164 ソーサラーの塔 その4
「シーサーペント……そんなのがいたのか」
「えぇ。今のうちにたどり着けて良かったと思いますわ」
日が登るまで、まだ数時間はかかるであろう深夜。俺とウィルは、夜の見張りをしながら海の様子については語っていた。
ウィルのお陰で、道中のモンスターはほぼ相手にすることは無かった。そして、これまたウィルのお陰で、ほぼ迷うことなく次の階層への道を見つけることができた。
現在俺達がいるのは、四階層へと続く階段、その中央部である。
「……今さらですけど、良かったんですの?」
「なにがだ?」
「いえ…ビシャヌを旅に加える、という約束のことですわ」
「……正直、言った後で後悔した…」
「……ですわよね」
「だがまぁ、言ってしまったものは仕方ない。再会した時にちゃんと話す。まずはそれからだな」
「……まぁ、それ以前の問題もありますけど…」
「ん?なにか言ったか?」
「…いいえ、なんでもありませんわ」
そんな他愛もない話をしながら、交替の時までその場で立ち尽くすのだった。
*
「あ、あぁあ、ああぁあぁあ……」
「……メリア、気持ちは分かるから、戻ってきてちょうだい…お願いだから…!」
日も登り、朝となったソーサラーの塔。
俺達は四階層へと足を踏み入れていた。そんな俺達を最初に出迎えてくれたのは……メジュラナだった。
朝っぱらからメジュラナを見る。それだけなら、まだ良かったのかも知れない。だが、問題はそこではなく……
「難易度から予想はしていたが…まさか、メジュラナの群れが出てくるとは……」
そう。今、俺達の目の前では、十匹以上のメジュラナが、こちらを睨むように見つめていた。
その見た目だけで嫌悪感を覚えているメリアにとって、このメジュラナの群れというのは、悪夢でしかないだろう。ナヴィの呼び掛けにすら反応していなかった。
なので、早急に片付ける必要があった。
「イブ!イルミス!全力でやれ!」
「うん!」「はい!」
俺が指示したのは、俺達の中で最も瞬間火力の高い二人。正確には、リザイアもその枠組みに入るのだが、充填の時間を考えると、今回は適任ではない。
それと、あえて言葉にしていなかったが、二人とも俺の指示の裏をちゃんと理解していた。
俺の「全力を出せ」という指示には「全力だと錯覚させられる程度の力で、一瞬で片付けろ」という意味を持っている。
そのことを読み取った二人は、本来の力を押さえに押さえた攻撃を繰り出した。
「〝煉獄〟!」「〝竜の息吹〟!」
二つの炎が、メジュラナに向かって牙をむく。全てを灰と化す豪火と、塵一つ残さない熱線が、阻む全てを焦土に返した。
「終わりました」
「助かった。進むぞ、メリア」
「う、うん……」
未だ立ち直りきれていないメリアをあえて無理矢理急かし、先へと進む。
そして、暫く進んで分かったこと。この四階層、ヤバすぎる。
まず、メジュラナのように、本来群れないであろうモンスターが群れで襲ってくる。おまけに、出てくるモンスターの最低ランクがC。ゴブリンキングやオークキングといった、狂暴なモンスターが至るところに存在していた。
中でも厄介なのが、少し前にも出会ったオーガであった。
オーガはとても気性の荒いモンスターとして有名であるが、実は人間に近い知性のようなものを持っている。言葉こそ発さないが、敵の動きを学習して行動する、といったこともできてしまう。
唯一の救いなのは、オーガは群れで現れなかったことだろうか。もし群れで現れていたら、相当な苦戦を強いられてしまっていただろう。
「ふぅ……だいぶ進んだと思うんだけど、まだ見えないのかしら?」
「……まーったくだ。地図は埋まってきてるが、これでもまだ半分もいっていないだろうな……」
「は、半分以下……」
「……まぁ、時間はたっぷりある。焦らず行けば見つかるさ」
時刻はすでに昼頃。予想以上に広く複雑な四階層に、思わず根を上げそうになっているナヴィ。
ここまでが順調すぎただけに、その反動が返ってきているようだ。
ただ、それでも前に進む必要がある。それに、今日中には攻略できるという、漠然とした予感のようなものを感じていた。
*
「や、やっとついた……」
「……長、かった……」
「あ、足が……」
結局、五階層へと続く道を見つけたのは、あれから六時間後であった。
たどり着くまでに、二回ほど休憩を挟んだとはいえ、変わらぬ風景と敵を相手にしていたため、心身共に疲れはてていた。
が、ようやく終わりの時が来たのだ。
「うん、それじゃあ早速……」
「ちょっと待った」
「……ケイン?」
早く出たい一心か、すぐに五階層へ行こうとしたナヴィを制止させる。
メリアもナヴィと同じ気持ちだったのか、駆け出そうとしていた足を止めた。
「ナヴィ、さっき呟いたことなんだが……」
「……え?な、なんのことかしら…?」
「『やっぱり威力が落ちてるわね……』けっこう重要なことだと思うんだが?」
「え、あ……そ、そうね…?」
「……ナヴィ、一つ聞きたいんだが……最後に血を飲んだのは何時だ?」
「うぐっ…!?そ、それは……」
「何時だ?」
「さ、三ヶ月くらい前、かしら……?」
「はぁ……やっぱりか……」
ナヴィは吸血鬼。血を飲むことで、魔力や体力の回復を行う。勿論、血を飲まずとも回復はできるのだが、その場合は極端に回復が遅くなってしまう。
しかし、ナヴィは血の味が大の苦手。そのため、回復力を高める作物を作って、血の代用としていたりする。
が、それでも血の方が遥かに効率がいい。
それに加え、吸血鬼にとって血とは、成長に必要な要素だったりする。血を摂取しないということは、成長速度を著しく落とすということでもあった。
だというのに、ナヴィはここ三ヶ月ほど、血を一切取っていないというのだ。
苦手なのは分かっているが、流石に無視できる内容ではなかった。
「はぁ……ユア、少しいいか?」
「はい。私の血を……」
「いや、短剣を貸してくれ」
「……分かりました」
なんの躊躇いもなく自分の血を差し出そうとしたユアを止めつつ、短剣を受けとる。
そして、指先に少し刃を当て、そのままナヴィに突き出した。
「ほら」
「ほ、ほらって言われても……」
「早く飲め」
「で、でも……」
「飲め」
「は、はいぃ……」
ものすごく嫌そうな顔をしながら、ナヴィが渋々といった様子で俺の指を咥える。
一瞬ザラッとしたものが指先に触れ、同時に少し吸い付かれるような感触が襲ってくる。
数秒後、ナヴィが俺の指を放した。
「…………」
「……どうした?」
「……ん?んんー?」
「だから、どうした?」
「う、うーん……やっぱり、美味しいと感じられないんだけど……なんだろ、まだ大丈夫?」
「……なんだそりゃ」
「私だって分からないわ。ただ、これまで取った血の中だったら、まだ美味しい方……なのかしら?」
「いや、それは知らないが……とりあえず、もう大丈夫なんだな?」
「え、えぇ……悔しいけど、一瞬で色々と回復したわ。悔しいけど……」
やはり血は苦手らしく、顔はまだ歪んでいた。ただ、俺の血はこれまでの血の中でもマシなようだ。
前に俺の血を飲んだ時は、相当嫌な顔をしていたが、どうしてなのだろうか。
「……進むか」
「……そうね、進みましょう」
ここで考えていても、埒があかない。俺達は、前に進むことにした。
最後の階層、五階層へと。




