203 謎の二人
ギルド入り口を塞いでいた二人……というより、男の方がこちらに歩み寄ってくる。
少し茶色の混じった髪と目を持ち、身長は俺と同じくらい。優しそうな笑顔をしてはいるが、どこか気味悪く感じてしまう。
後ろからついてくる少女は、ふわっとした金色の髪に白のメッシュ、透き通るような青い瞳が特徴的である。
装いもローブで隠れてはいるが、少しばかり豪華になっており、二人とも高貴な生まれか、それに準ずる者だろう。
正直、関わりたくないのが本音だが、そうも言っていられない。
なにせアイツは、俺達の方を―正確には、メリア達の姿を見て「見つけた」と言ったのだ。つまり、男の目的はメリア達なのだろう。
だからこそ、俺はメリア達より前に出る。男の方を、メリア達に近づけさせないために。
「なんの用だ」
「うん?」
「なんの用だと聞いている」
「君に用?まさか、用があるのは――」
「こいつらは俺の大切な仲間だ。用があるなら、リーダーである俺を通して貰おうか」
「……なに?」
俺のことなど眼中に無かったところを見るに、やはり男の目的はメリア達のようだ。
男は、俺の顔を除くように凝視したかと思うと、突然吹き出した。
「……なにがおかしい?」
「いや?君みたいなどこにでもいそうなモブキャラが、彼女達のリーダー?ははっ、笑える冗談だ!」
「モブキャラ、ですって……?」
「アリス抑えろ。それで?嫌みを言いたかっただけか?それなら俺達は失礼させてもらう」
「まぁ、待ちなよ。話くらい聞いてくれてもいいだろう?」
そう言って、男は俺の肩に手を乗せ、その場に留まらせようとしてくる。その行為に、俺は嫌悪感を感じた。
なにせ、男の目的はメリア達。つまり、俺のことは端から眼中に無い。それが今も変わっていないことが、この行動からわかったのだ。
だがそれを、男は悪びれることなく、笑顔のままメリア達に話しかけた。
「君たち、俺と一緒に来ないかい?一緒に、世界を救おうじゃないか」
「……世界を救う?なんのことかしら」
「知らないのかい?……あぁいや、これは俺のような選ばれた者しか知らないことか。すまないね」
「はぁ……」
「まぁ、そんなことはどうでもいい。俺と一緒に来れば、名誉も地位も手にすることができる。冒険者なんて、野蛮で愚かな仕事なんて、しなくて済むんだ」
「なっ、テメェ今なんて言いやがった!?」
「おれたちが愚かだと!?ふざけるな!」
「ふっ、俺に負けるような冒険者が、なにを言おうが説得力がないね」
「「ぐっ……!」」
男は再び悪びれることなく、平気で毒を吐いてくる。しかも、俺達冒険者を侮辱するような言葉を。
その場にいた何人か、男の言葉に反発するも、どうやら返り討ちにあっていたらしく、簡単に言いくるめられてしまった。
……俺はそれら全てを、黙って聞いていた。
「さぁ、俺と一緒に、世界を救いにいこうじゃないか!俺が、もう君たちに不自由な生活はさせない。君たちにとって最高の幸せを、俺が与えてやる!」
そう言って、俺の肩から手を放し、メリア達へとその手を差し出す。
その顔は、断られるなどと微塵も思っていない顔をしていた。近くにいた少女も同じく、断られないだろうという顔をしている。
その問いに対して最初に口を開いたのは、ナヴィだった。
「興味無いわ」
「……は?」
「胡散臭いし、どうでもいいわ」
「第一、私たちは貴方を知りませんし、知る気も起きませんわ」
「え?」
「世界を救う……それは、心惹かれるフレーズではあるな」
「だっ、だろう?なら――」
「だが、我が生涯を共に歩むと誓ったのは、そこにいるケイン・アズワードただ一人!貴様のような軟弱者の戯れ言に、付き従うことなどあり得ぬ!」
「私の主様はケイン様です。貴方に従う義理も理由もございません」
「テメェからは、ご主人サマみてぇなモンは感じねぇ。とっとと失せろ」
「なっ、ななっ……!?」
やはり断られるとは思っていなかったようで、ナヴィ達の返事を聞いた男は、目に見えるように困惑していた。
少女の方は平然としているように見えるが、正面にいる俺からすれば、目を見開いて硬直しているようにしか見えない。
そこで、俺はようやく口を開いた。
「そういうことだ。諦めろ」
「テメェ……!」
「俺に八つ当たりでもする気か?ふっ、それこそ野蛮で愚かな行為だろ」
「ぐっ……!」
俺が言い返すと、男は言葉に詰まった。
自由に生き、自分達の意思で生活している冒険者を愚かだと罵るより、ただ勧誘に断られただけで八つ当たりをするほうが、よっぽど愚かなことだ、と真実を言っただけなのに。
まぁ、どんな言葉を並べようと、メリア達が靡くとは思えないがな。
「じゃあ、そういうことで」
「まっ、待て!」
「……はぁ……なんだ?」
「俺と戦え!俺が勝てば、彼女たちを渡して貰おう!」
「……なに言ってんだお前」
いやほんと、なに言ってんだコイツ?
言ってることが、完全に自己中すぎる。
メリア達はおろか、周りにいる冒険者達も完全に唖然としてるじゃねぇか。
「俺の力を見れば、彼女たちの側にいるのは俺の方が相応しいと気がつくだろう。さぁ、俺と――」
「んなもん、受けるわけないだろ」
「なっ、逃げるのか貴様っ!」
「逃げるもなにも、その戦いになんのメリットがある?勝てばそのまま、負ければ仲間を失う?そんな賭け事、乗るわけがねぇだろ」
「ぐっ……!?」
「そもそも、お前は何様のつもりだ?さっきから黙って聞いてりゃ、俺達冒険者を野蛮だの愚かだの言いふらし、俺の大切な仲間にはべらべらと自分語り。おまけに断られたからって、自暴自棄になって賭けにすらならない勝負を持ち掛ける……もう一度言おうか、お前は何様のつもりだ?」
俺は男を睨み付ける。
こんな奴に仲間を渡すなんて絶対に嫌だったし、本当なら今すぐにでもこの場を去りたい。
だが、ここでなにも言い返さずに去るのは、冒険者としてのプライドが許さない。
この場にいる冒険者全員の誇りを守るために、俺は強く言い返したのだ。
それで引いてくれればいいのだが、男の顔は、不愉快に歪んでいく。
まるで、自分の思い通りにいかないことが許せない、我が儘な子供のように。
それを見た俺は、相手にする気を完全に失った。いや、最初から失せていたが、余計に強くなった、の方が正しいか。
「……ふん、皆行くぞ」
「そうですね、行きましょう」
「ふむ、実に無駄な時間じゃったの」
メリア達も、男を相手にする気はとっくの昔に失せており、すぐに俺の後をついてきた。
男のことなど眼中にないように、近づきたくもないのか、体を避けるようにして。
それが、男の逆鱗に触れたのだろう。子供が癇癪を起こすように、言葉を荒げ始めた。
「……あり得ない。あり得ないあり得ないあり得ない!俺は主人公だ!この世界を救うために呼ばれた勇者だぞ!?」
『……っ!?』
ギルドを出ようとしていた俺達の足が、一斉に止まる。
……今コイツ、なんて言った?
主人公?いや、そんなことはどうでもいい。
それ以上に聞き捨てならないことを、コイツは言った。
「……勇者、だと?」
「そうだ!俺こそが、世界を救うために呼ばれた特別な存在、勇者なんだよ!」




