188 強襲と奪還
「きゃっ!」
それまで飛び回っていたアラクネが、唐突に足を止め、同時に、捕まっていたメリア達が、慣性に従って放り投げられた。
しかし、投げられた先は固い地面ではなく、柔らかい何かの上であった。よく目を凝らして見ると、それが糸であると気がついた。
「ふふふ……ようこそ、妾達の愛の巣へ!」
そこは、どこかの洞穴に作られた、このアラクネの巣。ありとあらゆる場所が糸で覆われ、洞穴だと言うのに白く、外から射し込む僅かな光を反射していた。
「くふっ、さぁ、早速始めるとするかの?」
「なっ、なにを……」
「もちろん、妾の手で、お主らを快楽という名の楽園へと導くのじゃぁぁぁ!」
「っ、メリア!」
「っ、んっ、〝防壁〟!」
「あぶぇっ!?」
まるで変態のような勢いで、メリア達に襲いかかろうとするアラクネ。だが、メリアの防壁に阻まれてしまう。
「……ごめん、これで、限界」
「十分よ、時間を稼ぐの。そうすれば……」
「ん、信じる」
「いったた……んもぅ、照れ屋じゃのぅ。そんなに恥ずかしいのか?安心するのじゃ、恥ずかしいのは一瞬だけ。すぐに気持ちよくなるのじゃから……!」
そう言いながら、指を気持ち悪く動かしながらじわじわとアラクネが近づいてくる。
メリア達は這いずりつつ、防壁を展開して距離を稼ごうとする。が、糸同士が引っ掛かり、上手く後退できずにいた。
「くぅっ……!」
「くふふ、無駄じゃ無駄じゃ!」
メリアが防壁を使うも、それだけではアラクネの進行を止められない。安息が使えればいいのだが、このスキルは初同時に、両手を地面に付けて範囲を指定しなくてはならないという、一種の弱点が存在していた。
そのため、両手を塞がれている今、安息を使うことは出来ないのだ。
「諦めるのじゃ、諦めれば、すぐに気持ちよくなれるのじゃからな……!」
「絶対、いやっ……!」
「メリア……」
「ふむ、先の男が助けに来てくれるとでも?」
「ケイン、なら、来て、くれる……!」
「あり得ぬなぁ。お主らを捕らえた場所からここまではかなりの距離がある。そう簡単にはたどり着けんのじゃ」
「だと、しても……!」
「屈強じゃのぅ。ならば、まずはお主から快楽へ誘って――「「はぁっ!」」がっ!?」
アラクネの魔の手が、メリアに伸びようとしていた瞬間、アラクネの背後に二つの影が現れ、アラクネの背を切り裂いた。
突然切られたことに驚きを隠せないアラクネ。即座にその場所から離れ、その犯人を目にする。
「っ、お主は……!」
「さっきぶりだな、アラクネ……!」
「残念だけど、ここで貴方はおしまいよ?」
「ケイン!アリス!」
*
「大丈夫でしたか!?」
「すぐに切りますので、お待ちください」
「イルミス、ユア……!」
レイラに飛ばしてもらったが、ギリギリになってしまった。だが、大事になる前にたどり着くことが出来た。レイラに感謝だな。
メリア達の救出はユア達に任せ、俺とアリス、ガラルはアラクネへと視線を向ける。アラクネも、憎らしそうにこちらを見つめていた。
「お主、どうしてここが……!」
「イブのおかげだ。イブが派手に灯りを使ってくれたから、その魔力を辿ってくることができたんだ」
「くっ、あの時のか……!」
「さぁ、覚悟しなさい!」
「ブッ飛ばしてやるぜ!」
アリスとガラルが、同時に飛び出す。
アラクネも、糸を出して応戦するが……
「〝火炎波斬〟!」
「なっ!?」
「構わず進め!」
「えぇ!」「おぅ!」
俺の火炎波斬が、糸を焼き切り、二人の通る道を作り出す。
「くっ、このっ!」
「ふっ――」
「しまっ――」
焼き切られた糸とは違う無数の糸が、アリスに襲いかかる。それをアリスは制限解除で回避しつつ、一気に距離を詰めた。
そして、ほぼ同時に、ガラルもアラクネの懐に現れた。
「はぁぁっ!」「オラァ!」
「がはっ!?」
二人の強力な一撃が、アラクネに襲いかかる。アラクネも糸を使って急所こそ外したものの、その衝撃で壁まで飛ばされた。
「ぐっ、ぐぅぅ……!」
「あら?耐えるわね」
「はっ、そう来なくっちゃなぁ?」
「それじゃ、もう一発……って行きたいところだけど」
