174 エルトリート王国騎士団 その2
「許可は得てある。こちらに来たまえ」
「は、はぁ……」
俺達が連れてこられた場所。それは、この国を象徴する建物、エルトリート城そのものだった。
王国騎士団なので、当然と言えば当然かもしれないが、俺達はよそ者。万が一のことを想定して、ここではない場所で会うのかと思っていたのだが、まさか、ここに連れてこられるとは思っていなかった。
とはいえ、王城に入る訳ではなく、城の敷地内にある、騎士団用のエリアに連れていかれるようだ。
勿論、道中も厳戒体制を保っており、俺達が変な行動を起こさないように見張っていた。
「さぁ、ついたぞ。ここが我らの本拠地であり、団長の待つ場所である」
「ここが……」
そこは、城の敷地内にあるとは思えない程広大な場所であった。
三階建ての長屋がL字の形で一戸、道場のような建物が一戸存在しており、中庭のような場所では、何人もの騎士団員が戦闘訓練や体力作りに励んでいた。
と、俺達をここまで連れてきた騎士団員の元に、別の騎士団員がやって来た。そして、三回ほど言葉を交わすと、再びこちらへ戻ってきた。
「すまない、団長は今、別件で王に呼ばれているそうだ。三十分くらいすれば戻ってこられるそうなので、それまで待たせることになる。構わないか?」
「あぁ、問題ない」
「助かる。待ってもらう間は、この敷地内であれば好きに移動してもらって構わない。ただし、変な行動を起こせば、すぐに団員達が駆けつける。それだけは忘れないようにしてくれ」
「わかった」
そう言って、騎士団員は俺達の側から離れていったが……正直、見たい場所もなければ、やりたいこともない。
かといって、特訓をするのも違うし、訓練に混ざる気も起きない。
なので、訓練を観察することにした。
始めに目についたのは、剣の打ち合い訓練。
基礎がしっかり身に付いているためか、動作の一つひとつに無駄がない。まさに理想的な動きと言えば聞こえは良いが、良く良く見ると、動きが単調になっている。
あれでは、パターンを覚えられてしまっては、満足に攻撃できない。騎士団だからといって、搦め手を使わないというのは、とても勿体無いと感じてしまった。
次に目についたのは、体作りをしている者たち。
腕立て伏せや走り込みなど、体力をつける意味では大切なことではあるが、せっかく甲冑があるというのに、着衣していないのは勿体無い。
戦いでは、甲冑を着けて動き回る。ならば、普段から甲冑を着けて訓練するべきだろう。
そんな訓練をぼうっと見て暇を潰していると、いつの間にか時間が経っており、ほぼ三十分ピッタリに、先程案内してくれた騎士団員とは別の団員がやって来た。
見た目的には、三十代くらいだろうか?他の団員のおおよその年齢からして、団長と言われてもおかしくないだろう。
「あなたは?」
「はじめまして、私はゲランド。この王国騎士団の副団長を勤めさせてもらっています」
「副団長でしたか。俺はケイン・アズワード。此度はお招き頂き、感謝致します」
「おや、礼儀正しいね。だが、君は冒険者だろう?そんな律儀な態度じゃなくていい。私も、これから会う団長も、その方が気楽でいいからね」
「……わかった。そうさせてもらう」
「それじゃあ行こうか。ついておいで」
どうやら、副団長だったらしい。
一応敬語で話そうとしたのだが、断られたので砕けた口調に戻し、副団長の後を追う。
連れてこられたのは、道場のような建物の方。
中に入ると、そこはまるで、王城における謁見の間のような作りになっていた。
「団長、ケイン・アズワード様と、そのお仲間様をお連れしました」
「うむ、ご苦労であった」
副団長が一言口にすると、奥の方から返事が帰ってきた。
……もしかしてだが、団長は女性なのではないだろうか?そう思ったのは、帰ってきた返事が、あまりにも女性らしい声だったから。
その予想は、どうやら的中していたようで、奥から現れたのは女性であった。
「……あれ?あ、の人…どっか、で……」
「ん?知っているのか?」
「知ら、ない、けど……どっかで、見た、ような気が、する……」
メリアが見たかもしれないという女性を、俺も改めて見る。
瞳は黒く染まっており、髪は、赤と青という相反する色が、ストライプのように綺麗に並んでいる。
そして、髪と同じ、赤と青のラインが入った、白銀のドレスアーマーらしき防具を身につけており、胸元が苦しいのか、やけに胸元を強調するようなデザインになっていた。
あまり見るのも悪いと思うが、その大きさはウィルやユアより大きいように思える。
武器らしきものがついていないように見えるが、本来は身に付けているのだろう。腰あたりにホルダーらしきものが見えた。
「はじめまして。私はダリア。この騎士団の団……長……を……」
「……?」
「団長?どうかされましたか?」
ダリアと名乗った女性は、こちらに近づいてくるや否や、言葉を詰まらせ立ち止まった。
その目は、俺を捉えているらしい。俺から視線が離れていないように思えた。
そして、再び歩き出したかと思うと、一直線に俺の元へとやって来て――俺の手を取った。
「え、えっと……?」
「そなたが、ケイン・アズワードだな?」
「え?あ、あぁ……」
「ケイン、妾と……結婚してくれ!」
「……へ?」
ダリアが、黒き瞳に桃色のハートを宿し、そんな言葉を口にした。
瞬間、世界が凍りついたような静寂が訪れる。
俺も、メリア達も、副団長も、その場に居合わせた団員達も。
全員の思考が停止し、そして――
『は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
静寂を吹き飛ばすような、驚愕の声が響きわたった。




