157 エルトリート王国
十六章、開幕です。
「おっ?」
「…!もしかして…」
「あぁ、映った。エルトリート王国だ」
「や、やっと…!」
「長かった、ですわね……」
「大体二週間ですか…大分遠かったのですね」
ナーゼと別れて五日。ついに地図が、新たな町を捉えた。
現在の地図スキルの表示範囲は直径二キロ。つまり、あと一キロ先に目的地がある。それが分かったのか、メリア達も少し喜んでいたりする。
とは言え、まだ一キロ先。焦らず、ゆっくり進むことにした。
それから数分ほど歩くと、森を抜け、新たに平原が広がった。それと同時に、エルトリート王国が見えてきた。
遠くからでもわかる高い城壁が都市全体を包んでおり、その幅もかなり広い。地図をもってしても、全体像は映らなそうだ。
それから暫く歩き、ようやく俺達は門まで到着した。
王都というわりには簡単な審査を受ける。レイラとコダマの件で少しだけつまづいたが、どちらも無事入国を許可された。
そして、門を潜った先で俺達を待っていたのは…
「うわぁ……」
「これが、王都……」
「スゴいわね……」
まさに圧巻というべき世界。
まだ入り口付近だと言うのに人で賑わっており、至るところで活気溢れる声が響いてくる。
それと、先ほどまではあまり見えていなかった巨大な建造物が二つ。
一つは、この国の城。ここからだとまだかなり先に建っているようだが、すでに威厳ある存在感を放っているのがよくわかる。
そしてもう一つは、高くそびえ立つ塔。こちらは城よりは近い場所にあるようだが、ここからでも見えるあたり、こちらもかなりの大きさを誇っているのだろう。
「まぁ、ここで立ち止まるのも悪い。先を急ごう」
「はい!イブはごはんがたべたいです!」
「あ、あれ、美味し、そう…」
「食事もいいですが、先ずは宿を取るべきかと。仮にも王都ですので、早めに取るに越したことはないと思います」
「そうですわね…決して不満というわけではありませんが、布団でぐっすりと眠りたくもありますわね…」
「そうね…あ、王都なら、温泉はないのかしら?高望みするわけじゃないけれど、久々に入りたいわ」
「温泉か……我らの力を癒す為に、是非とも入りたいものだな。…まぁ、あればの話だが」
「わたしは特に…でも、先に冒険者の登録をしなければいけませんかね…?」
「ティンゼルとは違うし問題ないと思うけど…まぁ、魔石とかは早く売った方が良さそうだけどね」
「……バラバラだな、こりゃ」
予想はついていたが、やはり人数が増えると、こうもバラバラな思考になる。まぁ、承知の上で聞いたんだが。
とりあえず、やるべきことは四つ。
宿を取る、食事をする、あれば温泉を探す、冒険者ギルドに行く、この四つだ。
この中で、真っ先に行くべきなのは、やはり冒険者ギルドだろう。どんな都市であれ、情報を集めるのに最適な場所は冒険者ギルドに他ならない。
イルミスのギルドカード発行とパーティー登録を済ませつつ、情報収集できれば最高だ。そう言うわけで、まずは冒険者ギルドへ向かうことにした。
さて、王都の冒険者ギルドということもあり、これまでとは比較にならない規模なのだろう、という予想は立てていた。
その予想は的中し、冒険都市とまで呼ばれているサンジェルトのギルドより、遥かに大きい存在感を放っていた。
中に入ると、まるで城のホールのような空間が広がっていた。
きらびやかな装飾品は控えめだが、それでも他のギルドとは比べ物にならないほど輝いていた。
「っ!?なんだあの美少女たちは!?」
「ぐはっ…俺のタイプの子もいるじゃねぇか…」
「あのエルフの目、たまらねぇ…!」
「サキュバス…!?まさか俺を狙って!?」
「なっ、竜人族だと…!?しかも、あんな美人が…!?」
……まぁ、これも分かっていた。
メリア達が目立つのは、しょうがないことだ。
あとリザイアを見て興奮した奴。うちのリザイアは乙女だから、そんなことはできないぞ。そもそもリザイアに引かれてるけどな。
