175 恋する少女達の争い
「ちょっ……団長!?何を言っておられるのですか!?」
「何をって、無論、愛の告白を――」
「貴女は、ご自分の立場を理解しておられますよね!?冗談も大概に――」
「余は本気だが?」
「…………」
はっ、と我に帰った副団長であるゲランドが、団長であるダリアに問い詰める。が、ダリアは俺の手を離すことなく、一切の迷いもなく言い切った。
しかし、その手はすぐに離されることになる。
「貴様ぁ……ケインになぁに色目使ってんだァ!」
「離っ、れてっ!」
「ぬおっ!?なんだ貴様ら!」
「ケイン!大丈夫!?」
「え、あ、あぁ……」
「おのれ……女狐が……!」
俺の背後から、鬼の形相をしたアリスと、メリアが現れ、俺の手を握っていたダリアの手めがけてチョップを噛ました。
ダリアも、目の前のことに夢中になっていたせいか、突然の二人の行動に反応できず、その手を離した。
そして、メリアとアリスが俺の前に立ち、ダリアを睨む。ダリアも、邪魔をされたのが気に食わなかったのか、二人を睨んでいた。
……なんか、背筋が凍るくらい怖いんだけど……
「で?なんだ貴様らは?」
「そっちこそ、何様のつもり?」
「質問しているのは妾だ」
「ケインの恋人ですが何か?」
「見え透いた嘘だな」
「言い切れる自信はどこから来るのかしらね?」
「余は数多の戦場に出向いてきた。嘘をついているかどうかくらい、容易にわかる」
「……チッ、めんどくせぇ……」
「さぁ、わかったらそこを――」
「退くと思うのかしら?」
「「……」」
アリスとダリア、二人の睨み合いと言い争いが続く。
周りにいた団員達の様子はと言うと、二人の剣幕に気圧されている者、どういうことだ!?と騒いでいる者、突然のことで呆然としている者、慌ててどこかへ向かっていった者と様々。
と、俺の横に並んだナヴィが、ダリアを睨むように見つめた後、なにかを思い出したような顔をした。
「……あぁ、思い出したわ。彼女、温泉で会った人よ」
「ん?……嗚呼、確かにそのようだ」
「お前ら、知っているのか?」
「前に温泉に赴いた時、ナヴィが少々悪ふざけをしてな。リザイアが誤って竜の息吹を使ったのだ」
「……二人とも、後で詳しく」
「「……はい」」
「その時、我らの他に客がいたらしく、我らに注意をしていったのだが……まさか、騎士団長であったとは……」
リザイアも、少しばかり顔を強張らせてダリアを見つめる。
……というか、いつのまにかイブも、俺の前に立ってるし……
と、そんな殺伐とした空間に、慌てたような足音が近づいてきた。そちらを振り返ってみると、団員が数名と、やけに羽織りの良い青年が、こちらに走ってきていた。
「姉さん!」
「むっ?ランデルではないか。今の妾はお前に構っている暇など……」
「姉さんに無くても、こっちにはありますよ!初対面の相手に告白だなんて、なにを考えているんですか!?」
「い、いや、妾はただ思いを……」
「姉さんは、自分の立場がどういうものか分かっていますよね!?」
「うぐぐ……」
どうやら、やってきたのはダリアの弟のようで、アリス達の間に平然と入り込んで来た。
ダリアも、弟には手を出しづらいらしく、少しばかり困ったような表情をしていた。
「大体、ここでもし姉さんの告白を受け止めたとしても、父上が許すわけが――」
「なら、先に許しを得れば良いのだろう?」
「……え?」
「えっ?ちょっ、姉さん!?」
「行くぞ!妾たちの愛のために!」
「えっ、ちょっ――」
早っ!?ってか力強っ!?
唐突に手を握られたかと思えば、そのままどこかへと走り出すダリア。メリア達も予想外だったのか、すぐに対応できず、俺は簡単に連れ去られていった。
「あぁっ、もう!えっと、あの男性のお仲間さんですよね!?」
「え、えぇ」
「一緒に来てください!話は後でしますから!」
「わ、わかったわ」
弟と、メリア達も後を追ってくる。
しかし、人の目があるせいで、メリアとユアは本来の動きを取ることができず、距離を詰めきれずにいる……って、どんな速度してるんだ!?
そうして俺が連れ込まれたのは……まさかの王城。その中でも、少しだけ豪華な扉の前で止まると、その勢いのまま扉を開いた。
「父上!母上!」
「うぉっ!?なっ、なんだ!?」
「ダリア?どうしたのです?……というか、そのお方は?」
中にいたのは、豪華な服装に身を包んだ、優しそうな男性と、落ち着いた様子の女性。ダリアが父上、母上と呼んだ辺り、ダリアの両親なのだろう。
……今、すごく嫌な予感がしているのだが……
「姉さん待っ――」
「妾は、この者と結婚したいと思っている!」
「「はいっ!?」」
「お、遅かっ……」
ダリアの両親は目を大きく広げて驚き、ダリアを追ってきた弟は膝から崩れ落ちた。
そして、メリア達はと言うと……
「めぇ~ぎぃ~つぅ~ねぇ~がぁぁぁぁ!」
「ケイン、からっ、離れろっ!」
メリアとアリスが、本気でダリアに襲いかかる。
しかし……
「ふっ!」
「「なっ!?」」
「ふん、二度も喰らう妾ではない!」
二人の攻撃を、ダリアは意図も容易く受け止める。アリスは、槍を抜いていないとはいえ、制限解除を使っていた。そのうえで、軽々と。
メリアとアリスは、苦虫を噛むような顔をして、ダリアの手を払い、少しばかり距離を取った。
と、そこでダリアの両親の声がかかる。
「わからん……なにがどうなってるのかさっぱりわからん……」
「だ、ダリア?さっきの発言は一体……」
「ですから、妾はこのケインと結婚をしたいと言っておるのです!」
「……ダリア、お前の気持ちはわかった。だが、彼の気持ちをないがしろにしているのは、感心しないな」
「そ、そうね……大体、彼と貴女では身分が違いすぎるでしょう?」
身分が違う。
その言葉を聞けば、方や冒険者、方や王国騎士団長。そういった意味に聞こえる。
だが、俺は猛烈に嫌な予感を感じていた。
そもそも、どうしてこの王城に、団長の弟がいるのだろうか。勤務場所は違えど、同じ職場に就いたのなら、それはそれで理にかなっている。
――だが、そこに両親まで加わった。
この王城に、一家全員がここまで関わる理由。それは、一つしか思い浮かばない。
「ダリア、貴女は仮にも王女なのですよ?その自覚が足りません」
「ですが!」
「ちょっ、ちょっと待った!お、王女…?」
「む?あぁ、名乗るのを忘れていたな」
ダリアは、少しばかり俺から距離を取ると、俺と――メリア達を見て、自分の正体を明かした。
「妾の名はダリア・ソル・エルトリート!エルトリート王国第一王女である!」
『は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
再びの絶叫が、今度は王城に響き渡った。




