210 現代の勇者、いつかの英雄
間に合った……
「っあ……はぁっ……はぁっ……!」
心臓が張り裂けそうなほど、息苦しい。
体中が悲鳴を上げ、立っているのすらやっとな状態だった。
そんな中、俺は少し頭を上げる。その目に、壁際で横たわる男の姿が映った。
……なんとか、勝てたみたいだ。
「ケイン!」
「ぉぐっ!?」
感傷に浸る暇もなく、メリアが飛び出し抱きついてくる。体が限界だったこと、気力もほぼなかったこともあり、俺はメリアを受け止められずにそのまま地面に叩きつけられた。
「あっ!ケ、ケイン、ごめん……!」
「げはっ……い、いや、大丈夫……じゃないか……」
「いま治すね〝回復〟」
メリアの回復が、俺の体を包み込む。限界まで疲弊しきった体が、少しずつ調子を取り戻していく。
そんなメリアの回復を見て、男と一緒にいた少女が目を見開いた。
「なっ、なんで……それ、本当に回復なんですか!?」
「そう、だけ、ど……」
「そん、な……」
少女がありえないものを見たような顔色になる。恐らく、彼女も回復が使えるのだろう。
だが、自分よりも上手く使えているメリアに、恐れに似た感情を覚えたのかもしれない。
そもそも、メリアと彼女自身を比べること自体、あまり意味はないのだが。
などと思っていると、視界の隅の方で、無理矢理に体を起こそうとしている人影が見えた。
少女もそれを察知したのか、俺達の元を離れ男の元へと向かい、回復で治し始めようとした。
しかし、男は少女の元を離れ、俺達の方へと足を引きずりながら歩いてくる。その目には、怒りのような感情が映し出されていた。
「あり、えない……あってはならない……!俺は勇者で、主人公だぞ……?なのに、負けるなんて、ありえるわけがない!」
「……そうやってお前は、その場にしがみつき続けるのか?」
「……なんだと?」
男の足が止まる。
俺はメリアの回復を受けたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「ケイン、まだ、傷が……」
「大丈夫だ。……お前は、自分の思い通りにならないもの全てを否定している。そうやってその場で足踏みをして、前にいる奴らを蹴落として、後ろにいる奴らを踏みつけて、自分を一番にしようとしている。……だが、その先はなにがある?」
「先、だと?」
「そうだ。その場にしがみついたその先に、未来はあるのか?……いや、無いだろうな。前に進めなくなった奴らは、次第に後退していく。そうなれば、その人生は終わる」
「……なに言ってんだお前?」
「分からなくて結構。俺が言いたいのはただ一つ。お前が停滞を望む限り、お前は前に進めない、それだけだ。……行くぞ」
「う、うん……」
「なっ、ど、どこに行く!?」
「……さっきの試合は俺の勝ちだ。もう戦う意味もない」
「ふざけるなっ!俺が負けるハズがな――ぐっ!?」
男が痛みを思い出したかのようにうずくまる。
少女はすぐさま男の近くへ走り寄ると、再び回復で癒し始めた。
……もう、追ってはこなさそうだな。
「……じゃあな」
「まっ、まちやが……うっ!」
「ゆ、勇者さま。大人しくしていてください!」
「クソッ……クソッ……!」
怨みの籠った目を向けてくる男を尻目に、俺はメリアに肩を借りながらその場を後にする。
俺達の戦いを見ていた冒険者達は、無言のまま通り道を作ってくれた。
ナヴィ達とも合流し、ギルドの中へと入っていく。その時、ふとエクスに声をかけられた。
「……ごめんね。こんなことに巻き込んじゃって」
「……いや、別にいい」
「そっか……こっちのことは僕に任せて」
「……わかった」
「確か、ガーナ王国に行くんだったよね。君たちの旅が、良いものであることを願っているよ」
「あぁ……それじゃあ」
「うん、いってらっしゃい」
エクスの優しそうな顔に見送られ、俺達はギルドから出る。そして、メリアに続けて回復をかけてもらいながら、エクシティを後にした。
「ケイン、無理してないかしら?」
「……あぁ、無理はしていない。ただ、暫くは戦力外だろうな」
「なら良いけれど……全く、ひやひやしたわ」
町を出るや否や、ナヴィが俺の心配をしてくる。他の仲間達にも、かなり心配をかけてしまったようだ。
「……心配かけて、すまなかった」
「なにを言っていますの?私たちは、いつでもケインを信じていますわ」
「うん。だから、そんなかおしないで?」
「オレは燃えたぜ?ご主人サマの戦いっぷりによ」
仲間達から、嬉しい言葉をかけられる。
俺にとって、最も信じられるのは仲間達だけ。その仲間達から信頼されているというのは、嬉しいものがある。
「……にしても、あれが勇者か。恐ろしいもんじゃのぅ……」
「えぇ。急速に成長するとなれば、また戦う時には手がつけられなくなっている可能性もあるわ」
戦って分かったが、あの男の力はまだまだ上昇する。勇者というのは、それだけ強大な存在になりうるのだ。
そして、俺達が生きていく上で、今後勇者とぶつかるのは、ほぼ確実になってしまっている。
そうなった時、俺達が勝てる保証はない。今回ですら、ほぼギリギリの勝利だったのだから。
「だが、最後のあれは痺れたぞ!」
「あぁ、あれか……」
「紅に染まる二振りの刃!交差する焔!爆発する魔力!名付けるならば〝双炎斬〟!」
「双炎斬か……悪くないな」
「だろう!?」
あの時、ほぼ無意識に生み出した技。あれがなければ、俺は負けていただろう。
双炎斬。それが、あのスキルの名前。そう決めた瞬間、俺の中にスキルとして深く刻まれた。
俺達が平穏を手にするまでの道のりは、まだまだ続く。
次に向かう場所、ガーナ王国でなにがあるのか。それを知らぬまま、俺達は進んでいく。
*
「クソッ……あの野郎……!」
「ゆ、勇者さま、落ち着いて……」
「落ち着けだと!?勇者である俺が!?」
「ひぅっ!?」
これまで見たことのないキレように、ムーが一瞬たじろぐ。だが、すぐさま持ち直すと、先程手に入れた情報を伝えた。
「さ、さっきの冒険者ですが、名前が分かりました。ケイン・アズワードという名前だそうです」
「ケイン・アズワード……それが、あいつの名……」
「はい」
「そうか……覚えた。覚えたぞケイン・アズワード!次に会った時は、必ずお前を……!」
健也は誓う。世界を救った暁には、必ずケインを葬ると。自分をこけにしたケインを、惨めに殺してやると。
それが狂人の発想だと、気がつかぬまま……
*
ケイン達が広間を後にする時、メリアはちらっとイブの方を向いた。
イブの腕の中には、預けておいたコダマの姿が。
だがその視線は、後方にいる勇者に向けられていた。
先程も、コダマは勇者に対して驚いたような表情をしていた。だが、それがどういう理由で向けられた感情なのか、メリアは分からない。
分かるのは、コダマは困惑している、ということだけだった……
これにて二十三章「愚者と勇者、英雄と災厄」編完結です。
今度こそ、今年ラストの更新。皆様、体調に気をつけてお過ごしください。
それでは来年、二十四章でお会いしましょう。
良いお年を!