「……で、なんだあの男は?」
「チッ、見せつけのつもりかぁ?」
「ケッ、どうせ大したことねぇよ」
……まぁ、俺が叩かれるのも分かっていた、というより、当然ではある。これだけ美少女揃いの中に男がいれば、妬みの対照にされるのは確実なのだから。
などと思っていたら、急に殺気立つ少女がいた。アリスだ。
「あんのゴミ共…ケインに暴言を吐いたな…?即座に息の根を止めて…!」
「はいはい落ち着きなさい。貴方、ただでさえ謹慎中なのに、まだ罪を重ねるつもり?」
「離せナヴィ!わたしはただ奴らに…!」
「アリス、頼むから止めてくれ……」
「……チッ、命拾いしたな」
仮にも女の子なんだし、舌打ちを平然とするのはどうかと思う。ただまぁ、アリスらしいとは思うのだが。
そんなお決まりのやり取りはさておき、俺達はカウンターへとやって来た。
「えっと…よ、ようこそ、冒険者ギルドへ!ご用件はなんでひょ…な、なんでしょうか?」
「…顔真っ赤だが、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。わたし、ここに勤めてまだ二日目で…」
「あぁ、緊張しているのか。だったら、あまり力みすぎない方がいいぞ?力む方が、かえって緊張するからな」
「あ、ありがとうございます」
なんとなく空いていそうなカウンターを選んだのだが、どうやらそこには新人がいたらしい。ベテランの受付嬢達と違って、あまりスムーズに進まなかったりするため、混んでいなかったのだろう。まぁ、特に気にしないが。
「そ、それで、ご用件はなんでしょうか?」
「あぁ、ここでの活動許可が一つ、あとは彼女のギルドカードの発行と、俺達のパーティーへの加入申請を頼む」
「え、えっと…活動許可と、ギルドカード発行と、パーティー加入申請ですね、少々お待ちくだしゃ…く、ください…」
なんだか絞まらない子だが、ああいう存在がいるギルドはとてもいいギルドだと思う。
その証拠に、他の受付嬢達は、少女を攻めることなく、むしろ心配そうに見ていたりする。
誰でも失敗から学ぶことは多い。などと思っていると、やはりと言うべきか、メリア達に寄り添おうとする輩が現れ始めた。
「なぁ嬢ちゃんたち、そんなヒョロそうな奴より、俺たちと組まねぇか?」
「そうだそうだ!そんな奴より、俺たちの方があんたらを楽させられるぜぇ?」
「美人の姉ちゃんもどうだい?俺たちと共に人生を歩んでみないかい?」
とまぁ、いつも通りの誘い文句。そして、
『お断り(します)(ね)(です)(よ)』
「ふん、下心丸見えな貴様らなんぞ、相手するだけ無駄だ。とっとと失せろ」
「ケインの悪口言ったやつ…死にたいの…?死にたいのね?いいわ、殺してあげ…!」
「はいはい、落ち着いてくださいね?」
いつも通りの即玉砕。あとアリス。流石に殺す発言はやめてほしい。アリスなら本当にやりかねないから。イルミス、止めてくれて感謝する。
「おいおい、即答はねぇだろぅよぉ?ちょっとくらい、俺たちとお話ししてくれ「はぁ…」…っ!?」
「貴方たちも懲りないですね?少し、黙っていてくれませんか?」
「うっ、なっ…!」
フラれたことが気に食わなかった男が、メリア達に手を伸ばそうとした瞬間、辺りに凄まじいプレッシャーが襲いかかる。
…イルミスが笑顔のまま、威圧スキルを使っている。普通に怒っている…というよりは、鬱陶しく感じていたらしい。
周りを見渡せば、突然の光景に目を丸くしたり、口をパクパクさせている輩もいる。
おかげで一気に静まりかえったが、それはそれで不気味だった。あと、なぜか悶えてるヤツもいる。なんでだ。
とそこに、書類を持ってきた新人さんが戻って来た。そして、今の状況を見て、ギョッとしていた。
「えぇぇぇ!?ちょ、どうなってるんですか!?」
