159 観光と同格
「とりあえず今日は、長旅の疲れを癒すことに専念しよう。王都を観光して、外食をして、最後に温泉にでも浸かろう」
「温泉…楽しみ」
「ふふっ、久しぶりにゆっくりできそうね」
「温泉ですか~そういえば、ゆっくりと浸かることはしてませんでした」
温泉という言葉だけで盛り上がるメリア達。
まぁ、旅の間は中々温泉には入れないし、仕方がないだろう。俺も少し楽しみだったりするので、人のことを言えないのだが。
しかし、まだ日は落ちていない。この都市についたのが昼過ぎごろであり、日が落ちるまでには十分時間があった。
なのでまずは、この王都をゆっくり観光することにした。
まず俺達が向かったのは、少し大きめの劇場。
特別気になる劇があったという訳ではないが、イブが興味を持ったので入ることにした。
俺達が会場入りした時は、まだ少し余裕があったが、少しすると人の流れが大きくなり、やがて満席になった。
そのせいで、メリアとイブに挟まれるという体勢になってしまった。本能的によろしくないが、そこは我慢しよう。
劇の内容としては、一国の王が、平民である女性に恋をするラブロマンス物。内容としてはありきたりではあるが、時々かなりアグレッシブな動きをしたりするため、見ていて飽きない劇だった。
「はぁ~おもしろかった~」
「イブもやっぱり、ああいう恋をしてみたいとか思ったりするのか?」
「なにいってるの?イブにとってのおうじさまは、ケインさまだけだよ?」
「…そ、そうか」
純粋な目でそう言われても困る。そもそも、イブは実妹であるルベイユよりも幼い。それゆえ、俺としてはもう一人の妹のように感じている。
が、イブはそうではなく、普通に異性として見られている。しかも、一切隠す気はない。
そんな素直な好意を向けられては、どうすればいいのか、少しだけ困ってしまう。
ただまぁ、少しくらいは気持ちに答えてやるべきなんだと思う。それが恋心かどうかは別として。
そんなことを思いながら、俺達は劇場を後にした。
劇場から出た後は、主に出店や雑貨店を周っていた。王都である以上、他にも娯楽施設は山ほどあるのだが、あくまでも観光が目的なので、わざわざ向かう必要を感じなかった。
ただ、数名が行きたそうにはしていたので、余裕がある時を見計らって行くことにした。
そんなこんなで時間を潰していると、ちょうどいい時間になってきた。というわけで、食事処へ向かおうとした時、不意に声をかけられた。
「あんたがケインか?」
「ん?えっと……誰?」
「あぁ、悪い。俺はアブゾン。この都市で冒険者をやっている」
「……っ!?」
「ナヴィ?」
「い、いえ……なんでもないわ」
ナヴィが男の名前を聞いた瞬間、跳ねるように体を震わせた。ただ、本人はあまり気にして欲しくは無さそうだったので、ここはそっとしておこう。
「……それで、ケイン・アズワードで合っているよな?」
「はぁ……まぁ、確かに俺がケインだが……何故知っている?」
「いやぁ、色々噂になってるぜ?「希代の色物冒険者現る!」だったり、「女たらし」だったり、「女任せの腰ぬけ野郎」だったりな」
「ほとんど悪口じゃねえか…」
「いやぁ~、俺はそん時ちょうど出払っててな、こっちに帰ってきたらあんたの話で持ち切りでよ、気になって探させて貰ったってわけだ」
「はぁ……」
このアブゾンという冒険者、なにを思って声をかけてきたのかと思えば、ただ一目見たかっただけという、かなりシンプルな理由だった。
勿論、完全に信用しているわけではないので、常に警戒はしているのだが。なにかあった時に、メリア達を守らなければならない。
「まぁ、俺はそんな噂どうでもいいんだよ。俺が気になってるのはケイン、あんただからな」
