218 港町ストレア
二十五章開幕です。
『海だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
「お前ら元気だな……」
俺達がたどり着いたのは、ストレアという港町。テドラとはほぼ真反対に位置する港町で、こちらも貿易が盛んに行われている。
ちなみに、こちらにも闘技場がある。俺が知らないだけで、港町には闘技場を作らなければいけないというルールでもあるのだろうか?
まぁ、そんなことはどうでもいい。問題は……
「……で、ウィルはなんでいきなりフードコートなんて被りだしたんだ?」
「……ストレアは、マリンズピアが最も交流している町ですの」
「あぁ……故郷のことか」
「はい……」
ウィルは、人魚なら誰でも歌える「魅惑の歌」を歌えないということで虐げられ、実質的に居場所を失っている過去がある。
さらに、俺達と出会うまでも、各地を回って歌を歌っても誰にも認められず、精神的に参っていた節があった。
そういった意味で言えば、このストレアという港町はウィルにとって、一種のトラウマのようなものなのだろう。
「……まぁ、そういうことなら仕方ないか……だけど、忘れるなよ?お前には、俺達がついている」
「あ、ありが……んんっ、わ、わかっていますわ!」
「……なんか、その反応久々に見た気がするぞ」
照れ隠しなのだろうか、久しぶりに見たそれは、ウィルと初めて出会った時のことを思い出させる。
最初の出会いは、交差路で衝突したことだった。
ウィルはコンサートに遅れるということで急いでおり、偶然にも俺と衝突してしまった。その後のコンサートでウィルの歌を聞き、俺はウィルの歌に心を掴まれた。
……しかし、観客達は違った。ウィルに辛辣な言葉を告げた。「君の歌には魅力がない」と。
もし、俺達が船を降りていなければ。
もし、あの時ぶつかっていなかったら。
もし、あの時俺が声をかけにいかなければ。
ウィルは今も、自信も何もかもを失ったままだったのかもしれない。
「……さて、湿っぽいのはやめだやめ。お前ら、行くぞー」
『おー!』
「やっぱり、お前らテンションおかしいぞ……?」
メリア達のテンションに若干気圧されながら、俺達はストレアへと入っていく。
やはり港町だけあってか、魚介類を取り扱う店が多い印象だ。
「ふぁ、こへ、おいひぃ」
「……口に含んだまま喋るな」
「でも、これ本当に美味しいわよ?」
「……お前は買いすぎだ」
「ね、ねぇ……これ大丈夫なの?結構な金額になるんじゃ……」
「あぁ、ナーゼは知らないか……こいつら、放っておくとすぐにこうなるんだよ……一応、自分達で稼いだ分で賄ってるようだけどな」
本当、どうして俺の仲間達は、出店に対してこうも食い意地が強いのだろうか。いやまぁ、その道で生きている人々からすれば、いいお客さんなのだろうが。
と、少し諦めたような顔をしていた時、ふと周りからの視線を感じた。
「……メリア」
「んっ……ふぅ、感、じてる」
「どんな感じのものだ?」
「いつもの、も、ある、けど……殆ど、が、めず、らしい、もの、を、見てる、視線、かな?」
「珍しい?」
「……あと、一番、見ら、れてる、の、ソル、シネア」
「ぴゅイ?」
一瞬「どうしてソルシネアが?」とも思ったが、ソルシネアを見て納得した。
見慣れていて忘れていたが、ソルシネアは人化をしていない。つまり、この視線の大半は、モンスターであるハーピーに向けられているものだということだ。
……そりゃあ、町中にモンスターが現れたら、それも冒険者が引き連れていたらそうなるよな。
「ソルシネア、一応聞くが人化する気は……」
「ないヨ?」
「だよな。知ってた」
よく分からないが、ソルシネアは人化をする気がないらしい。
まぁ、いきなりこれまでとは違った体幹で過ごさなければならないと考えれば、ソルシネアが人化しないわけも理解できる。
まぁ、俺達としても町や国に入る時に、少し警戒されたり制止させられるくらいで、別に対した問題ではないのだが。
などと思いながらその場を後にしようとしたところ、突如港の方から地響きにもにた足音が響いてきた。
それまでもの珍しそうにしていた人達も、慌てて道を開けるように端の方へと移動した。
現れたのは、二足歩行の蜥蜴らしき巨大生物―ではなく、モンスター。リザードマンの進化形態であるBランクモンスター、キングリザードだ。
そんなキングリザードを、引き連れるようにして歩いているのは、少し顔の整った男。見たところ、俺より少し年上くらいだろうか。
……っていうか、あいつこっちに歩いてきてね?
