171 強き心に、我が命を
「はぁっ……はぁっ……ぁっ……」
「主様、無茶をしすぎです」
「……悪い」
力尽き、ぐらりと倒れ混む俺を、ユアがすかさず支えにはいる。そして、そのまま肩を借り――鬼人の方へと向かう。
「ごふっ……かはっ……」
出血多量。俺が反撃で傷つけた胸元から、ドクドクと血が溢れ出ていた。
それに加え、最後の一撃が効いたのか、倒れ込んだまま息を荒げるだけで、動くことはなかった。
最後、俺が反撃を決めることができたのは、いくつかの条件を満たしておく必要があった。
一つ、相手の体力を、出来る限り減らしておくこと。
二つ、相手の全力を受けきること。
三つ、最後まで創烈を見せないこと。
これらの条件を満たせていなければ、反撃は決まっていなかっただろう。
それに、隠し玉はもう一つある。それが、ソーサラーの塔で手に入れた〝不屈〟のスキルだ。
不屈の能力を簡単に説明するなら、「耐えるスキル」である。
本来の使い方は、盾役が〝挑発〟をしてヘイトを集め、不屈で耐えている隙に、仲間が攻撃、といった感じのものだ。
だが、この不屈は、反撃とも相性が良い。反撃はその特性上、必ず攻撃を受ける必要がある。しかし、いくら反撃が強かろうと、その一撃でやられてしまっては意味がない。
そこで、不屈による〝耐え〟を使うことで、確実に反撃を決めることができる、というわけだ。
ただし、不屈では、受ける痛みは消えない。痛みで動けなければ、結局反撃は使えなくなってしまうことには注意しなくてはならない。
「ゲホッ……は、ははっ……なんだ?笑いにでも……ゴホッ、来たのか?」
「……そんなつもりはない」
「まぁ、そんなの、どうでもいいけどな……さぁ、さっさと殺せ。テメェの目的を果たせ」
「……どうして、そこまで死に拘る」
「言っただろ?命をかけた戦いでなきゃ、テメェら人間は、力を出しきらねぇ。オレがやりたいのは、そういう、ケンカだからな」
「………」
「そういう、わけだ。とっととオレを殺――」
「断る」
「……なに?」
俺の言葉に、思わず鬼人の目が開かれる。それは、こちらに来ていた仲間達も同じようで、その目は大きく見開かれていた。
「どういう、つもりだ、テメェ……!」
「悪いが、お前は殺さない……いや、違うな。俺は、お前を殺せない」
「んだと…!?」
「お前も、俺に言っただろう?俺は弱いと。そう、俺は弱いんだよ。弱いからこそ、俺は人を殺すことに、どうしても抵抗がある」
「……」
「俺は、大切な仲間を、命を懸けてでも守ると決めた。でも、俺の心は、未だ人間のまま。いつか、世界を相手にする日が来るというのに、俺は……人を殺すことを嫌悪している。だから、俺はお前を殺せない」
恥ずかしい話だが、全て事実。
俺は、世界を敵に回していると言っても過言ではないというのに、未だに心は非常になれていない。
世界を敵にした時、世界は、容赦なく俺達を始末しようとするだろう。その時俺は、抵抗できるのだろうか?
少なくとも、今はできない。人を殺すことに嫌悪感を抱いている時点で、それは明らかだろう。
そんな俺の答えを聞いた鬼人は、片手で顔を隠すと、その顔に笑みを浮かべた。
「くっ、くくくっ、ハッハッハッ!」
「……」
「そうか……テメェはオレを人と呼ぶか!笑える!笑えるぜ!」
「……なぜ笑う?」
「それは、こっちの台詞だ。オレはモンスター、人間じゃねぇ。情を抱く道理もねぇハズだ」
「……悪いな。俺は、お前を人間として見てしまった。だから、俺には殺せない」
「く、くくくっ……心、変わらず、か…!」
「お、おい!?」
鬼人が、怪我をしたまま立ち上がる。しかし、足元は於保つかず、立っていることすらやっとのようだった。
「オレの負けだ……お前、名前は?」
「……ケインだ。ケイン・アズワード」
「そうか……ケイン、お前は強ぇ。力よりも、魔力よりも、心が強ぇ!そんなお前を、オレは気に入った!」
鬼人の傷は、まだ癒えていない。だというのに、その顔には笑顔が張り付いていた。
「なぁケイン。オレを配下に加える気はねぇか?」
「……なんだと?」
「言葉通りだよ。オレはお前が気に入った。お前の下でなら、戦ってもいいと思った。……もう一度聞くぜ?オレを、配下にする気はねぇか?」
鬼人が、その手を俺に向ける。俺は、その手を取るべきか迷った。
確かに、彼の提案は魅力的だ。鬼人の力は、対峙した俺達が一番よく知っている。戦力にできれば、心強いことにかわりない。
だが、彼は闘争を好んでいる。もしそれで、周りに迷惑をかけてしまったら……そんな葛藤が、俺の頭の中で続いていた。
だが、それを破る者がいた。
「少し、よろしいですか?」
「……イルミス?」
「なんだ?竜人よ」
「とりあえず、あなたは応急処置をするべきかと」
「別にオレは……」
「メリアさん、お願いします」
「え?えっと、その……」
「お願いします」
「う、うん……〝回復〟」
イルミスに気圧されるように、メリアが鬼人を回復させる。ただ、血を止める程度までは回復させたが、それ以上はしなかった。
「ありがとうございます。……さて、ケインさん。あなたは、とても優しいお方です。今も、彼を巻き込んでいいものか……と悩んでいるのでしょう」