「それは、オレらの役目じゃねぇからな」
「な、なにを……っ!?」
二人が引いた理由が分からず、困惑するアラクネだったが、すぐに現れた光景に、血の気が引くのを感じた。
そこにいたのは、アラクネに捕らわれていたメリア達。そして、既に全員が、大技を叩き込む気満々でいた。
「こ、ここは一旦逃げ「……させない」っ!?」
危険を感じたのか、その場から離れようとするアラクネ。しかし、メリアの防壁が行く手を阻み、ついでに足も動けなくする。
そうこうしているうちに、ナヴィ達の準備が整っていた。
「あっ、あぁぁ……」
「〝空気弾〟!」
「水刃!」
「〝煉獄〟!」
「充填20、放出!」
「ぎゃぁぁぁぁ!?」
もはや、見ている俺達ですらやり過ぎと思うほどの攻撃が、アラクネに襲いかかる。
やがて、攻撃が止み、煙が晴れた。そこには、ボロボロになったアラクネがいた。
「かはっ……」
身体中に酷い火傷や切り傷はあるが、一応生きているらしい。流石Aランク、と言わざるを得ない。
そんなアラクネに対し、ナヴィ達は……
「……もう一発」
「ぶちかましますわ」
「ひぃ……!?」
ここで殺る気満々だった。
まぁ、気持ちは分かるが、そこまでしなくてもいいのでは……なんて思ってしまうが、メリア達を連れ去ったことは許せないのでなにも言わない。
だが、ナヴィ達が再び攻撃することはなかった。
「ご、ごめんなさいなのじゃぁぁぁ!」
『……へ?』
「妾に出来ることならなんでもする!じゃから、命だけは!命だけは!」
『……』
……それはもう、見事な土下座だった。
蜘蛛の下半身で、どうやったらそんなに綺麗な体勢が取れるんだ?と思うくらい、見事な土下座だった。
これには、流石のナヴィ達も毒牙を抜かれたように困惑していた。その間も、アラクネは必死に懇願していた。
……え、どうすんのこれ。
などと思っていると、メリアがアラクネの元へと歩き始めた。そして、土下座を続けるアラクネの側でしゃがみこんだ。
「……ほんとに、なんでも、する?」
「う、うむ。なんでもするのじゃ!じゃから、命だけは……!」
「……じゃあ、従魔になって」
『……へ?』
なんとも府抜けた声が木霊した。
メリアさん?今なんて言いました?
「妾を、従魔に……?」
「うん。私じゃ、なくて、ケインの、だけど」
「あのー、メリアさん?」
「ならない、なら、このまま、潰す」
「なっ、なる!なるのじゃ!じゃからぁぁぁ!」
「ん……なら、いい」
……少し、整理しよう。
アラクネが、メリア達を連れ去った。
アラクネの巣を見つけ、メリア達を救出した。
ナヴィ達がアラクネを倒そうとしたら、アラクネが懇願してきた。
それに対して、メリアはアラクネに、俺の従魔になるよう言った。
……どうしてこうなった?
「ケイン、後はお願い」
「……一応聞くが、どうしてこんなことを?」
「このまま倒すのは、少し心苦しい。でも、ここで逃がしたら、また被害が出る。だったら、直接監視すればいい」
「だから、従魔にすると?」
「……戦力にもなるし、いいかなって」
「それはそうだが……」
なんというか、メリアらしいようでらしくない考えだった。
確かに、アラクネを仲間として加えられるのは大きいだろう。だが、本当にコイツを御せるのかと言われたら……少し無理がある。
だが、メリアが提示した以上、引くわけにもいかない。俺は、メリアと入れ替わるようにアラクネに近づいた。
「アラクネ、本当にいいんだな?」
「い、命には、変えられんのじゃ……」
「どうしてそこまでして、生きたいと願うんだ?」
「……生きたいと願うのは、別におかしなことではないじゃろう?」
「……なるほど、そりゃそうだ」
なんとも人間らしい発言に、思わずほころんでしまう。
コイツは、モンスターというより、人間に近い心を持っている。だからこそ、こうして必死になって生きたいと願っている。
なら、俺はそれに答えよう。ちょうど、名前も思い付いたことだし。
「なら、お前を俺の従魔にする。いいな?」
「……うむ、好きにするがよい」
そうして俺は、アラクネに手をかざした。