「ふぅーん、君たちが……」
「……なにか用か?」
「おっと失礼、俺の名はリンキス。調教師として冒険者活動をしている者だ」
「テイマー……それは、お前がテイムしたモンスターってことか」
「そうさ!俺にかかればこの程度のモンスターをテイムするくらい、造作もないことさ!」
リンキスと名乗った男は自慢げに語る。
実際、Bランクのモンスターをテイムするには、相当な実力が必要となる。
つまり、このリンキスという男は、キングリザードを軽々とテイムできるだけの実力を持っているということにもなる。
「実は先ほど、町中にハーピーが現れたと聞いて来たんだが……どうやら、君がテイムしているモンスターのようだね」
「……テイムじゃなイ」
「っ!?今、喋っ……!?」
あ、嫌な予感がする。
「ふ、ふふふっ……そうか、君がテイムしているモンスターだから、手を出す気は無かったけれど……喋るハーピーとは珍しい!どうだい?そのハーピーを俺に譲ってくれないかい?勿論、相応の金額は出そうじゃないか!」
あーあ、まーた面倒ごとになったよ。
確かに、モンスターが人の言葉を話すのは珍しい。が、珍しいだけで居ないことはない。イルミスや鬼人、アラクネがその例だ。
しかし、そのどれもが高ランクモンスターであり、ハーピーがCランクという点で見れば、ものすごく珍しい存在であることは容易に理解できる。
だからこそ、テイマーである男がここまで興奮するのは納得がいく。
だが、それとこれとは話が別だ。
「断る。こいつは俺の大切な仲間だ。仲間を他人に売る真似をする冒険者はいない」
「ご主人さマ……!」
ソルシネアが頬を少し赤らめる。が、俺は見ないふりをした。だってあれ、嬉しいとかの表情じゃないもん。絶対に興奮した表情だもん。
とにかく、俺の気持ちは伝えた。これで諦めてくれればいいんだが……
「仲間?モンスターが?くっ、くくくっ……」
「……何がおかしい?」
「いや、モンスターを仲間だなんて言うなんて、君は相当な変人だなぁ、って思っただけさ。モンスターなんて、ただの道具だろう?」
「……ア?いまなんつったテメェ?」
男の言葉をうけ、ガラルが鬼のような形相になる。ベイシアも僅かながら眉間に皺を寄せている。ソルシネアは……うん。気にしないでおこう。
「だってそうだろ?冒険者にとって、モンスターは生活する上で倒すべき存在。そのモンスターを使役する俺たちにとって、モンスターは剣や盾と同じ道具でしかない。そうだろ?」
男の言い分は間違っていない。
テイマーにとっての武器は、使役しているモンスター。だからこそ、あくまでもモンスターは依頼をこなす上での道具、という思想になるのだろう。
……だからといって、相手にそれが理解されるかどうかは、また別の話だが。
「ふざっけんな!モンスターだって生きている!テメェらの道具なんかじゃねぇ!」
「どうして君が怒るんだい?君だって俺と同じ人間じゃないか」
「んだとテメェ……!」
「ガラル!落ち着け!」
「これが落ち着いていられるか!」
「お前の気持ちは分かる!だが、ここで争う方がもっと面倒なことになるぞ!」
「……チッ」
俺はガラルを宥めようとするも、流石は鬼人。力を押さえてあるとは言え、俺よりも遥かに力があり、簡単には押さえ込められない。
言葉でなんとか理解はさせたものの、ガラルの怒りは収まっていないようだ。ベイシアも同じようなものらしい。
流石のソルシネアも、他人に道具呼ばわりされたのは気にくわなかったらしく、それまでの謎高揚から一転、少し不機嫌になっていた。
「ふっ、ならばどうだろう?そこのハーピーを賭けて俺と決闘するというのは?」
「……はぁ?」
「君たちが勝てば俺はハーピーのことを綺麗さっぱり諦めよう。ただし、俺が勝ったらそのハーピーは渡してもらう」
「……あのなぁ、そんな条件乗るわけな」
「いいぜ、やってやらぁ!」
「おい!?」
「ふふっ、決まりだな!しかし、今日は残念ながら闘技場には先約がいる……勝負は明日といこうじゃないか!」
「はっ、無様に泣く準備でもしておくんだな!」
「そんな準備、する必要もないね」
バチバチの火花を飛ばすガラルとリンキス。……どうしよう。完全に俺達、蚊帳の外なんだが……
……やめろリザイア。俺の肩に手を置くな。首を振るな!




