199 この思いが恋ならば
『……』
エクシティへと戻る俺達の間に、居心地の悪い空気が流れていた。
ことの発端は数時間前、ヒュドラの毒を受けてアリスが倒れたところから始まる。
*
あの後、すぐにアリスの元へと駆け寄ったが、相当量を吸ってしまったのか、すでに顔色が悪くなっていた。
すぐさま解毒薬を取り出して飲ませようとするも、毒のせいか上手く口も開かず、飲めない状況が続いた。
そこで、最終手段として、口移しで直接飲ませる方法を取ることにした。
……で、なぜかその役を俺がやることに。
ガラルとソルシネアが辞退したのだから、仕方がないと言えば仕方がない。まぁ、ベイシアは論外ではあるが。
というわけで、アリスとキスすることになったわけだ。
口移しとは言え、初めてのキスだよ。緊張しかねぇよ。
意を決して、解毒薬を口に含んで、アリスと顔を近づける。
……畜生。三年前より、格段に可愛くなってるんだよなぁ……
そして、アリスと口を重ね……って柔らかっ!?
え?女の子の唇ってこんなに柔らかいの!?
……なんて言ってる場合じゃないですね。はい。
俺は、口に含んだ解毒薬を、ゆっくりとアリスに流し込む。吹き出さないよう、慎重に。
それを、三回ほど繰り返した。
そして、ようやく目を覚ましたアリスに安堵したのもつかの間。
顔を真っ赤にしたアリスは、熱の籠った目をこちらに向けたまま、おもむろに手を伸ばして俺の頭を掴み……
そのまま引き寄せ、キスをしてきた。
突然のことに、思考が止まる。ガラル達も、同じように硬直していた。
そして、キスをされていると気づいた瞬間、顔が一瞬で赤く染まった。
無理矢理剥がそうとするも力が入らず、なすがままキスされる。
時間にして、十秒ほど。
アリスが手を放し、ようやく自由になった顔を上げると、そこにはいつもとは違ったアリスがそこにいた。
どう言い表せばいいのかわからないほど、別人に見えるアリスに、俺は心を奪われたのだ。
*
そんなわけで、俺とアリスの間に流れているなんとも言えない空気が、ガラル達やトリーシュ達の居心地の悪い空気を生み出してしまった。
いやもう、無理。アリスの顔すらまともに見れないのに、どうしろと?
それに、さっきから誰一人として喋らないんだけど?空にいるソルシネアですら喋らないんだが?
そんな空気の中、ほぼ無言で進み続け、気づけばいつの間にか、エクシティまでたどり着いていた。
「おや、トリーシュさん。帰って来……って、なんですかこの空気……?」
「……いいんだ、気にするな」
「は、はぁ……」
門番の納得していないような顔を無視し、町の中へ。そしてそのままなにかするわけでもなく、冒険者ギルドへ到着した。
中に入ると、丁度受付の辺りにメリア達が居るのが見えた。
メリア達もこちらに気がついたようで、すぐさまこちらへ寄ってきた。
「ケイン……!」
「無事みたいね、よかったわ」
「……心配かけたみたいだな」
「……なにかあったの?」
「もしかして、しっぱいしたの……?」
「……大丈夫だぜ嬢ちゃん、悪い結果にはならねぇよ。ってことで、さっさと済ませるぞ」
「あ、あぁ……」
トリーシュが即座に受付へと向かい、俺達も後を追う。バンク達も一緒だ。
「おや、トリーシュさん、お帰りなさい。それでどうでしたか?」
「文句無し、合格だ。少しトラブルはあったが、オレ達が出ることもなく倒したからな」
「トラブル、ですか?一体なにが……」
「仲間の一人が、ヒュドラの最後っ屁の毒を受けただけだ。すでに完治してるから心配は無いけどな」
「えっ……?」
「だっ、誰が毒を……!?」
「……わたしよ」
「アリス、大丈夫なんですの?」
「心配しなくても大丈夫よ」
「そっか……よかった……」
仲間が毒を受けたと聞いて、心配をあらわにするメリア達だったが、アリスがすぐに名乗り上げ、その場を納めた。
メリア達も、アリスが無事なことに安堵したようだ。
「……分かりました。では、ヒュドラ討伐の証となる魔石を出してください。そちらが確認出来次第、試験達成とさせていただきます」
「これでいいか?」
「はい、少々お待ちくださいね」
待たされることおよそ五分、ようやく確認を終えた受付嬢が笑顔を向けてくる。
「確認致しました。それでは、この度の試験合格により、ケイン・アズワード様の冒険者ランクをAとさせていただきます。おめでとうございます!」
晴れて俺は、Aランク冒険者になった。
世界でもごく僅かな存在。全冒険者にとって憧れである、Sランク冒険者へ唯一手が届く場所に。
それは、喜ばしいことだ。俺も笑顔になる。
それでも、心の底から喜べていないのは、まだ解決していない問題があるから。
うやむやにして、保留にした問題。
気づいていながら、言い訳を作って逃げていた問題。
それらを解決しない限り、今この時を喜べない。それを、昨日気づかされた。
そんな俺の様子を察してか、トリーシュが小声で話しかける。
「……ケイン、そんなことで悩むな。とっくに答えは出ているんだろ?」
「……あぁ」
「なら、堂々とぶつかれ。オレが言うんだ。上手くいくさ。じゃあな、Aランク冒険者、ケイン・アズワード」
「それじゃあ、僕らも行くね」
「頑張りなよー?」
「あぁ、お前らも元気でな」
その場でトリーシュ、ロゼッタ、バンクと別れ、その場に残されたのは俺達だけとなった。
「……俺達も行くか」
「そうね、そうしましょう」
「どうだった?ヒュドラは」
「おぅ!強かったぜ!まぁ、オレからすりゃあまだまだだったけどな!」
「お主は、戦えればなんでもいいだけじゃろ……」
俺達も、宿へと戻ることにした。
幸い、宿はすでに取ってあるので、わざわざ探す必要はない。
だから今は、自分が出来ることをやるだけだ。
そして夜。イブがうつらうつらとし始めた頃。
俺は、意を決した。
「メリア、アリス。少しいいか?」
「うん」
「えぇ」
「じゃあ、ちょっとついてきてくれ」
「ナヴィ、ユア。俺達がいない間のことは任せた」
「分かったわ」「わかりました」
ナヴィとユアにその場を任せ、俺達は宿を出た。
人の減った町中を歩きながら、目的の場所へ向かう。
俺達の心に、決着をつける場所へ。
※この作品は基本ダーク路線で進んでいきますが、恋愛要素ももちろんあります。




