185 森に潜む者
二十章、開幕です。
「うーん……きもちいい……!」
「空気も美味しいし、いい森ね」
王都を発って、一週間が経過した。俺達は、フォーボートと呼ばれている森の中にいた。
フォーボートは、そこらにある木とは比べ物にならないほど背の高い樹木が集まって生えている一帯で、その葉や枝の隙間から僅かに漏れる太陽の光が、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
しかし、この森は舗装された道から大分離れた場所にある。そのせいか、俺達以外に人影は無く、時折風で葉が擦れる音が聞こえてくるほど静かだった。
「気持ちは分かるが、油断はするなよ?」
「わかってるよ~」
「分かってるわ」
このフォーボートに俺達が来たのは、ただ安らぎに来たのではない。
ことの発端は、昨日、偶然にも同じ場所で夜営をした商人から聞いた噂話である。
曰く、このフォーボートの森に訪れた女性が、行方不明になり、一週間ほど経ってから、あられもない姿で発見されるという事件が、ここ何年か起きているとのこと。
しかも、見つかった女性はほぼ例外無くとろけきった顔をしており、暴力を振るわれたり、薬を飲まされたりした形跡がないことから、何かしらの性的事件に巻き込まれているのでは無いか、と噂されているようだった。
その噂に反応したのが、メリア達女性陣。
やはり、同じ女性だからなのか、その原因を探りたいようだった。
「話によれば、時間帯や場所は、特に決まっていない。最奥で居なくなることもあれば、入り口で居なくなることもある、か……メリア、反応は?」
「ん……今は、特に」
「分かった。相手は、気配を消している可能性もある。十分警戒しておいてくれ」
「わかった」
最大限の警戒をしつつ、さらに森の奥へ。
やがて、これまでの中で、最も日の光が地面に届いていない場所までやってきていた。
「……暗い、ですわね」
「気を付けろよ?こういった場所こそ、一番危ないからな」
「ん、わかっ……ふぇっ!?」
「メリア……?メリア!?」
「主様、上です!」
「上……?なっ!?」
「はわっ、はわわっ!?」
突然、メリアの声が遠くなった。俺は慌てて振り返ったが、すでにそこにはメリアの姿が無かった。
そこへ、ユアがやってきて上を見るように言ってくる。言われた通りに上を見ると、空中にメリアの姿があった。
メリアの体にはなにやら糸のようなものが巻き付いており、腕を縛られているためか、思ったように動けないようだ。
と、次の瞬間、メリアの背後からさらに二本白い糸が、ものすごい速度で迫ってくる。その狙いは……
「「え?きゃあぁぁぁぁ!?」」
「ナヴィ!ウィル!」
動揺した隙を突かれたのか、二人は反撃する前に糸に縛られ、メリアと同じように宙吊り状態になってしまった。
「なに、これ……!」
「動、けませんわ……!」
「イブ、光を!」
「う、うん!灯り!」
イブの灯りが、それまで暗かった森を明るく照らす。そのおかげで、ようやく犯人を視界に捉えることができた。
しかし同時に、新たな糸が襲いかかってくる。だが、今度は誰一人として捕まることはなかった。
「ほぅ、妾の糸をかわすとは、なかなかやるのぅ」
妙に色っぽい声で、犯人が口を開く。
袋のように大きく膨らんだ腹部。
体からは四対八本の足が並び、メリア達を捉えている糸と同じものに、張り付くようにして立っている。
それだけ聞けば、ただの蜘蛛であると思うだろう。
だが、あれは違う。
本来あるはずの頭は存在せず、かわりに人の上半身が体から生えている。
紫の髪に、メッシュのように白い髪が混じる。
瞳は青白いが、眼球は白ではなく紫。さらに、額にも、紫一色の小さな目が四つ。
そして、主張せんと言わんばかりに、全く隠れていない胸が、それを女性であると決定づける。
人と蜘蛛、それらが混じったような姿をしたモンスター。
あらゆる蜘蛛系のモンスターの中で、最も上位に君臨する、Aランクのモンスター。
その名は、
「アラクネ……!」




