられる。
そして、確実に自分へと近づいていることを悟ったのか、メリアの顔色が一瞬で青ざめる。
ちょうど俺の側に座っていたこともあり、ビシャヌはその様子を見てしまった。
「メリアさん!?お顔が真っ青ですよ!?」
「心、配……いら、ない……ケイン、続け、て」
「……あぁ。知っての通り、デュートライゼルは滅びた。たった一人の愚かな男が、彼女の正体も知らぬまま、彼女にとって大切なものを目の前で傷つけた」
「ケインさん?な、なにを……」
「彼女は絶望した。意識を手放し、ただ目の前の男を無惨に殺した。そして、そのまま国の全てを壊した。人も、建物も、そこにある全てを。……全てが終わった時、生き残っていたのは彼女を含め、たったの三人」
「三、人……」
「三人は逃げ出した。彼女を守るために。そして同時に誓った。必ず彼女を助けると。世界を滅ぼす呪いを打ち払い、自分達の生活を手にすると」
「ケインさん、まさか……!?」
「……あぁ、そうだ。デュートライゼルが滅んた時、生き残った三人。それが俺とナヴィ、そして元凶のメリア。ここに居る全員は、その事実を知っている。知ったうえで、俺に付いてきてくれている」
俺はゆっくりと立ち上がる。
ビシャヌも、メリア達も、俺を見つめていた。
「ビシャヌ。俺達は、お前が思っているような正義の志で生きているわけじゃない。仲間を守るためなら、世界中を相手にする覚悟で今を生きている」
俺は右手を差し出す。
自由と引き換えに、人生の全てを終わらせかねない悪魔の手を。
「ビシャヌ、俺達と共に生きるなら、その覚悟を持たなきゃいけない。お前にその覚悟はあるか?」
ビシャヌはじっと俺を見つめる。
そりゃそうだ。いきなりこんなことを言われても、困惑するだけ。それどころか、罪人となることが確定する。
俺としても、ビシャヌにこの話をするのは賭けであった。なにせ、ビシャヌは王族。下手をすれば、この場で全てが終わる。
暫くの沈黙の後、ビシャヌがゆっくりと口を開いた。
「……ウィル。ケインさんをこれまで見てきて、貴方はどう思っていますか?」
「……仲間のためなら、例え誰であろうと容赦はしない。権力者でも、王族でも、勇者でも……ケインは、そういう人ですわ」
「そうですか……」
ウィルの言葉を聞いたビシャヌが立ち上がる。
その瞳が、俺だけを捕らえている。
「ケインさん、私が自由を望むようになったのはウィルのお陰です。けれど、それと同じくらい、ケインさんの在り方に共感していました。……勿論、今の話を聞いて、心苦しくなったのは確かです……でも」
ビシャヌの両手が、そっと俺の右手を包み込む。
優しく、そして強く。
「それでも私は、貴方たちと共に居たい。自由の対価が罪であっても構いません。だからお願いします。私を、外の世界へと連れていってください!」
「ビシャヌ……」
決して、迷っていないわけじゃない。
けれど、その言葉と瞳には、確かな覚悟が見られた。
……俺達もビシャヌも、もう後戻りは出来ない。
「……分かった。ビシャヌ、お前がそれを望むなら」
「では……!」
「連れていってやる。この国から。お前らもいいよな?」
「……ん、大丈夫」
「しょうがないですわね……」
「ふーん……ねぇユア君。ケイン君って、もしかしなくても女たらし?」
「否定はしません」
「おい……」
いや、本当に否定できないのが悲しい所。
だが、ここからが本番である。
抜け駆けと言っているが、実際は誘拐に近い。
さらに、ここは海底。海上に上がるまでにも時間がかかるうえに、海中は人魚族のテリトリー。下手をすれば、そこで捕まる可能性もある。
さて、俺達はどうすればいい?




