177 剣姫と呼ばれし者
昼過ぎ。本来なら、騎士団の訓練が行われている中庭は、異様な空気に包まれていた。
本来なら、このような場所にいるはずのないブラウン王、そして、クローティ女王がいることもあるが、それ以上に、団員の目はある一点に集まっていた。
その中心にいるのは、二人の男女。
一人は、王国騎士団長であり、この国の王女、ダリア・ソル・エルトリート。
そして、もう一人は……
「ふぅ……」
「ほぅ、ケインは刀を使うのか」
「見たことがあるのか?」
「知ってはいるが、戦ったことはない。そう……この戦いは、余にとって初めての戦いとなるのだ!」
高らかに叫ぶダリアとは対称的に、俺は精神を落ち着かせていた。
旅を初めてから、これまでも二度ほど決闘を行った。一度目はテドラ、二度目はエジルタで。
そして三度目の場所は、エルトリート王国。賭けられたのは、俺とダリアの結婚。
絶対に、負けるわけにはいかなかった。これからも、旅を続けるために。メリアを、皆を、守るために。
そんな俺達の元へ、ゲランドがやって来る。
どうやら、この決闘の審判を務めることになったようだ。
「お二方、準備の方は?」
「……大丈夫だ」
「こちらも、いつでもいいぞ!」
「……では、これより!ダリア・ソル・エルトリートと、ケイン・アズワードの決闘を開始する!勝利条件は、どちらかが戦闘不能になるか、降参をするまでとする!お互い、武器は己の所有物のみとし、他人の武器を使用することは禁止とする!また、スキルの使用は禁止とする!」
ゲランドが、片手を上げる。その瞬間、空気が張り付いたように静まりかえり、そして――
「それでは……始めっ!」
その手が振り下ろされ、決闘が始まった。
*
ケインとダリアは、ほぼ同時に地面を蹴り、その距離を一気に詰める。
そして、ケインの刀―天華と、ダリアの細剣―エンプレスが、火花を散らして激突した。
「「っ!」」
お互いに、激突した際の衝撃を受け、驚きを露にする。
ケインは、細剣でありながら、とてつもない衝撃を与えてきた、ダリアの底知れぬ力に。
ダリアは、まだ軽いであろう攻撃ですら、僅かな痺れを感じるほどに重い、刀の一撃に。
そして、互いに距離を取るため、後方に跳躍。再び構え合い、激しい剣舞が始まった。
ダリアは、細剣という特徴を活かし、時折鋭い突きを見せながら、連続で攻撃を浴びせていく。
対するケインは、細剣の素早い攻撃に、若干押されつつも、確実に芯を捉えた攻撃をしていく。
戦況は、一見すればダリアが有利に見える。しかし、一撃の重さは、見た目以上にケインの天華の方が重い。一概に、どちらが有利とも言えない状況であった。
「ふはは!楽しい!楽しいぞ!このような戦いは久しぶりだ!」
「……っ!」
「さぁ、もっと余を楽しませろ!」
突如、ダリアの攻撃が激しさを増す。
より早く、より鋭く、より美しく。ダリアの剣舞は、相手をしているケインですら見惚れるほどに美しく、そして、強烈だった。
「ぐっ!?……っの!」
「うぐっ!?」
ケインは、ダリアの攻撃をなんとか捌こうとするも、攻撃の鋭さを捉えきれず、肩にエンプレスが甘く突き刺さってしまった。
ケインに激痛が走る。が、同時に天華がダリアに襲いかかる。ダリアはそれをかわそうとしたが、エンプレスが肩に刺さっていたのが災いし、上手くかわすことができず、腹部に一撃を貰うことになった。
お互い、初めて体に大きなダメージを負う。
しかし、お互いに体の心配をしている余裕など無かった。心配などしていたら、その隙をつかれてしまうから。
それに、このグラウンド自体には、不殺の力が働いている。流石に、小さな怪我や痛みは防ぐことはできないが、死に繋がるような攻撃は防ぐことができる。
だからこそ、互いに全力でぶつかり合っていた。
ダリアのエンプレスは、素早い攻撃こそできるものの、単純な攻撃力はない。ダリア自身の技量があるからこそ、その辺りのカバーができている、とも言える。
ケインの天華は、攻撃力こそ高いが、その重さゆえに、細剣のような小回りが効かない。しかし、ケインの才能は凄まじく、まるで、体の一部であるかのように扱えるようになっていた。
一進一退とも言える戦いは、ぶつかり合う度に激しさを増していく。そうして何度目かのぶつかり合いの直後、ダリアが大きく距離を取った。
「ふふっ、あっはっは!強いな、ケイン!」
「……そりゃどうも」
「あぁ、こんなにも楽しい戦いは久しぶりだ!だからこそ、本気で相手をしよう……!」
「何っ……!?」
ダリアが、右手に持っていたエンプレスを左手に持ちかえると、そのまま右手を空にかざす。
その直後、ダリアの背後から、赤い大剣が投げ飛ばされた。その大剣は、ダリアの側に突き刺さる。
そして、左手に持ったエンプレスを地面に突き刺すと、かわりにその大剣を手に取った。その瞬間、ダリアの顔付きが変わる。
それまで悠々としていた顔が、まるで戦闘に餓えた獣のような、ギラギラとしたものへと変化する。
「悪いが、もう妾は止まれぬ……死ぬなよ?」
不穏な言葉と、獣のような笑顔と共に、ダリアが駆け出す。
瞬間、業風と強烈な衝撃が、その場の全員に襲いかかった。




