186 アラクネ
「アラクネ……!?」
「な、なんでそんなモンスターがここにいるんですの!?」
自分達を捉えた犯人の正体を知り、驚きと困惑の声を上げるナヴィとウィル。
鬼人と出会ってまだ一週間と少ししか経っていないというのに、再び高ランクモンスターと遭遇したのだ。俺だって叫びたい。
が、叫んだところでこの状況は解決しない。
「くそっ、メリア達を返せ!」
「断るのじゃ」
「なら、取り返すだけだっ!」
俺は、言葉半ばに波斬を放つ。
しかし、アラクネはそれに物怖じせず、素早く無数の糸を産み出すと、それらを一瞬で束ね、太い一本の糸にする。そして、その糸を鞭のように振るい、波斬を打ち落とした。
が、それだけでは終わらない。振るわれた糸が、そのままこちらに襲いかかってきたかと思えば、そのまっ先が細い無数の糸へと戻り、まるで網のような形になったのだ。
「っ、イブ!」
「〝爆炎〟!」
その網の先にいたイブが、網めがけて爆炎を放つ。網に爆炎が触れた瞬間、爆発が起こり、網を形成していた糸の一部が吹き飛ばされた。
しかし……
「えっ!?もえない!?」
「妾の糸を舐めるでないぞ?そんな柔な炎で燃えはせぬ」
アラクネの言葉通り、糸鞭はほぼ無傷といってもいい状態だった。威力や速度こそ相殺できたとはいえ、肝心の糸は無傷。
アラクネのことは詳しく知らないが、おそらく、普通の糸とは強度や性質が根本的に違うのだろう。
「だったら……っ!」
「隙ありじゃ!」
「えっ、きゃあっ!?」
糸がダメならっ!と思ったのか、アラクネ自身を狙おうとしたイブ。しかし、その視界にメリア達が映ってしまい、攻撃を躊躇ってしまった。
その隙をアラクネが見過ごすハズもなく、呆気なく捕らえられてしまった。
「イブ!」
「くっ……貴様、同胞をどうするつもりだ!」
「ふふふ……決まっておろう?」
アラクネが、まるでご馳走を目の前にしているように舌舐りをする。
まさか、メリア達を食べるつも――
「妾の愛で、快楽に溺れさせるためじゃ!」
『……はい?』
その瞬間、全員の目が点になった。
え?今なんて言った?
「少女とは良きものじゃ!純粋で、無垢で、愛らしい!そんな汚れの知らぬ少女が、妾によって快楽に溺れる姿を想像しただけで……あぁっ!興奮してきたのじゃぁぁ!」
『……』
やべぇよコイツ。どこから突っ込めばいいのか分かんないほどやべぇよ。
表情も恍惚としてるし、なんか見悶えてるし、目にハート浮かんでるしで若干引く……
というか、まさかの同性愛者ですか……
「ふ、ふふふ……さぁ、お主らも妾の愛を受けとるがいいのじゃ!」
「っ!」
と、そんな俺達のことは知らないとでも言わんばかりに、再び糸が襲いかかってくる。
先の発言で、アラクネの狙いが俺以外の面々であることは分かっている。それを肯定するかのように、その糸は俺以外に向かって襲いかかっていた。
「させるかぁ!」
「くっ、男に用はないのじゃ!」
「悪いがこっちにはあるんでなっ!」
襲いかかってくる糸を、火炎波斬で撃ち落とす。
しかし、糸は特にダメージを負ったようには見えず、弾き返す程度に留まった。
「ならば直接っ……!」
「っ!待てリザイア!」
「甘いのじゃ!」
「なっ!?」
糸をかわし続けていては埒が明かないと踏んだリザイアが、アラクネに急接近を仕掛ける。が、アラクネが蜘蛛の巣のように張った糸に捕らえられてしまう。
接近しようにも、襲いかかってくる糸が邪魔をし、近づけたとしても、そこは相手のテリトリー。たどり着くまでに対策をされてしまう。
……これは、マズイ展開になっている。
「ふふふ……残るは五人……さぁ、大人しく捕まるのじゃ!」
「お断りよっ!」
アリスが飛槍を放つ。しかし、やはり距離があるせいですぐに糸で阻まれる。
そして、何本もの糸が、アリスに向かって襲いかかった。
「ナメるなっ!」
アリスは制限解除で糸の動きを捕らえると、それら全てを飛槍で撃ち落としていく。
が、不意に横から現れた糸が、アリスの槍を捕らえた。
「なっ、この……!」
「アリス!手を離せ!」
「っ、しまっ……!」
アリスは槍に巻き付いた糸をなんとかしようとするも、そこに新たな糸が襲いかかってくる。
それに気付いた俺が声を掛けるが、時すでに遅し。糸はアリスに巻き付き、アラクネはアリスを引き上げようとした。
そして、アリスの足が地面から離れた直後のことだった。
「ぬふっ、さぁ残りは―「ぴゅうぃぃぃぃっ!」―なぁ!?」
「へっ?きゃあぁぁ!?」
突然空から飛翔してきたそれは、アリスを捕らえていた糸めがけて降下。速度の乗った攻撃で、糸を無理矢理引きちぎった。
「っ、アリス!」
「あぃっつつ……一体なにが……っ!?」
地面に落ちたアリスが、少しの痛みを感じながらも顔を上げ、そこにいた存在に目を奪われる。
俺も、同じようにそれに目を奪われていたが、アリスの感じているものとは、少しだけ違っていた。
人の手足が鳥の形をしたモンスター、ハーピー。
しかし、俺は目の前にいるハーピーに見覚えがあった。
かつて、エジルタへ向かう最中、怪我をしていたハーピーがいた。そのハーピーを助けた際、ボロボロだった服のかわりとして、メリアの服を着せた。
そして、今目の前にいるハーピーが着ていたのは、その時渡した服に間違いなかった。
「まさか、お前、あの時助けた……!?」
「ぴうっ!」
笑顔を浮かべるハーピー。
思わぬ形での再会に、ほんの少しだけ、思考が停止した。
意図せず伏線張ったのが、ちょうど80話前だったという奇跡




