176 ダリア・ソル・エルトリート
エルトリート王国騎士団長ダリア。
その正体は、エルトリート王国第一王女、ダリア・ソル・エルトリートである。
なぜ、第一王女である彼女が、王城ではなく騎士団にいるのか。その理由は、彼女に王としての才が無かったに他ならない。
国を纏め上げる才能も、国を知り、経済を回す才能も無かった。
しかし、彼女は戦闘において天才であった。
自らの置かれている状況を把握し、瞬時に対応。味方の位置や敵の動きを把握し、的確な指示を飛ばす。
自身に襲いかかってくる敵は、彼女の操る細剣に阻まれ、触れることすら許されない。
まさに、戦闘の天才とも呼べる彼女は、騎士団に入団するや否や、その才能を遺憾なく発揮。
それまで、騎士団総出でも手こずっていたモンスターを、呆気なく撃沈させたことに始まり、他国との戦闘訓練において、単独で相手を全滅。
国境に沸いたモンスターの大群の殆どを、たった一人で殲滅させるなど、規格外なことを次々とやってのけたのだ。
やがて、その圧倒的な力と、それに似つかわしくないほど優雅な戦いっぷりから、剣姫と呼ばれるようになった。
そんな彼女、ダリアは今――
*
「なぁケイン、お前は今何歳なのだ?」
「え、えっと、ダリア……様?」
「ダリアで良い!それで、何歳なのだ?」
「も、もうすぐ十九、ですけど……」
「十九か、若いな!妾は今年で二十四になる」
「二十っ……!?」
「まぁ歳の差など関係ない!だから妾と愛を――」
「〝防壁〟」
「おぉぅ!?」
ダリアが王女であると分かった後、俺達は王城のとある一室に待機させられていた。
ダリアの両親――この国の現国王と女王が、すぐには手を離せない案件を処理していたこともあり、ゆっくりと話をするために、一時的にここで待機することになったのだ。
部屋にいるのは、俺達とダリア、そして……
「……姉さん。気持ちは分かったから、じっとしていなよ……」
「ランデルよ。妾には、この溢れる思いを止めることはできぬ!故に、こうして互いを知るための会話を――」
「それも分かってるから!少しは落ち着いて!」
ダリアの暴走を、なんとか沈めようとしているのは、ダリアの弟。
名前は、ランデル・ソル・エルトリート。
ダリアと違い、ランデルは王城に深く関わっている仕事をしており、今はまだ勉学に励む時期ではあるが、ゆくゆくはこの国の新国王となる存在である。
「はぁ……すみません、ケインさん。姉さんがご迷惑をおかけして……」
「い、いや……いや、うん。そうだな……」
「なぜそんな顔をしているのだ?」
「姉さんのせいだよ……」
だというのに、今のところ、ダリアに振り回されているところしか見ていない。言動からして、恐らくこれまでもダリアに振り回されて来たのだろう。
だが、とても仲の良い姉弟、といった雰囲気が感じられる。俺が仲の良くない家庭に生まれているからこそ、ひしひしと感じているのかもしれない。
と、少しして、部屋の扉が開かれた。
ダリアとランデルの両親が現れ、ダリア達は俺達の正面から、横の方へとずれる。そしてかわりに、二人の両親がそこへ座った。
「……さて、はじめまして、だね。私はブラウン・ソル・エルトリート。この国の国王だ」
「私はクローティ・ソル・エルトリート。この国の女王であり、二人の母です。よろしくね」
「はじめまして。俺……いえ、私はケイン・アズワードと申します。こうして対談の機会を設けていただいたこと、とても光栄に思います」
「おや……珍しいね。今の世の中に、ここまで丁寧に話すことができる冒険者がいたとは」
「でも、気にすることはありませんよ。普段通り、砕けた言葉でも構いませんから」
「わかり……いや、分かった。そうさせてもらう」
正直、久々に敬語を使った気がする。
