205 モブと主人公
さすがに騒ぎが大きくなったためか、ギルド長であるエクスが出てきた。それを視認した俺は、少し不服ではあるが、創烈を鞘に納めた。
俺が武器を納めたところを見て、第三者よりも当事者である俺に聞いた方がいいと判断したのか、エクスは俺に訪ねようとしてきた。
が、それが気に食わなかったのか、男がとってかかろうとする。
「おい、なんだお前は?」
「僕は、このギルドのギルド長だ……それでケイン君、何があったんだい?」
「コイツが仲間を勧誘しようとした。で、断られたからって逆ギレして襲いかかってきたから反撃した。以上だ」
「ふむ……皆はそれを見てたのかい?」
「あぁ、間違いねぇよ」
「俺も見てたぞ」
「ギルド長、間違いありません」
周りから、俺の話を肯定する声が上がる。
中には男に煽られた奴もいるし、俺の正当性を証明できる奴もいる。そして何より、他ならぬギルド職員も見ているのだ。
「なるほど。じゃあ次は、君の言い分を聞かせてもらおうかな?」
「なんでだ?」
「……なんでって言われても、君たちが騒ぎの中心なんだから話を聞くのは当ぜ」
「俺は勇者だぞ?なぜ俺が責められなければならないんだ?」
「へ?勇者?」
エクスがポカンとしてしまった。いやまぁ、そうなるよな。わかる。
だが、なにを思ったのか、男はなぜか得意気になった。……え?もしかして今ので自分の味方になったとか勘違いしてないよね?
「そう、俺は勇者……この世界を救う男だ!だから俺が攻められるのは筋違いというもの……!」
「え、えーっと……」
「……多分、自分の味方になったと勝手に思い込んでるぞ」
「あ、やっぱりそう思うかい?」
男の奇声に若干引きながら、エクスが俺に聞いてきたので、正直な感想を答えておいた。どうやらエクスも同じ考えだったようで、男を見る目に少しだけ哀れみが混じった。
「ふふふ……やはり世界は主人公である俺を中心にして動いていく……さあ!この男を今すぐギルド長権限で処分するんだ!」
「いや、そんなことしないよ?むしろ、処分されるのは君だからね?」
「……はぁっ!?なにを言っているんだ!?俺は勇者なんだぞ!?」
「……君が本当に勇者だとしよう。だとしても、僕が第一に守るべきは、ギルドに所属する冒険者たちからの信頼だ。君の身勝手な言葉で彼を処分すれば、ここにいる冒険者たちからの信用はなくなってしまう。
それだけじゃない。ここにいる冒険者たちが他のギルドでこの話をすれば、そこのギルドも信用を失い、また違うギルドでも同じことが起き、やがてギルド全体の信用はなくなってしまうだろう。そうなった時、困るのはこの世界だ。
君が世界を救う勇者だとしても、今君が僕にやらせようとしているのは、世界を滅ぼさせる行為だ。そんなもの、主人公でも勇者でもなんでもない」
「ぐっ……!?」
エクスが捲し立てるようにそう告げると、男は言い返せず言葉に詰まった。
恐らく効いたのは最後の言葉だけだろうが、エクスの言った内容は、あまりにも現実性がある。
事実、ここで俺を処分すれば、ギルド全体の信用は一気に落胆する。そうなれば、冒険者業は衰退。モンスターや害獣、病気による被害を受けている人々は頼り所を失う。
また、そういったことを解決して生計を立てている冒険者達も、生計が立てられなくなりやがては誰もやりたがらなくなる。
そうなってしまえば、世界は本当に荒んでしまうだろう。
「どうやら返す言葉もないようだね。それじゃあ、君たちのギルドカードを出してくれるかな?」
「はぁ?そんなもの持っていないぞ」
「……冒険者でもないのに問題を起こしたのかい?それだと、話が変わってくるなぁ……」
「……もしかしてあれのことか?」
「ふん、今さらになって理解したか。裁かれるのはお前だということが!」
「違うぞ?もしお前が冒険者なら、ギルド長が活動停止処分やランクダウン、罰金やその他諸々を言い渡せる。けれど、一般市民が冒険者に対して問題を起こしたとなれば、話が変わってくるってことだ」
「ケイン君、よく知っているね?あんまり説明されないことなのに」
「一応、ギルドの決まりごとはある程度覚えているからな」
「流石は新しいAランク冒険者だね」
「……えっ?」
エクスが俺にそう告げた時、ここまで黙りを決めていた少女が、驚いたような声を上げた。
まぁ、それを気にも止めなかったのだが。
「さて、話を戻すけど、この場合に処分を決めるのは被害者である冒険者―つまり、ケイン君だ」
「はぁっ!?」
「もちろん、条件はあるよ。『冒険者が被害を受けたところを目撃した者が、最低でも二人以上はいること』『ギルド職員が目撃していること』『加害者の存在を証明できるものがあること』『殺人や強盗といった、大事に発展する可能性があること』だ。これらのうち、三つ以上該当する場合のみ、被害者である冒険者が、ギルドの方針に乗っ取った罰則を与えられる、というわけだ。とは言え、そこまで過激な罰は与えられないけれどね」
まぁ要するに「一般人から被害を受けたので、適切な罰を勝手に与えます」ということである。
ただし、これはあくまでも大きな問題に発展するのを防ぐためのもの。小さな喧嘩や言い争いではもちろん機能しないし、そもそもこの制度を知らない冒険者の方が多い。
この制度を悪用してもらっても困るからだ。
「というわけでケイン君、君はどうしたい?」
「んなもん決まってる。金輪際俺達と関わらないこと、望むのはそれだけだ」
「だ、そうだ」
エクスに聞かれたので、迷わずそう答える。
これで引き下がってくれれば良いのだが……多分、無理だろうな。
「断る。なぜ俺が、モブキャラの言うことを聞かなければならないんだ?」
「モ、モブキャラ……?」
「そうさ、ここにいる奴らも街にいる奴らも、俺という主人公のために存在する脇役だろ?そんな脇役の言うことなんか、聞くと思うのか?」
「テメェ!またそんなことをっ……!」
「オレたちは脇役なんかじゃっ」
「皆、静かに!」
再び空気を読まない発言をした男に、冒険者達が激怒する。が、エクスはそれを一言で静まらせた。
ギルド長に言われては黙る他なく、全員が静まり返った。
「……君の言い分は理解に苦しむよ」
「どうして理解できない?モブキャラは大人しく、俺の言葉を聞いていればいいというのに」
「それだよ。僕たちはモブキャラじゃない。君を引き立たせる為の駒でもない。僕たちは、それぞれの人生を必死になって生きている。全てが君の思惑通りに動くと思ったら大間違いだ」
「はっ、俺より弱い奴らは大変だなぁ?醜く暮らすので精一杯なんだからな!」
「……だったら、証明しようか?君は主人公ではないって。僕たちが、モブキャラじゃないって」
……あれ?なんか嫌な予感がするんだけど……
「はっ、できるもんならやってみろよ!できるもんならなぁ!」
「……ケイン君、お願いできるかい?」
「……やっぱりか……」
「巻き込んでしまってすまないと思っている。けれど、彼らを任されている身として、引くわけにはいかないんだ」
エクスの目が、強く俺を捕らえる。
正直なところ、さっさとこの場から離れたい。
だが、一冒険者として、舐められっぱなしなのは癪に触る。
「……わかった、やればいいんだろ?」
「うん、頼んだよ」
俺は改めて、男と向き合う。
―勇者。いずれは敵対することになる相手。実力を知っておくに越したことはない。
これから先、世界を相手にするならば。




