168 鬼人
「あれは……オーガ、ですの…?」
「に、みえるね……」
「でも、なんか違うような……」
現れたそれに、疑問に近いものを抱くウィル達。
そんな中、俺とアリスは、その正体に気がついていた。
「ケイン、あれって……」
「……あぁ、あれはオーガなんかじゃない。鬼人だ」
「鬼、人……?」
鬼人。それは、極々稀に生まれるという、オーガの変異種であるモンスター。明確なランクは定まっていないが、低く見積もってもAランクだろう、と言われている。
オーガよりも力や知能が高く、特に、力に関しては、自分の背丈より大きく、自分より何十倍と重いものであろうと、軽々と振り回せる程の力を持っている。
知識の方も侮れないと言うのは、聞いたことがあるが……喋ることができるなんて、聞いたことがなかった。
「さぁ!ケンカを始めようじゃ……」
「その前に、一つ聞かせろ」
「……あぁん?なんだよ?」
「お前は、なんでこんなことをしている?どうして、人間を襲う?」
「んなもん決まってんだろ!楽しいからだよ!」
「楽、しい…?」
「そうさ!生まれたときからずっと、オレはケンカだけが全てだった!……だというのに、周りの奴等はどいつもこいつも雑魚雑魚雑魚……オレの闘争心はいつもいつも満たされねぇ……だがな、人間はちげぇ!初めて人間と対峙したとき、オレは、生まれて初めて「死」を感じた!その時、オレは悟った!生きるか死ぬか、己の命を賭けた殺し合い!これこそ、オレの求めていたケンカだと!」
鬼人は、優々と語る。その内容は、まさに戦闘狂といったもの。
生死を賭けて戦う。それ自体は、どんな生物であろうと持っている、一種の生存本能だろう。
だが、この鬼人は違う。戦いに飢え、争いに飢え続けた結果、最も己の命を脅かした、人間という種に、異様な執着を抱いた。
結果、自分の命すら放り捨て、殺し合いという名のケンカに明け暮れるようになった。
そんなモンスター、言葉を話すこと以上に聞いたことがない。
「聞きてぇことは聞けたか?まぁ、んなことはどうだっていいんだよ!」
「……っ!来るぞ!」
鬼人から、あり得ない程の力を感じる。それは、イルミスが聖龍の姿を見せた時のような、圧倒的な強者が放つ威圧感のようなもの。
そして同時に、これまでの戦いが、まるでちっぽけに思えるくらいの、死の気配を感じた。
「始めるぞ……!オレと!お前らの!生死を賭けたケンカをなぁ!」
鬼人が、巨大な金棒をものともせず、こちらに向かってくる。速度自体は金棒の重さで落ちてはいるものの、それでも早い。
「レイラっ!」
「りょーかいっ!」
鬼人が金棒を振り上げると同時、レイラに指事。金棒が振り下ろされる前に、ウィルとイブを後方へと下げた。
俺達も、振り下ろされる金棒を回避、四方を制圧する。しかし、鬼人は焦るどころか、むしろ喜んでいた。
「へぇ……ならっ!」
「ぐぅっ…!?」
鬼人が、地面にめり込んだ金棒を、そのまま振るう。金棒に、地面から抜け出そうとする勢いが加わり、ゴオッという音を出しながら振るわれた。
俺達は、後ろに下がることで直撃こそ免れたが、その余波を受けてしまい、お互いにカバーし合えないような距離まで引き剥がされてしまった。
「はっ、まずはテメェだ槍使い!」
「くっ、このっ!」
「あめぇよ!」
鬼人が、アリスに狙いを定める。
一瞬で間合いを詰めると、そのまま金棒を振り下ろす。アリスも、既の所で回避し、反撃に出ようとする。が、鬼人はその勢いのまま跳躍。アリスの槍をかわし、そのまま蹴りをくり出した。
「アリスっ!」
「うぐぁっ!?」
メリアが、これまた既の所で、防壁をアリスと足を阻むように張る。しかし、強烈な蹴りを受け止めきれず、防壁は壊され、アリスはもろに蹴りを喰らってしまった。
幸いにも、防壁によって威力はある程度相殺されていた。それでも、遥か後方へと蹴り飛ばされ、地面へ何度も叩きつけられた。
「げほっ、ぐぁっ…!」
「アリス!」
「よそ見してる場合かぁ!?」
「しまっ…!」
「させません」
蹴り飛ばされたアリスに気を取られた隙に、鬼人に詰め寄られる。しかし、ユアが俺の側へ現れ、そのまま体ごと引っ張られた。
「……主様、アリス様はお任せください。今は、戦いに集中を」
「……すまない。頼む」
「はっ」
ユアがアリスの元へ向かう。それとかわるようにして、鬼人がこちらへと向かってくる。
そして、振り下ろされる金棒を前に、俺は早くも切り札を使うことにした。
「おらぁ!」
「〝制限解除〟!」
刹那、体が一気に軽くなり、余裕をもって金棒をかわす。急かさず鬼人との距離を詰めると、そのまま天華を振るった。
「ちぃっ!」
しかし、鬼人もそれに素早く反応。金棒を手放すと、後方へ飛ぶように回避した。
俺は、制限解除を発動したまま一気に距離を詰め、追撃する。
振るう刃が、鬼人の皮膚に触れる。たとえそれが僅かであろうと、最高峰の魔導武具である天華は、確実に敵を切る。
しかし、それも長くは持たない。
「っ、くそっ!」
「あ?どうしたどうした、もっと来いよ?あぁ?」
「ぐぅっ、くっ…!」
制限解除は強力だが、使い続ければ体への負担が大きく帰ってくる。アリスがそうであったように、下手をすれば、一生動けなくなる程に。
今の俺が連続して使える時間は、およそ五分。しかし、それは「体にかかる負担が、限界値を越えない」時間であり、現に、たった一分使うだけでもかなりの激痛を伴う。
「来ねぇってんなら、こっちから……」
「〝爆炎〟!」
「うぉっ!?」
「〝水刃〟!ユア、今のうちに!」
「失礼します、主様」
「逃がすかっ!」
「降り注げ、雷神の豪雨!雷神拡散弾!」
「がっ!?」
「そう簡単には」「行かせられぬな?」
「はっ、離れてしか攻撃できない臆病者が、大口叩くたぁいい度胸じゃねぇか!あぁ!?」
「ですが、隙だらけですよ?」
「っ!?」
リザイアの挑発を受け、地面を蹴ろうとした鬼人の横腹に、龍の足となったイルミスの蹴りが炸裂する。
鬼人も反応こそできたものの、直前に受けたリザイアの攻撃で痺れており、防御すらできず、そのまま地面を転がった。
「ははっ、いい蹴りじゃねえか…!」
「……わたしは、肉弾戦はあまり得意な方ではないのですが……暫く、付き合ってもらいます」
「はっ、上等だ……行くぞオラァ!」




