158 宿の条件
「ふふっ…これでわたしも、正式にケインさんたちの仲間になれました」
「その言い方だと、俺達が仲間だと認めていなかったように聞こえるんだが?」
「そういう意味ではありません―本当の意味で、世界の敵になってしまった、という意味ですよ」
イルミスは手にしたギルドカードを見ながら、少し笑みを浮かべた。
イルミスのギルドカード発行、パーティー加入申請を終え、俺達はようやく町へとくり出していた。とは言え、のんびりするのはまだ早い。
羽を伸ばすのは、宿を取ってからだ。
というわけで、俺達はオススメされた宿へとやって来た。
俺達が進められたのは、この王都最大の宿。その名は〝久月の雛宿〟。
値はそれなりに張るが、最低でも一部屋三人まで入ることができる。
おまけに、防犯、騒音管理もしっかりしているという至れり尽くせり。それでも、値が張るせいで冒険者の客足はそこまでのようだが。
そんな宿なら、豪華な見た目を想像するだろうが、目の前にあるのはごく普通の宿。本当にここであっているのか不安になったが、地図もここだと指しているので間違いない。
意を決して扉を開くと、そこには見た目からは想像できないほど広い空間が現れた。
…というより、広すぎる!
「ふぅん……これ、魔導具で見た目を誤魔化しているみたいね」
「魔導具で?」
「多分、建物自体はこの大きさなんだと思うわ。けれど、これだけ大きいと否応なしに目立ってしまう。だから、魔導具の力で目立たなくしているんじゃないかしら」
「へぇ、すぐに見破るなんてたいしたもんだね」
ナヴィが説明を終えると同時に、こちらに近づいてきていた女性が声をかけてきた。
見た目からして、ここの宿主だろうか。
「ほら、そこに突っ立ってないでこっちに来な。泊まりなんだろ?」
「あ、あぁ。悪い、すぐ行く」
「ははっ、焦らなくてもいいさ。ここに来る客は皆そうなるからさ」
女性の後を追い、すぐ脇にあるカウンターにやって来た。そこには、先程の女性に良く似た、先程より少し若い女性が立っていた。もしかして、姉妹なのだろうか?
などと思っていたら、若い女性の方から睨み付けられた。
「…なにさ、私を見つめて。それともなんだ?彼氏のいない私への当て付けか?」
「違うだろう、客だよ客」
「…あぁ、客か。自分の彼女を自慢しまくる自信過剰野郎だと思ったよ」
「スティッシャ?仮にも客にたいして失礼じゃないかい?」
「見せつけてくるこいつが悪い」
開口一発で、客に悪口を言ってくるのには困惑したが、すぐに普段通りに取り繕う。
そして、女性二人が並んでカウンターに立った。やはり良く似ている。
「悪いね。こいつ、これまで彼氏ができなくってさ、カップルとか見るといつもこうなるんだよ…」
「私の前でイチャイチャする方が悪い」
「はぁ…そんなんだからできないんだといつ理解するんだろうねぇ…」
「…えっと」
「あぁ、すまない。私はトーラン、こっちは妹のスティッシャ。ここの従業員だね」
「勝手に紹介するな…で?ここに来たってことは泊まりか?」
「え、あぁ、そうだが…」
「ふぅーん…その人数でねぇ…ふぅーん…」
「はいはい落ち着きな。それで、何部屋借りるんだい?言っておくけど、九人も入れる部屋は無いよ」
「…あれ?さらっと私省かれなかったかな?」
「レイラはゴーストだろ…」
「そうだけどさぁー」
「とにかく、三人部屋を三部屋借りたい。あと、なるべく近くの部屋にして貰えると助かる」
「三人部屋を三部屋だね、ちょいと待っておくれ」
そう言って、声をかけてきた女性―トーランが名簿を調べ始める。そして、ほんの数秒後に顔を上げた。
「うん、ちょうどよく空いてる場所があるね。一部屋だけ少し離れるが問題ないかい?」
「あぁ、大丈夫だ」
「なら、そこで取るよ。三部屋一週間で金貨一枚、それ以降は銀貨二十枚ずつかかるが問題ないかい?」
「中々高いな…だがまぁ、噂通りならそれでもまだ安い方か」
俺は即金で金貨一枚を払うと、部屋の鍵を三つ受け取った。
俺達に宛がわれた部屋は、二階に上がる階段から最も遠くにある。それでいて、二部屋は隣り合わせだが、一部屋だけ対角上にあり、さらに二部屋より一部屋ぶん奥にある。
そんなわけで、どの部屋を誰が借りるのかの論争になった。いつもなら、真っ先に俺とメリアは相部屋になるのだが、今回はそうならなかった。