「……っ!あ、あぁ……」
「対するあなたは、ケインさんになら支えてもいい、そう考えているんですよね?」
「お、おう……」
「なら、答えは出ているのではないのですか?」
「「っ!?」」
「ケインさん。彼は、あなたが考えているより、ずっと単純です。そんな真っ直ぐな思いを、あなたは否定できない。なら、それで良いのではないですか?」
「それで、良い…?」
「彼が惚れ込んだのは、その「心」なんですよ?」
「……っ!」
その言葉は、俺の悩んでいた心に、ストンと収まった。
―そうだ、何を悩む必要がある。
今目の前にいるのは、俺を認め、好感を抱いている人なのだ。
「配下になるということは、俺に従って貰うことになる。お前はそれでもいいのか?」
「構わねぇよ。戦わせてくれりゃあ、それでいい」
「俺達についてくるということは、世界を敵に回すということになるぞ?」
「世界が敵に?おもしれぇじゃねぇか!オレはモンスターなんだぜ?元からオレは、世界から嫌われてるしよぉ!」
「……分かった。なら、よろしく頼む」
「おぅ!」
本当に、この選択が正しいかなんて、わかるわけがない。けれど、後悔しない選択をしたと思う。
だが、これで解決――とは、ならなかった。
「じゃあ早速、オレとの契約を――」
「……ん?契約?」
「おいおい、オレはモンスターだぜ?町とか国とか、普通に入れるわけねぇだろ」
「……あっ」
しまった。忘れていた。
メリアとイルミス。二人もモンスターだが、見た目で誤魔化している。ゴーストであるレイラは、そもそも害ある存在として見られていない。
だが、彼は鬼人。テイムしている訳でもない為、町や王都へ入るのは不可能である。
再び悩む俺を救ってくれたのは、これまたイルミスであった。
「でしたら、従魔契約をされては?」
「従魔契約、って確か……」
「我に使わせようとしたやつだな」
「うっ……わすれてください……」
「そんなことがあったのですか?ですがあれは、人とモンスターの間でしか使えませんよ?」
「えっ?そうなのか?」
「はい。元々、従魔契約というのは、王族が自らの保安の為に生み出した技術ですし……」
さすがはイルミス、と言ったところ。長く生きているだけあって、歴史にも詳しいようだ。
「イルミス、一応聞くが……従魔契約のやり方ってのは……」
「はい。知っていますよ」
「……教えてくれ」
「わかりました。……とは言え、やり方は難しくありません。「魔力を込めて、特定の言葉を紡いだあと、最後に名前をつける」だけです。ただし、相手が名前を気に入らなかったり、そもそも契約しようと思っていなければ、契約はできませんが」
「……ちょっとまて。な、名前?」
「はい」
「……お前、名前とかは……」
「無いが?」
「……ですよね」
……どうやら、彼に名前をつけなければいけないようだ。そういえば、先程から「彼」と呼んでいたが、性別を聞いておくべきだろうか?
「なぁ、お前の性別ってなんだ?」
「オレか?オレは雌だが?」
「そっか……って『雌!?』」
「うぉっ!?なんだよ!?」
「む?貴様ら、気づいていなかったのか?」
リザイアを除く全員が、驚きをあらわにする。
仕方ないだろう。なにせ、見た目も口調も完全に男なうえ、色々とガサツすぎるし、そしてなによりも、女性の象徴が無いを通り越して無。真っ平らである。
というか俺、女性の胸を切ったの?
「……すまん、てっきり男だと……」
「ハッハッハッ!そんなこと気にすることねぇよ。オレはオレだ。雄雌なんざ、気にしてすらいねぇからな!」
「そ、そうか……」
「それより、雌だからって、雌に寄せた名前をつけるんじゃねぇぞ?カッコいいのを頼むぜ?」
「カッコいい方がいいのか?」
「あたぼうよ!その方が似合うだろ?」
……変に意識してしまったが、彼女……いや、彼は気にしていないどころか、むしろ、考え方まで男であった。無駄に意識してしまう方が、彼にとっては失礼になるだろう。
少し悩んだ後、イルミスに言葉を聞いた。
「イルミス、契約に使う台詞は?」
「はい。それは――」
「……分かった」
「決まったのか?」
「あぁ」
「あ、そうでした。一つだけ言い忘れていたことがありました」
「……なんだよ」
「彼のことです。あなたがもし、名前を受け取った場合、かなりの痛みが襲ってきます。ですがそれは、従魔契約が成立した証。少しだけ、辛抱してください」
「痛いのは馴れてるから問題ねぇよ。さぁ、いつでも来い!」
痛みを伴うと知っても尚、臆することなく向かってくる彼に苦笑しつつ、俺は彼に手の平を向ける。
そして、魔力を込めて、契約の言葉を紡ぐ。
『我、汝と契約を結ぶ』
『汝は、我の盾となり矛となり、その命果てるまで、我の一部として力を振るえ』
『故に汝の魂に、この名を刻む』
『汝の名は――』
鬼人(???)
顔 よく見ると中性
身長 二メートルに少し届かない
声 男にも女にも聞こえる(男寄り)
体つき 細身のわりに少し筋肉質
性格 戦闘好き、ガサツだがわりと器用
胸 まな板
男と間違えても仕方ない




