193 ようやく掴んだ可能性
「……これは、他言無用で頼みたい」
「え?う、うん……」
俺の発言に、ナーゼが困惑をあらわにする。
なにせその言葉は、人に話せないような隠し事があるということなのだから。
「俺達の旅をしている理由だが……まぁ、実のところ、ほぼ無いに等しい。……一人のことを除いて」
「えっと……メリア君、かな?」
「あぁ」
俺の鼓動が、少しだけ早まる。
ここまで話した以上、もう後戻りも撤回もできない。
―俺は、ほんの少しだけ、ナーゼに打ち明けることにした。
「メリアは、見た目こそ普通の少女に見えるが、実際は違う。メリアの体は、次第にモンスターになっていく呪いに蝕まれているんだ」
「モンスターに……!?」
「あぁ。俺が初めてメリアと出会った時、すでにメリアは、モンスターとしての特徴が現れていた。本来なら、その場で倒すか、ギルドに報告するのが正解なんだろうが……俺は、それができなかった」
「……どうして?」
「……同じだったからさ。俺とメリアは、大切なものを失っていた。家族という、他の何にも変えることのできない、大切なものを」
「ケインも家族を?」
家族を失った。
その言葉に、ナーゼが強く反応する。
俺はそれを話すかどうか悩んだが、話すべきだと思い、口を開いた。
「……少しだけ話を逸らすが、俺は辺境貴族の産まれだ。父と母、それに兄と妹がいる。それと、アリスも同じ村の出身だ」
「じゃあ、アリス君と君は、幼馴染みってことになるのかな?」
「あぁ。そして、兄はアリスに好意を抱いていた。だが、アリスは俺の側にいた。だから、自分がアリスと結ばれる為に、俺が邪魔だったんだろうな。俺に無実の罪を押し付け、排除しようとしてきた」
「なっ……!?」
「他に誰も見ていない場所で犯行を行い、俺が知らせるよりも早く、父の元へ向かった。アリスを介抱し終え、俺が家に戻った時にはもう、誰も味方になんてなってくれなかった。そして俺は、兄の思惑通り、故郷から離れた森の中に捨てられた……そんな過去があるんだ」
ナーゼの顔が、僅かに歪む。
家族の元に産まれなかったナーゼにとって、俺の過去は、酷いものだと感じただろう。
俺にとっても、すでにケリは付けているが、割り切れない過去である。あまり、人に話したいと思えることではない。
―だから、少しだけ、無理矢理笑った。
「……だから、メリアの話を聞いた時、俺は冒険者であることを忘れた。目の前にいたメリアに、過去の自分を重ねてしまった。そうなったら、もう、見捨てることなんて、できなくなった」
「……その出会いが、今の君たちに繋がるんだね」
「メリアだけじゃない。ナヴィやレイラ、ウィル達も、それぞれ失ったものがある。それを、取り戻したいとは思わない。けれど、諦めたくもない。だから旅をしている。例えそれが、世界にとって、最悪な結果になったとしても」
「……そっか」
話を聞き終えたナーゼは、どう思ったのだろうか。
それを聞くのが、とても恐かった。
ナーゼとは、それ以降話すことなく、一日が終わった。
*
「し、シア!ちょっと待ってよー」
「だーめ!」
翌日、すっかり元気になった少女が、外でおいかけっこをしていた。
微笑ましい光景を、俺達とナーゼは見守っていた。
「本当に、ありがとうございました。ナーゼさん」
「いいのいいの。元気になったなら、薬師としては嬉しい限りだよ」
「お姉ちゃん、ありがとー!」
元気いっぱいの子供達。
そんな子供達に囲まれて、ナーゼは少し嬉しそうに微笑んでいた。
「それじゃあ、ボクは行くよ」
「俺達もな」
「ナーゼさん、それに、旅の方々も。ありがとうございました!またいつか、子供達に会いに来てくださいね」
