閑話 ツィーブル
オレの名はドガル。
このツィーブルの町で市長をやっている。
この町は今、活気の裏にある恐怖心というものに脅かされていた。
それもその筈、このツィーブルの大切な遺産である城を、ヴァンパイアに乗っ取られた。それだけに留まらず、そこに訪れた我々に牙をむいてきたのだ。
そして、襲われて帰ってきた我々の姿を見て、「私たちでは勝てない」「いつ襲われるかも分からない」「外から来るのは恐ろしいヤツかもしれない」と、思考がだんだんと悪化していった。
そのため町の人々は、日夜問わず外からの来訪者に脅える日々を送ることとなった。
オレも、外から来たものでは分からない、日に日に悪くなっていく住民の気持ちに感化され、だんだんと不安で悩まされるようになった。
そんなある日だった。
オレは、趣味兼住民達の様子を見るためにやっている、月に数回の出店を開いていた。
見るからに分かる、住民達の作り笑い。
かくいうオレも、不安でいっぱいになった頭を圧し殺して笑顔を作っていた。
そんなとき、オレの店の前に一人の少女がやって来た。
緑髪の少女は、オレが焼いていた串焼きをジッと眺め、今にも垂れそうな涎を飲み込んでいた。
どうしたものかと思っていたら、恐らく仲間であろう少年がやって来た。
…どうやら、オレの店から出る匂いにつられてやって来たらしい。
商人としては嬉しいが、やはり少し恐怖を感じてしまっているのが分かってしまう…
そんなことを思っていると、少女の方から話を振ってきた。
「おじさんは、この町の人?それとも、違う町の人?」
最初、オレはこの質問の意味を理解することができなかった。
だから、「この町の人だ」と答えた。
そして、オレは質問の意味を知った。
「…ねぇ、あな、たたち、は、何、を恐、れて、いる、の?」
戦慄が走った。
恐怖心を悟られたのだ。この少女に。
しかも、町全体に広がっている恐怖心をも悟られていた。
オレは、どうすればいいのだろうか…
結局オレはあの二人、ケインとメリアに、絶対に口外しない事を条件に、この町の事情を話すことにした。
己の正体をあかし、町の事情を全て話した。
勿論、口外はしないよう取り決めたが…やはり信用してよいものなのだろうか…人は良さそうなのだがな…
前言撤回。この二人、とんでもないことをしてくれた。
口外するなんて生ぬるい。なんとあのヴァンパイアに直接会ってきたのだ。
だが、彼らから聞かされたのは意外なものだった。
あのヴァンパイア、かなり温厚な性格だったらしい。
我々に襲いかかってきたのも、ただの勘違いから来たものだという。
…しかし、本当にそうなのだろうか。
実は、会ってきてなど居ない。オレ達を騙しているのでは。
そんな考えが頭を巡っていると、突然
「っ、伏せろ!」
「え?」
とっさの事ですぐに動くことができず、オレは謎の衝撃波のようなものを受け、壁まで弾き飛ばされた。
何事かとそちらを見ると…
ヴァンパイアが居た。
見間違えるはずもない。あの城に居座ったヴァンパイアがそこに居た。
オレは、動けなかった。
やはり、あの二人は嘘をついていたんだ。
オレを油断させて、襲わせるように仕向けたんだ。
そう、思っていた。
「私あの城出て、ケイン達についていく事にしたから」
…はい?
今なんと?
え、城を出ていく?
それに、この二人についていく?
オレの頭の中が、ハテナで埋め尽くされていく。
そんなオレを余所に、彼らの方はあのヴァンパイアを連れていくことに決めたようだ。
まぁ、とりあえず、
「…オレ、ここにいる意味あるのか…?」
結局のところ、あのヴァンパイアは…いや、もうそんな呼び方は止めよう。
あの吸血鬼はケインとメリア、あの二人についていくことになった。
近々大きく張り出そうとしていた吸血鬼の討伐依頼も取り下げ、彼らに報酬金を渡した。
我々の不安の芽を、こんな形であれ解決してくれたのだ。オレには支払う義務がある。
そして、彼らからの提案で、彼らがこの町を出た時。その時になったら、吸血鬼が城から居なくなったことを表沙汰にすることになった。
当然だな。もう居なくなるとはいえ、彼らの出発の準備が整うまでは、この町に居るわけだから。
そして翌日、彼らは旅立っていった。
それは、オレ達にとっては朗報であり、同時に申し訳なさを感じることであった。
もう、人々の作り笑いは見たくない。
まだ余波は残るであろうが、時間がたてば、本当の笑顔でいっぱいになるだろう。
その時には彼らを…ケインとメリア、ナヴィを、この町の本当の姿で歓迎したいものだ。
これにて「運命の門出」編は終わりです。
次回より、新章突入します。