前までは、立場の高い相手には、こうして敬語を使って会話をしていたのに、今では敬語を使う方が落ち着かなくなってきている。
俺も、昔の自分から抜け出せて来ているのかもしれない。
……などと、思い耽っている余裕などない。
敬語を使うか使わないかなど、今起きている問題の前では、些細でどうでもいいことだ。
「……さて、本題に入る前に……ダリア、一つ聞かせてくれ」
「なんですか?父上」
「お前は、これまでの見合い相手について、どう思っている?」
「上辺っ面だけの腹黒い男達の事なんて、記憶にないわ」
「わかった……さて、ケイン君。聞いてもらってわかるとおり、ダリアは騎士団長とは言え、この国の王女である。当然、見合い話は絶えず来ているのだが、全てダリア自身が断っているのだ。……しかし、今回はダリア本人が君との結婚を望んでいる。親としては応援したいのだが、国王としては、厳しいと言わざるを得ないのだ」
ブラウン王の意見はごもっとも。
一国の王女が、ただの一般人に求婚する。親としては、娘の恋を応援したくても、国王という立場がそれを許さない。
仮に彼が認めたとしても、国全体が認めるとは限らない。それこそ、貴族からの反感を買う結果になるだろう。
まぁ、そもそも受けるつもりもないのだが。
「さて、それを踏まえた上で、君の意見を聞かせてくれ」
「結論から言っても?」
「構わないよ」
「お断りします」
「っ、何故!?」
「ちょっ、落ち着いて姉さん!」
俺が断ると、ダリアが驚きの声を上げながら立ち上がり、ランデルが必死に止めている。
先程まで少し暗かったメリア達の顔も、僅かに明るくなった気がする。
「理由を聞いてもいいかい?」
「まず一つ、これはさっき貴方が言ったように、身分が違いすぎること。一国の王女と、ただの冒険者が結婚なんて、周りが認めるとは到底思えない」
「だがっ、そんなの些細な――」
「……ダリア、少し黙っていなさい」
「っ!……はい」
ブラウン王が、ダリアを一喝。
流石のダリアも、これは無視できず、大人しくなった。
「……すまないね、続けてくれ」
「あ、あぁ……二つ目は、優先度の話だ。仮に、俺とダリアの結婚が認められたとしても、俺は絶対にダリアを優先しない」
「……っ!」
「貴方なら、この意味がわかるだろ?」
「あぁ……それは、確かに問題だね……」
「えっ、と……どう、いう、こと?」
俺の発言に、隣にいたメリアが問いかけてくる。ナヴィ達も、何人かは俺の言葉の意味を理解しきれていないようだった。
……これ、言うの恥ずかしいんだけどな……
「……俺には、メリア達がいる。たとえ俺が、ダリアと婚約することになったとしても、俺は王女であるダリアではなく、メリア達を優先する」
「ふぇっ…!?えっと……?」
「国にとって、婚約する順番っていうのは、一般人が複数人を娶る時とは違う意味を持つ。基本的には、地位の高い者を優先し、地位の低い者を後にする、って考えればいい」
「う、うん……」
「わかりやすく例えるなら……ガラルだな」
「ん?オレか?」
「あぁ。ガラルは、俺達の中じゃ一番遅く仲間になった、言わば新人だ。だが、ガラルは俺の従魔、言わば直属の部下だ。そんな俺が、ガラルを優先するってなったら、どう思う?」
「……それ、は……嫌」
「オレも、あまりいい気にはなれねぇな」
「そういうことだ。俺は、例えどんな身分だろうと同じように扱う。王女だとか、従魔だとか、そんなことで優先順位は変えられない。それだけのことだ」
王族における婚姻の順番とは、言わば格付けのようなもの。値が低いほど偉く、値が高いほど下っ端となる。
そのため、王女であるダリアと婚約することになった場合、本来なら、第一王妃として迎えることになる。