『お兄ちゃん!お姉ちゃん!ばいばーい!』
子供達に見送られ、孤児院を後にする俺達。
だが、そこには少しだけ、居心地の悪い雰囲気が漂っていた。
一応、昨日ナーゼに少しだけ話したことは、メリア達に伝えてある。そのせいか、メリア達は少しだけ、ナーゼを警戒しているようだった。
そして、町から離れたところで、ようやくナーゼが口を開いた。
「ふふっ、心配しなくていいよ」
「ナーゼ?」
「君たちは、ボクが上に話すんじゃないか……って警戒しているだろうけど、ボクはそんなことしないよ」
「……それは、どうしてかしら?」
「ボクは薬師だ。医療に携わる以上、患者の秘密は守らないとね」
「それは……」
「それに、ボク個人としても、恩人のことを誰彼構わず話したいとは思わないからね」
「……信じていいんだな?」
「なに?喋ってほしいの?」
「……いや、信じるぞ。ナーゼ」
口言葉だけで信用できるかと言われたら、出来ないと答えるだろう。
だが、ナーゼを信じてみようと思った。
友人である、ナーゼを。
「それじゃ、ボクはそろそろ行くよ」
「そういえば、ナーゼはどこに住んでるんだ?」
「ガーナ王国。ここから北東に行った先にあるエクシティって言う町から、さらに北東に行った場所にある国だよ」
「ふむ……なら、俺達もガーナ王国へ向かってみるよ」
「ほんと!?なら、ガーナ王国に着いたら、ボクが案内してあげるよ!」
嬉しそうに言葉を弾ませるナーゼ。
俺個人としても、ナーゼの暮らす場所が気になっていた。もし進む方角にあるなら行きたいと思っていたが、どうやら本当に進む方角にあったらしい。
「それじゃあ、その時は頼んだ」
「うん!楽しみにしてるよ!」
挨拶を交わし、ナーゼは森の中へと消えていく。一時の別れだが、今度は――
「っと、大事なことを忘れてた」
「……どうした?」
森に入っていこうとしたナーゼが、唐突に足を止め、こちらへ戻ってくる。
言葉から、なにか忘れ物でもしたのだろうか?
「ケイン、ボク達精霊族の産まれについて覚えてるよね?」
「あ、あぁ。自然に産まれる、ってやつだろ?」
「そうそう。昨日その話をして、眠りに付く前に、思い出したことがあるんだ」
「思い出したこと?」
「ボク達精霊族の始まりは、始原の精霊って呼ばれている、二人の精霊から始まった。一人は、呪いを司る精霊パンドラ。もう一人は、浄化を司る精霊アテナ」
「……っ!」
「ボクじゃ、メリア君の呪いは祓えない。けれど、呪いと浄化を司る二人なら、もしかしたら祓えるかもしれない。メリア君の呪いを」
……やっとだ。ようやく、メリアの呪いを解く可能性が見つかった。
それは、唐突に与えられた情報。だから、俺は思わずナーゼの手を取っていた。
「ふぇっ!?」
「ナーゼ、ありがとう!やっと……やっと……!」
「うっ、うん!わかった!わかったから……手、手を……」
「っ!?す、すまん!」
「……もぅ、びっくりしたじゃないか」
「……すまん」
「まぁ、いいけどね。それだけ、大切に思ってるってことでしょ?なら、素直に喜びなよ。ね?」
「あぁ」
旅をして、どの町でも見つからなかった、呪いを解呪する方法。
呪いの精霊パンドラ。浄化の精霊アテナ。
もし、この二人を見つけることが出来たら……そう考えたら、喜ばずにはいられないだろう。
必ず、見つけよう。メリアの為に。
安心して暮らせる、未来の為に。
*
「……大切に思ってる……メリアを……」
「アリスさま?」
「……わたしだって、ケインをどれだけ思っているのか、知っているくせに……」
これにて二十一章「大切な命の為に」編完結です。
次回二十二章も、よろしくお願いします。




