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163 ソーサラーの塔 その3

「なぜ塔の中に海があるのだ?」

「…私に聞かれても困りますわ……」



 ソーサラーの塔三階層。その内容は、これまでの迷路とは打って変わって海という、謎の状況が広がっていた。おまけに、外とリンクしているのか、空のようなものが写し出されており、今まさに、日が沈む所であった。

 とは言え、海の上に道が存在しているあたり、普通の海では無いことは確かである。

 勿論、道は一本道ではなく、所々で途切れていたり、ジャンプすれば、別の道に進めるようになったりしている。

 それに加え、先程から海面を何度も跳び跳ねている魚達。あれもかなり危険な存在だ。


 あれはタックラーフィッシュという、海に生息するモンスターであり、名前の通り、船や船員に向かってタックルをかましてくる。

 しかし、その威力は弱く、対したダメージにはならない。

 が、この状況では話が変わってくる。

 海の上にある道幅は、ギリギリ馬車一台ぶんほどしかなく、そのうえ所々道別れが起きている。

 そんな場所で、体当たりをされたとしたらどうなるだろうか。

 道の上では体勢を崩され、空中では着地点をずらされ海へと落ちてしまう。


 そして、落ちた先に待つのは、なにもタックラーフィッシュだけとは限らない。

 そもそもの話、タックラーフィッシュはEランクモンスター。つまり、それよりも強いモンスターはいない、ということは考えられないのだ。



「さて、どうするか…」



 選択肢は二つ。

 一度この場所を拠点とし、明日になってから攻略を目指すか。それとも、この階層の出口まで向かい、そこで休息を取るか、だ。

 前者の場合、目標である二日での攻略は難しくなる可能性がある。後者の場合、目標は達成しやすくなるが、かわりに出口を見つけるまで休むことはできなくなる。

 安全を取るか、目標を取るか。

 迷っていた俺の元に、ウィルがやって来た。



「ケイン、先に進みますわよ。休憩するのはその後ですわ」

「ウィル?」

「確かに、今休憩を取れば、この階層を万全な状態で挑めます。ですが、安全に進むのであれば、今から進んだ方が良いと思いますわ」

「……理由を聞かせてもらおうか」

「ほぼ全ての海のモンスター達は、夜になると活動が鈍るんですの。あのモンスター達も、あと少しすれば大人しくなりますわ」

「なるほど」

「最近元の姿になっていませんし、忘れているかも知れませんが…私、人魚なんですわよ?」



 ウィルが、自身を人魚であると強くアピールしてくる。そこで俺は、ウィルが言おうとしていることを理解した。

 ―この海という場所は、ウィルにとって最高の舞台なのだ。

 本来、人魚族という種は海で生活している。そして、俺達の中で最も海に詳しいのはウィルだ。

 そのウィルが、任せてほしいと言うのだ。



「そうだな。じゃあ、頼めるか?ウィル」

「お任せを!ですわ」



 暫くして、完全に日が落ちた。

 すると、先程まで元気よく跳ねていたタックラーフィッシュが、目に見える程に減ってきていた。

 ウィルの言う通り、活動が鈍りだしたのだろう。

 さらに数分待った所で、ウィルが海の中へと入っていく。そして、淡い光と共に、その姿を変化させる。



「ふぅ…久々ですが、問題は無さそうですわ」

「それじゃあ、海の方は頼んだ」

「分かりましたわ」



 そう言って、ウィルは闇に落ちた海の中へと潜っていく。そして同時に、俺達も歩き始めた。



 *



「……静かで気持ちいい…けれど、気味の悪い海ですわね」



 海の中を泳ぎながら、ウィルは呟いた。

 ウィルにとって、夜の海はとても気持ちのいいものであった。


 ウィルは、人魚が本来歌えるハズの、魅惑の歌を歌うことができない。どれだけ歌おうと、その歌に魔力が乗ることはなかった。

 そのせいか、同族達が至るところで歌っている昼間という時間が、ウィルはとても嫌いだった。

 そんなウィルでも、周りの目を気にすることなく歌える時間があった。それが夜だった。

 自分の好きな歌を、好きなように歌える。誰にも笑われず、自由に、静かに。



「……ビシャヌ、元気にしているんですの?」



 ふと、パライル島で別れた親友ビシャヌの顔が、ウィルの頭の中に浮かんだ。

 ウィルとビシャヌが初めて出会ったのも、今日のような、静かな夜の海だった。

 誰からも褒められることの無かった歌を、初めて認めてくれた。もっと聞きたいって、初めて言ってくれた友達(ビシャヌ)

 それが嬉しくて、堪らなくて、気づけば夢中で歌っていた。

 それからビシャヌは、稀に会いに来ては、ウィルと歌い合っていた。ウィルは、ビシャヌの()()を知っていたので、会えない日が続いても、文句の一つも言わなかった。


 そんな二人が、旅に出たのは一年ほど前。例え同族が認めてくれなくても、他の種族ならウィルの歌を認めてくれるのでは、と思い至ったからだ。

 だが結果は、知っての通り。誰もウィルを認めず、それどころか価値がないとまで言われる始末。


 そんなウィルを、ずっと側で励ましていてくれたのは、ビシャヌだった。

 無理をして旅についてきていたビシャヌがいなければ、ウィルの心はもっと早くに折れていたかもしれない。

 パライル島になど行かず、ケイン達と会わなかったのかも知れない。



「…感謝しますわ、貴女が私の側にいてくれたことを。貴女がいてくれたから、今の私があるんですもの」



 今ここにはいない親友に向けて、ウィルは感謝の言葉を呟いた。



「……さて、私のやるべきことを……っと、あれは……」



 しんみりした感情を押さえ込み、今すべきことをこなそうとしたウィルの目に、厄介なものが映りこんだ。

 それはゴブリンキングよりも、メジュラナよりも大きな巨体を持つ、海の覇者とも呼べる凶悪なモンスター。



「シーサーペント……わざわざ戦う意味もありませんわね……」



 ウィルは、シーサーペントが休眠していることを遠目ながら確認すると、刺激しないよう、素早くその場を後にした。

シーサーペント Bランクモンスター

縄張りを 荒らさなければ 温厚だが

怒らせたら 手がつけられないほど 暴れまくる

暴れた 影響で 嵐が起こることもある

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