というのも、ナヴィがなぜかくじ引きで決めようと言い出したのだ。それでいて、俺を除く全員が了承してしまった。
そして、くじ引きの結果、一番手前の部屋にはイブ、メリア、ナヴィが。その隣は俺、リザイア、イルミス。そして一番奥がウィル、ユア、アリスとなった。
「ふむ、ケインと相部屋か…ふふっ、胸が高鳴るではないか!あ、でも、手を出すのはやめてくれると…」
「ふつつかものですが、よろしくお願いしますね」
「いや…そんなかしこまらなくても良いからな?あと、手は出さないから。そこまでの勇気、俺にはないから」
「……なんか、それはそれで不満なのだが…」
「リザイアさんはサキュバスですから、欲求不満なのかもしれませんね」
「うぅむ…普段から精エネルギーは十分に貰っているのだがなぁ…」
いきなり生々しい話をしないでほしい。
ともあれ、部屋割りが決まったため、それぞれの部屋へと向かうことになった。
俺とリザイア、イルミスが使う部屋は、薄紫を主としたシンプルな部屋。置かれたベッドも紫色で統一されており、全体的に暗めな印象に見受けられる。
だが、寝やすさの点で見れば、この部屋は優秀な色をしている。決して明るすぎず、暗すぎない紫という色は、他の色に比べて安心しやすい。
さらに、部屋に設置されている小型の魔導具も、明るすぎない橙色の光を放ってくれる。
結論を言えば、この部屋は素晴らしい部屋だ。
「…あの、ケインさん」
「……イルミス?どうしたんだ?」
「その、リザイアさんが…少々おかしくなっているのですが…」
「あぁ、あれはいつものことだから、気にするだけ無駄だぞ?」
イルミスの言う、リザイアがおかしくなったということ。それは、俺達はよく見てきた光景だ。
「嗚呼、まさしくこれは我が求めし理想卿!暗き深淵のように深く、それでいて暖かき光のように優しく……嗚呼、なんと美しいことか…!」
「止めなくていいんですか?」
「勝手に止まるから大丈夫だ」
よくわからない、歓喜の言葉を口にし続けるリザイアを放置して、そそくさと部屋でやるべきことを済ませていく。
とは言え、特別なにかをするわけでもないので、軽く荷物の整理だけを済ませておく。
「……少し思ったのですが、この宿って、かなりお高い宿ですよね?なのにどうして、そんな簡単に支払えるのですか?」
「……ぶっちゃければ、金銭はかなり考えて使わないといけない。今はまだ余裕があるが、今後はどうなるかわからないからなぁ…」
「でしたら尚更、この宿でなくても良かったのではないですか?」
「いいや、この宿じゃなきゃいけない。仮にもここは王都…つまり、世界にとって重要な場所の一つでもある。そんな場所で、堂々とこれからの話をしてみろ。すぐに上に伝わるぞ?」
「…あぁ、理解しました。確かに、この宿でなくてはいけませんね」
この宿の売りは防犯、防音管理がされているという点。それは、プライバシー管理がきちんとされているということ。
そして裏を返せば、この宿で何を話そうが外部に漏れることがないということでもある。
俺の経験上、大きな都市や国、町になればなるほど、情報というのは円滑に回りやすくなる。そんな場所で、俺達の秘密を聞かれてしまったらどうなるか。
すぐに情報が上…つまり、この国のトップである国王陛下の耳に届くことになる。そうなれば、俺達はこの国を相手取らなければいけなくなる。
それだけではない。この都市から他の主要国へ、俺達の情報が次々と広まる。そうなってしまえば、俺達に安全な場所などなくなってしまう。
いや、遅かれ早かれそうなる可能性はあるが、少なくとも今そうなってしまえば、俺達に抗う術はない。
だからこそ、不安の芽はなるべく潰しておきたかったのだ。
「まぁ、あくまでも気休め程度。期待するよりは、ボロを出さないよう気を付ける方が一番良いからな」
「はい、わかっています」
イルミスも、しっかりと頷いてくれた。
とにかく、この都市でボロを出してはいけない。出した瞬間、俺達は終わるということを、改めて確認した。
ソーサラーの塔。この塔の挑戦中も、気を付ける必要がありそうだ。
「聖域に眠りし闇よ!我らに力を与えたまえ!」
…ところで、リザイアはいつになったら落ち着くんだ?




