208 曰くモブvs主人公 その3
メリークリスマス
初めて彼を見た時、わたしは彼に恋をしました。
勇者としてこの世界に呼ばれ、凶悪なモンスターと戦う。そんな残酷な運命を突きつけられたというのに、彼は全く臆することなく父上の懇願を承諾してくれました。
さらに、最初は初心者のような拙い剣捌きだったはずなのに、いつの間にか騎士団では誰も相手にならないほど強くなっていって……
それがますます、わたしを彼の虜にしていきました。
父上から、彼の従者にならないか、という話が来た時、わたしはとても喜びました。それが危険な旅になるとしても、彼の側にいられることに変わりはないのだから。
その日の内に、父上は彼と話をした。そして、彼はわたしを従者にしてくれました。
それが、どれだけ嬉しかったことか。
旅立つ日になっても、その興奮は収まらない。
隣に、わたしが恋した彼がいる。それだけで、ずっと胸が高鳴って、顔が真っ赤になる。
初めての夜営は、お互いに苦戦していたけれど、二日目からは彼が率先して準備してくれた。
わたしも、夜営準備をしてくれる彼の為に料理を作りました。お城の中じゃないから、あまり豪華でたくさんの料理は作れなかったけれど、彼は文句のひとつもなく、むしろ美味しいと言ってくれた。
それだけで、胸がいっぱいになりました。
一週間くらい経って、彼とわたしはエクシティに到着した。お城の中からは見られなかった、町という光景がとても新鮮で、とても興奮しました。
そんな中、ふと目の前に現れたのは、とてつもない美少女達の集団でした。
人族、吸血鬼、エルフ、サキュバス、それに竜人族まで。
まるで、それぞれの種族から美人だけを集めたような集団に、彼もわたしも目を奪われてしまいました。
しかし、いつの間にかその姿は消え、彼女達を見失ってしまいました。
その日の夜、わたしは意を決して彼に告白しました。
帰ってきた返事は……言うまでもありません。その日の内に、わたしは彼に抱かれましたから。
そして、改めて彼が、昼間見た彼女達を仲間にすると宣言したとき、わたしは少しだけ胸が痛みました。けれど、彼の良さをわたし一人で独占することなんてできません。だから、わたしもそれを受け入れました。
……そのかわりと言ってはなんですが、さっきよりも激しく愛してもらいました。
来る翌日、わたし達は冒険者ギルドへと向かいました。彼女達が、冒険者としてこの町にいることが判明したからです。
しかし、冒険者ギルドに入るや否や、問題が起こりました。
ケンヤが近くにいた冒険者に彼女達の話を聞こうとしたのですが、彼らはわたし達に冷たい態度を取ってきたのです。
それに対し、ケンヤは冒険者達を見下すような発言をしてしまいました。
それに怒った冒険者達は、ケンヤに襲い掛かってきました。しかし、ケンヤは冒険者を意図も容易く撃退してしまいました。
冒険者達には悪いとは思いましたが、そんなケンヤがとてもかっこ良く見えました。
そんな時でした。彼女達が現れたのは。
改めて見ると、女のわたしですらクラッと来るような美少女が揃っていました。しかも、昨日まではいなかった少女達――それと、一人の青年までいて。
ケンヤが声を上げ、彼女達に近づいていきます。しかし、側にいた青年が、ケンヤを彼女達に近づけまいと立ち阻みました。
どうやら、彼は彼女達のリーダーのようでした。ですが、ケンヤは彼を無視して彼女達に話しかけます。わたし達と一緒に来ないか、と。
返事は、残念なものでした。
彼女達は、彼に強い信頼を抱いており、逆に他人には一切の信頼を寄せていませんでした。
おまけに、彼女達はケンヤに対して散々なことを言ってきたのです。さすがのわたしも、それには少しばかりイラッと来てしまいました。
さらに、ケンヤが決闘を申し込むも、彼は一切相手にしようとしません。それどころか、正論でケンヤを黙らせに来たのです。
しかし、ケンヤが自分は勇者だ、と叫ぶと、彼らは一斉に足を止めました。
