173 エルトリート王国騎士団 その1
十八章、開幕です。
この大陸における中心都市、王都とも呼ばれる都市の名は、エルトリート王国。
王都と呼ばれているだけのことはあり、都市全体が活気に溢れており、常に賑わいを見せている。
そんな王都でも、治安がものすごく安全であるとは限らない。
殺人のような大きな事件ではなく、食い逃げ、ひったくり、詐欺……小さな悪意は、都市が大きくなればなるほど増えていく。
だが、それらはすぐに裁かれる。
エルトリート王国騎士団。この都市を守る、騎士団である。
彼らは、この王都を守るために日々鍛練をしているだけでなく、王都での犯罪を防ぐため、王都の至るところに配置されている。
また、彼らは危険を知らせるための魔導具を常備しており、緊急時には、大人数で対応することもある。
戦力もかなりのもので、噂によれば、騎士団団長は、Aランク冒険者以上の実力を持つとまで言われている。
なぜ、こんな話をしているのか。その理由は……
*
「王国騎士団の団長が、俺に会いたいと?」
「あぁ、どうするんだい?」
ガラルの事件が解決し、宿へと戻ってきた俺達。部屋を一つ四人部屋にしてもらい、ゆっくりとしていたところに、トーランさんがやって来た。
なんでも、騎士団の使者がこの宿にやって来たようで、
「この宿に泊まっているケイン・アズワードという冒険者に伝えてほしい。我らエルトリート王国騎士団団長が、貴殿に会いたいと仰った。返事は、明日の朝聞かせてもらう、と」
と言ったらしい。
声がかかるとは予想していたが、少し早いことに驚きつつ、心底面倒を感じながらため息を吐いた。
「えっと……どうするのかしら?」
「会うしか無いだろ……というより、ここで会わないという選択肢を選んでみろ。絶対に厄介なことになるぞ?」
「あはは……まぁ、そうさね」
トーランさんも、思わず苦笑い。
もしここで、俺が断ったとあれば、この国の騎士団団長の顔に、泥を塗ったことになりかねない。
そうなれば、俺達のこの国における立場は相当弱くなる。
一冒険者である俺達が、気にすることか?と思うかもしれないが、この王都には色々な場所に騎士団員がいる。
彼らからそんな噂を広げられては、俺達はこの国全体から疎まれる対象になるだろう。それだけは、避けなくてはならない。
「そういうことで、明日の朝、また使者がくるそうだし、それまでに準備をしておきな」
「あぁ……」
トーランさんが部屋を出ていく。
そして、俺は再び深いため息をついた。
騎士団団長からの誘い、それは間違いなく……
「騎士団への勧誘、だろうな……」
「……どうするの?」
「勿論断る。が、それで納得してくれるかどうか、それが問題だな……」
「組織の頂が納得しようと、下の者が納得するかどうかは別。恐らく、なにかしらの反発はあるだろうな」
「はぁ……憂鬱だ……」
俺達には、メリアという、決して知られてはならない秘密がある。
もし、このエルトリート王国に縛られてしまったとあれば、その秘密は早い段階で気付かれ、処されてしまうだろう。
それだけは、回避しなくてはならないのだ。
「弱気だなご主人サマ?」
「ガラルに言われると、そうとしか思えないな……いや、弱気になっているんだろうな」
「そういう時は、体を動かしゃいいんじゃねぇか?なんなら、オレと一戦――」
「やらないからな!?……だが、そうだな。じっとしているより、いいかもしれない」
「どこへいくの?」
「ちょっくら、外を散歩してくる」
そう言って、俺は部屋を出た。
受付で暇そうにしていたスティッシャさんに一言声をかけたあと、俺は街中へとくり出した。
日もそろそろ暮れる頃だというのに、王都はまだまだ活気に溢れている。
少し歩くだけで、辺りにいい臭いが漂ってくる。
俺は、ふと目についた屋台へと足を運ぶ。
「らっしゃい!」
「おじさん、この串焼きを二十本くれ」
「おっ、なんだ?見かけによらず大食いか?」
「いや、宿に仲間がいるからな。持っていってやろうと思って」
「ほほぅ、仲間思いじゃねぇか。よし、任せておけ!」
そう言って、新しく肉を焼き始める。肉にタレを塗りたくると、香ばしい臭いが爆発する。肉汁が下の火に落ち、火がより強く燃え上がる。
そうして焼けるのを待っていた時、叫び声が響いた。
「誰か!ソイツを止めてー!」
声のする方を向くと、そこには鞄を抱えてこちらに走ってくる男と、それを追いかける女性の姿が見えた。恐らく、ひったくりにあったのだろう。
このまま放置しても、いずれは騎士団に捕まるだろうが、生憎俺は、こういったことを無視することが難しい性格をしている。
「どけっ!」
「ほっ」
「なっ……ぐぁっ!?」
男の前に俺が立つと、男は無理矢理突破をしようとしてくる。俺は冷静に足を払い、そのまま男を地面に叩きつけ、取り押さえた。
「がっ、くそっ!離せ!」
「そう言われて、離すと思うか?」
暴れる男をそのまま押さえ続ける。
少しして、女性と、騒ぎを聞き付けた騎士団員がやって来た。
騎士団員に男を引き渡し、女性に鞄を返す。
女性は何度もお礼をしてくれて、そのまま元来た道を戻っていった。
その様子を見送ったあと、俺は屋台へと戻る。そこには、満面の笑みを浮かべたおじさんがいた。
「やるじゃねぇかあんちゃん!カッコよかったぞ!」
「そりゃどうも。それで、串焼きは?」
「おう!もう少しだけ待ってな!」
そう言われたので、少しだけ待っていると、再びいい臭いが爆発。そして、袋詰めされた串焼きが目の前に現れた。
「待たせたな!」
「ありがとう。これでいいか?」
「あぁ、問題ないぜ!まいどあり!」
おじさんから串焼きを受けとり、そのまま魔法鞄へ。そして、再び街中の散策を始める。
空は、すでに赤と紺の境へと変色していた。
街灯の灯りが街を照らし、昼間とは景色が一変する。
「……そろそろ戻るか」
俺は踵を返すと、仲間達の待つ宿へと戻っていく。
気付けば、俺の中にあったはずの、弱気な心は消えていた。
*
翌朝、俺達は宿の前で、それが来るのを待っていた。暫くして、遠くからこちらへと向かってくる一行が見えてきた。
「お前達が、ケイン・アズワードとその一行だな?話は伝わっていると思うが、ここで待っていたと言うことは、団長に会う、ということでいいのか?」
「あぁ」
「わかった。なら、ついて来るといい」
こうして、俺達は死地へと足を踏み入れることになる。
しかし、俺達は愚か、騎士団員も予想だにしない展開になるとは、この時はまだ、誰も知らない。