しかし、俺はダリアを優先しないと言った。
それは、例えダリアが王女であろうと、お構いなしに値を下げる、という意味である。
自分で言うのも恥ずかしいが、俺とメリア達が婚約することになったとして、そこにダリアが加わるとしても、ダリアは最も位の低い場所での結婚になる、ということである。
それは、王族にとって屈辱的なことだろう。
「……そして三つ目。貴方は、俺達のパーティー名を知らないだろ?」
「あ、あぁ……」
「〝不抜の旅人〟その名の通り、俺達は旅人。どこかに属するつもりも、どこかに留まるつもりもない。自由に世界を渡り歩き、出会いと別れを繰り返しながら、前に進む。それが俺達だ。この国に縛られるなんて、まっぴらごめんだ」
本当は、もう一つ理由があるのだが、それを言うことはできない。言えば、俺達の旅は終わってしまうから。
隠し通さなくてはいけない秘密を、こんなところで暴露する訳にはいかないのだ。
流石にここまで言えば、ダリアも諦めるだろう。
……そう、思っていた。
「まぁ、そういう訳だ。確かに、王女から好かれるというのは名誉なことだろう。王族になれば、豊かな生活になるだろう。けれど、俺達は自由でいたい。苦難も、苦しみも、全部背負って生きていたい。だから――」
「ならば!妾も一緒に行くぞ!」
「……話、聞いてたか?」
「聞いていた!要するに、王女という肩書きが邪魔なのだろう?ならばそんな肩書きなんぞ、この場で捨てても構わぬ!」
「姉さん!?」
「騎士団も抜ければ良いのだろう?妾も冒険者となれば、共に――」
「それは容認できぬな」
「なぜですか父上!妾は――」
「今お前に抜けられたら、我が国の騎士団は一気に弱体化する。それは非常に困るのだよ」
「だっ、だが、彼らは妾抜きでも――」
「強いだろうな。だが、一対一なら、恐らく君に勝てるかどうか分からないだろう」
「……俺に?」
「見たところ、君はかなりの修羅場を潜り抜けてきたように思える。そんな君に、命がかかったような戦いを経験したことのない団員達が、果たして勝てるだろうか?」
「……」
戦いにおいて、生きるか死ぬかは当然のこと。
ガラルがそうであったように、弱ければ強い者に喰われ、命を落とす。俺のように、相手に情を抱くなんて、まずあり得ないだろう。
戦場に立った時、それを覚悟できなければ、その者に戦う資格はない。恐らく、今の団員には、そういった覚悟のできる者はあまりいないのだろう。
国王として、それは当然の判断だろう。だからこそ、ダリアの怒りに気がつくのが遅れた。
「ダリア、お前の気持ちはわかるが――」
「嫌だ!」
「っ、ダリア!?」
「妾は、ケインに惚れたのだ!一目惚れしたのだ!それを、国を盾にして阻止しようなんぞ、妾は認めない!」
ダリアが、自分の父上に―国王に、刃を向ける。
それはあり得ない光景であり、ランデルも、ブラウン王も、クローティ女王も、俺達も驚いた。
「好いた者の側にいたいと思ってなにが悪い!どれだけ正論を並べようと、妾のこの気持ちは変わらぬ!だからケイン!」
家族に向けた刃を、今度は俺へと向ける。
その目には、覚悟が宿っていた。
「妾と戦え!妾が勝ったら、妾と結婚せよ!ケインが勝ったのならば、その場でケインを諦める!」
「……っ!」
……これは、分の悪い賭けだ。
こちらは、ガラルとの戦闘の疲れが、まだ抜けきっていない。今の状態で戦えば、負ける可能性の方が高い。
断ることもできる。だが俺は、覚悟を決めた目を向けられて、断ることができるような、図太い心を持った人間ではなかった。
「……分かった」
「っ、ケイン!?」
「……いいのかい?」
「……あぁ」
俺とダリア、お互いの譲れぬ思い。その結末を決める戦いが、始まろうとしていた。