「……はぁ」
「聞いたぜ?あんた、俺と同じランクなんだってな?」
「同じランク…ってことは」
「そう!俺もあんたと同じ、Bランク冒険者なんだぜ!」
そう言って、Bランクと書かれたギルドカードを見せてくる。どうやら間違いないらしい。
ギルドでのこともあり、この町にいることはわかっていたが、まさか相手の方から声をかけてくるとは思わなかった。
「せっかく出会えたんだ、どこかで話せねぇか?」
「あー……俺達は今から食事しに行こうと思ってるんだが……」
「お?ならちょうどいい、俺も相席させてくれよ」
「え、いやその……」
「なぁに、自分のぶんくらい自分で払うよ。なんなら、そっちのぶんも少しくらい払ってやるよ」
「いやそういう訳じゃなくて……」
「………いい、よ」
「…メリア?」
「ケイン、も、遠慮、し、なくて、いい、から」
「んー…よくわかんねぇけど、連れはいいっつってんだが、どうなんだ?」
「……はぁ……お前らは?」
「私はどっちでもいいわ」
「構いません」
「問題ないわ」
「……わかった、一緒に行くぞ」
「おうよ!」
というわけで、アブゾンと共に食事をすることになった。たまにはいいかと思いつつ、暫く道なりに歩いていく。
やって来た店は〝度月の猫亭〟という、主にモンスターを使った料理を出している店。食材の主な調達はソーサラーの塔であり、冒険者ギルドと連携していたりする。
そんな店の一角に、俺達は別れて腰かけた。別れた、というのは、単に全員が揃う席がなかった訳ではない。
ナヴィ達アブゾンに興味がない組と、メリア達アブゾンを警戒している組に別れただけだ。
俺とアブゾンの席に相席したのは、メリアとアリス、それとユアだ。他の仲間達は、近くの席に固まっていた。
「いやぁ…なんか俺、完全に邪魔者扱いされてるなぁ」
「すまない…警戒心が強いからな」
「でも、それはあんたもだろ?あんただって、俺を完全には信用していない」
「……まぁな」
そう。何を隠そう、俺もアブゾンを全く信用していない。さらに言うなら、口実に口実を隠し、ひっそりとメリア達を狙っている可能性もあるのだ。
例え相手がBランク冒険者であろうと、ランクだけでは、相手の人柄はわからない。この俺が、そうであるように。
「なら、先に釘を打っておくぜ。俺はすでに結婚している」
「……はい?」
「子供も二人いてな?これがまー可愛いのよ!仕事から帰ってきて、見せてくれる笑顔が最高に可愛くてよぉ~」
「そ、そうか……」
釘を打つと言っておきながら、いきなり惚気話が始まってしまった。本人的には、メリア達狙いではないということを伝えるために話したのだろうが、にしても惚気すぎではないだろうか。
ただ、その点は信用しても良さそうだ。警戒を解きはしないが。
「……それで?なにが聞きたいんだ?」
「まぁ、よくある情報交換みたいなもんよ。あんたらは色んな町を転々としてるんだろ?てこたぁ、珍しい話でも聞けんじゃねぇかと思ってよ。かわりに俺からは、この都市辺りのモンスターについて教えるからよ、どうだ?」
「…まぁ、俺達が話しにくい内容以外なら」
「おっと、そういうのもあるわけか。いいぜ、俺だって、無理に聞き出そうなんざ思っちゃいねぇからよ」
そんな訳で、俺とアブゾンは暫くの間、冒険者としての話し合いを始めた。
俺からは、個人に纏わるようなものを除いた旅の話を。アブゾンからは、この都市周辺の事細かな情報を、それぞれ話し合った。
*
それからどのくらい過ぎたのだろうか。
話し合いと食事を終えた俺達は今……
「温泉だー!」
「だー!」
「元気ですね~」
「そうですわね」
温泉に、やって来ていた。
次回、温泉回
[追記] 今後の展開のために、一部内容を修正しました




