226 国という名の檻
「ケインさん。私と駆け落ちしてください」
「「っ!?」」
突然の発言に思わず変な声をあげてしまう。
いや仕方ないだろ!?いきなり駆け落ちとか言われたんだぞ!?メリアやウィルなんか、驚きのあまり硬直してるし!
「へぇぇ……いい度胸ね……死――」
「待て待て待て待て!?」
「離しなさいリザイア!そいつ殺せな――」
「相手は一国の姫君!ここで殺ったとなれば罪人となるぞ!?」
「ぐっ……!?」
おもむろに槍を構え、貫こうとしたアリスを、リザイアが羽交い締めで押さえ込む。
まぁ、アリスの気持ちは分からんでもないが、早まらないで欲しい。
「……いえ、そう思われる気持ちは分かります。私が今口にしたのは、そう思われるようなことですから」
「……なら、どうしてこんなことを言ったのかしら?理由があるんでしょう?」
「はい。その為には、まず私を知ってもらう必要があります」
「……アリス」
「……わかったわよ」
なんとかアリスを落ち着かせ、床に座らせる。全員が床に座り、最後にビシャヌもぺたんと座り込んだ。
「ではまず、この国についてお話します。このマリンズピアは、皆さんの知っての通り、海底に存在する結界の中に存在する海中国家です。国土としては、地上の王国と大差ないほどと言われています」
「それは見てきたからなんとなく分かるが……」
「そんなマリンズピアの中で、最も古い建築物、それがこの城、ウィオラード城です。この城を中心として、マリンズピアは発展していきました。そして、国のシンボルであるウィオラード城の管理は、国の代表が任されることになりました」
「それが、ビシャヌの一族ってことか……」
「そうですね。そうなります」
マリンズピアに、どれほどの歴史があるのかはわからない。しかし、この城がどれほど大切にされてきたかは、ここに来るまでに見てきた。
そして、ビシャヌは続ける。
「私のご先祖様はこの城に住まい、国として纏め上げ、子を成し、受け継ぎ、今日まで発展させて来ました。そして、この国の未来を担う次なる者……つまり、王位継承権があるのは二人。先程皆さんが出会ったカンザ、そして私です」
「……王族のことはよく分からないが、それだとビシャヌが次の女王になるんじゃないのか?」
「なんで?」
「継承権っていうのは、産まれが早いほど優位になるの。さっき、カンザって人がビシャヌのことを「姉さん」って呼んでたでしょ?つまり、ビシャヌの方が先に産まれている、王位継承権が先にある、ってことなのよ」
「へぇ……」
「ナヴィさんの仰るとおり、私の継承権は一位、それに対してカンザは二位。このまま行けば、私が次の女王としてこの国を納めることになります」
「……だが、ビシャヌはそれを望んでいない」
「はい」
ビシャヌが強く言葉を返す。
それだけで、その言葉が本気かどうかはすぐにわかった。
「初めは、それでもいいと思っていました。これが私の人生なのだと……でも、ウィルと出会って、その考えは消え去りました。魅惑の歌が歌えない人魚族……周りからどう思われていても、なんと言われようとも、自分の好きなことを貫く姿に、私は強く惹かれていました」
「ビシャヌ……」
「ウィルについて行ったのは、もちろんウィルの為であることも確かです。けれど、私の本当の気持ちを知るためでもありました。そして理解しました。私が望んでいる生き方を。何者にも縛られず、自分の意思を以て、自由に生きる。それが、私の本心です」
何者にも縛られることなく、己の意思で自由に生きる。それは、俺達の在り方と良く似ている。
王族という地位にあるビシャヌにとって、それは眩しく見えたのだろう。そして、それを強く望んでいる。
だからこそ、別れ際にあの約束を持ち掛けてきたのだ。
「……ですが、問題がありました。私は、自由に生きたい。けれど、私には王位継承権が残されていました。この権利がある限り、私に自由はありません」
「なら、それを破棄すればいいんじゃないのかしら?」
「確かに、それも出来ます。私が破棄をすれば、次期国王としてカンザが立ちます。私も、そうするつもりでした」
「……出来ない理由が?」
「……自分で言うのも恥ずかしいのですが、私は優秀すぎたんです。政治、経済、人事……それらを私は、一人でもできてしまうんです」
「成程、つまり貴様が優秀すぎたが故に、国として手放したくない。次期女王として国を任せたい。その思惑から、未だ破棄出来ずにいるということか」
「……はい」
……確かに、優秀な子を持てば、その子を次の国の代表としたい気持ちは分かる。
しかし、それを子が望むかどうかは別だ。
ビシャヌの場合、最初は思惑通りになっていただろう。しかし、ビシャヌはウィルと出会ってしまった。心の奥底にある本当の願いを、ビシャヌは見つけてしまったのだ。
しかし、国は次の統治者は、ビシャヌが相応しいとしてしまっていた。ビシャヌがこの国を去ることなど、認める訳がない。
故に、今もこうしてこの国に囚われているのだ。
「このままこの国にいれば、いずれはこの国の代表として立たなければいけなくなる。そうなってしまえば、私は私らしく生きることを放棄しなければいけません。それが、私は嫌なのです」
「……だから、この国を出ると?」
「はい。幸いにも、ウィルとの旅の終わりに、私は良い人と巡り会えました。努力を認め、仲間を思いやり、そして誰よりも優しい貴方と。私は、貴方のような生き方をしたい」
ビシャヌの瞳から、強い意思を感じる。
自由を望む、強い意思を。
「改めてお聞きします。ケインさん。私と駆け落ちしてください。……私を、国という名の檻から外に連れ出してください」