「あー、気にしないでいいぞ?俺の仲間にちょっかいかけようとして、反撃されただけだから」
「え、えっと…そ、そういうことにしておきます…?」
いまいち分かっていないようだが、これだけの目撃者がいるので、イルミスの件は正当防衛で通るだろう。
…というより、イルミスの威圧を受けて平気でいられるあたり、この新人職員、中々に図太くガッツのある逸材なのかもしれない。
「それで、えっと…まずは活動許可ですね。ギルドカードの提示をお願いします。パーティーを組んでいる場合は、代表さんのものだけでいいですよ」
「これでいいか?」
「はい、拝見させていただ…ふぇっ!?」
「?どうした?」
「い、いいいいえ!わ、わたし初めてBランクの方を受付したので、つい…」
「…ん?もしかして、ここには他にB以上の冒険者がいるのか?」
「は、はい。いらっしゃいますよ。個人情報ですので、どなたかは言えませんが…」
「いや、そこまでして知りたいわけじゃない。ただ、他にBランク以上の冒険者を見たことがなかっただけだ」
「そ、そうなんですね…あ、終わりました。ギルドカード、お返ししますね」
「あぁ」
職員からギルドカードを受けとる。
少し彼女の言葉に違和感を感じ、カマをかけたつもりだったが、思わぬ収穫があった。
この都市には、俺より強い冒険者がいるかもしれない。
そう考えると、少しだけワクワクする。
「えっと、次は冒険者登録と、パーティー加入申請ですね。えっと…」
「…イルミス」
「…あ、申し訳ありません。アリスさん、落ち着いてくださいね?」
「あ、はい。大人しくしています」
あのアリスが、なぜか小動物のような状態になっていた。
…いや、アリスは一番近くでイルミスの威圧を受けていた。そりゃこうなる。
「うわぁ…わたし、竜人族の方初めて見ました…綺麗ですね…」
「ふふっ、ありがとうございます。それで、どのように記入すればよいのですか?」
「は、はい!こちらに――」
少しばかり説明が始まったので、この間に情報収集をすることにした。
とは言え、この状況でどう聞き出せば良いのか…
などと思っていたが、わりとあっさり情報は手に入った。男性が無理なら、女性に聞けばいいだけなのだ。
オススメの宿や食事処、それに、ナヴィ達待望の温泉もあることが分かった。だが、それ以上に興味を引かれたのが
「ソーサラーの塔?」
「ええ、この町にある大きな塔。あれは一種のダンジョンでね、入る冒険者によって難易度が変わるっていう、面白いダンジョンなのよ」
「難易度変化型ダンジョン…興味あるな…」
「基本的にここでの依頼はソーサラーの塔関連の物が多いし、それ抜きでも、自分の実力を測れるいい場所になっているわ」
一応、難易度が変わるダンジョンの存在は知っていたが、まさか王都にあるとは思っていなかった。
それに、聞く話によれば、その塔の攻略中は、魔導具を使って、塔の周囲に状況配信されるらしい。
用は、他の冒険者の活躍を見られるという訳だ。逆を言えば、常に見られることにもなるわけだが。
「それに、塔を攻略した時には、一人につき一個、スキルロールをドロップするの。それに、ランクが高いほど珍しいスキルが書かれているみたいよ」
「なるほど…ありがとう、俺達も挑戦してみようと思う」
「どういたしまして。ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「……?なんだ?」
「あの子たち、みんな貴方の彼女なのかしら?」
「なっ…!?」
「ねぇ、どうなの?」
「い、いや、そんな関係じゃないぞ!?」
「…でも、脈ありみたいね?」
「うぐっ」
「ふふっ、じゃあ頑張ってねー?」
最後、なぜかからかわれてしまったが、気にしないでおこう。気にしない、気にしない…
とりあえず、最初の目的はソーサラーの塔に挑戦することに決めた。
俺達なら、きっと大丈夫だろう。そんな自身が、俺にはあった。