いきなりの発言にわたしは戸惑いましたが、それよりも戸惑ったのは、彼らが余計に辛辣になったことです。
勇者の仲間となり、世界を救えればその名は世界に轟くことになる。それなのに、彼らは自由を望み、さらには、世界なんてどうでもいいと言ってきたのです。
それにケンヤは激しい怒りを覚え、彼に斬りかかりました。しかし、彼は一切微動だにせず、ケンヤの聖剣を受け止めたのです。
それだけではありません。ケンヤの流れるような攻撃を軽々と回避し、その手に持った剣をケンヤの首もとに突き付けたのです。
わたしは、信じられないものを見ました。誰にも止められないケンヤを、ここまで手玉に取る人がいることに。
少しして、このギルドのギルド長がやって来ました。そこで、彼の衝撃的な事実を知ることになります。
彼は、Aランク冒険者だったのです。
新しいAランク冒険者が生まれたことは聞いていましたが、彼のような青年だったとは思ってもいませんでした。
ギルド長とケンヤが話をしますが、話は一向に纏まらず、ついにはケンヤと彼がぶつかることになってしまいました。
完全アウェーの中、始まった戦い。
わたしはそこで、ありえない光景を目にすることになりました。
ケンヤが手にしているのは、わたしの国に保管されている剣の一つ。それも、魔力を流すことで威力を増すという特殊な剣です。ケンヤはそれを聖剣と呼んでいますが。
ですが、彼の持つ剣も、同じように魔力を込めることができるようなのです。それも、ケンヤよりも強く。
それだけではありません。勇者しか持ち得ないハズのスキルである制限解除を、彼が使ってきたのです。
武器でも、スキルでも、ケンヤの上を行く。そんな存在がいることが、わたしにとってありえないことです。
ですが、わたしは微塵も心配していません。
ケンヤは言いました。勇者は、あらゆる逆境を跳ね返し、必ず勝利を収める存在である、と。
ならば、わたしはそれを信じるだけです。
*
「こんっのっ!」
男が聖剣を振り下ろす。それを天華で受け止めると、男は再び苦虫を噛むような表情を見せる。
男にとって、俺は本当に空気の読めない存在らしい。だが俺からすれば、コイツの方が空気の読めない存在である。
冒険者を見下し、本人の意思を無視してメリア達を勧誘、自分が正しいと信じて疑わず、自分にとって都合の悪い存在は認めない。
おまけに、自分が同じ場所にいるだけで、その場の空気が悪くなることに気がつけないから、余計にたちが悪い。
「クソッ!いい加減にしろ!」
「……なんのことだ?」
「いい加減に倒れろっ、て言ってんだよ!」
「……ん?」
再び、聖剣と天華がぶつかり合う。その瞬間、俺は強烈に違和感を覚えた。
剣筋もまだ甘いのに、急に強くなったのだ。
「俺は勇者だ!お前のようなやつに負ける訳がねぇんだよ!」
「っ!?」
それは、ほぼ無意識に取った行動だった。
男が吠え、突撃して来るのを見て、俺は創烈を抜刀し、二振りの刀で聖剣を受け止めた。
だが、天華と創烈をもってしても、その衝撃を殺しきれず、かなりの距離まで飛ばされてしまった。
(くっ……今のは一体……)
「はぁぁっ!」
「くっ!?」
迫り来る男の攻撃を、間一髪回避する。地面にぶつかった聖剣は、その地面を砕き、塊となった土をその場に撒き散らした。
その瞬間、俺は気がついた。
最初にコイツと対峙した時、俺は男の攻撃を回避できていた。
だが、今はどうだ?俺は回避せずにつばぜり合っていたではないか。
それは、俺が回避しなかったのではない。単に俺が回避できなくなっただけ。
……間違いない。コイツは今、急激な速度で成長した。
剣の腕が上がった訳ではない。聖剣の力を引き出した訳でもない。
ただ、コイツの力が急激に増した。たったそれだけだというのに、俺は後悔を覚えた。
コイツは、急激に成長する。恐らく、勇者としてのスキルが影響しているのだろう。
つまり、このままの攻防を続けていれば、いつか俺は……必ず負ける。




