154 ナーゼの戦い方
「そういえば、ナーゼは戦わないのか?」
「え?」
あれから十分くらい経過した時、俺はふと疑問に思ったことを、ナーゼに聞いてみた。
というのも、ナーゼは先程から植物の声を聞き、俺達に道を伝える以外の行動をしていない。
具体的に言えば、戦闘に関わる一切の行動をとっていない。
ただ、リリングトレントの幻覚を、一瞬で解除したのも事実。それすなわち、ナーゼが戦闘を好まない性格なのか、実力を隠しているのかのどちらかだと予想した。
だが、答えはそのどちらでもなかった。
「えっと……ボクは戦えないよ?」
「戦えない…?だが、さっきは…」
「あれは、ボクのスキルのおかげ。でも、ボクのスキルに戦う力はないよ。ボクのスキルは、どちらかと言えば、戦闘しないための力だしね」
「戦闘しないための力?」
「そうだなぁ…あっ、ちょうどいい。あのゴブリンでやってみるよ」
そう言うと、ナーゼは鞄から試験管のようなものを取り出す。というより今更だが、ナーゼの持つ鞄は、俺のと同じ魔法鞄のようだ。
ナーゼの取り出した試験管には、よく見ると木の年輪のような模様がある。というより、試験管自体が木そのものに見えた。
「目覚めて」
「「っ!?」」
ナーゼがそう呟いた瞬間、その試験管がうねり、膨張する。やがてそれは、華美な装飾などないシンプルな、けれど美しい弓へと変化した。
「ナーゼ、それは…?」
「ボクの武器だよ。普段から使うわけじゃないし、試験管の形にしてあるんだ」
「で、ですが矢の方は…」
「それも大丈夫。ほら」
そう言って、ナーゼは左手を開く。すると、その掌から木の枝が現れ、草と、花と混ざり合い、矢へと姿を変える。しかも、一瞬で。
そして流れるように矢を弓に当て、弓を引く。
「〝麻痺〟」
弓を引ききった時、ナーゼの台詞と同時に、矢が黄色に淡く発光する。そしてそのまま、ゴブリンに向けて矢を放った。
矢は、ゴブリンの肩に突き刺さる。だが、それでは致命傷にはならない。案の定、こちらに気がついたゴブリンが、俺達を襲おうとするが、突如その動きが鈍る。両膝から崩れ落ち、痙攣したまま動かなくなった。
「あ、そのゴブリン倒すのお願いしてもいい?」
「…倒せてないのか?」
「うん。麻痺させただけだし」
「まぁ、わかった」
痙攣したまま動かなくなったゴブリンを、俺は素早く処理。そして再び、ナーゼの元へ向かう。
「…とまぁ、こんな感じだよ」
「つまりは「敵が麻痺して動けない隙に逃げる」。それが、お前の戦い方ってわけか」
「そういうこと。あ、でもボク毒も使えるから、倒せないこともないよ」
「ただ、それだと倒すまでに時間がかかりすぎる…だから、なるべく戦闘を避けている、か」
「まぁ、そうなるね」
解析、麻痺、毒。どれも確かに、戦闘向けのスキルではない。
ナーゼは薬師であるため、解析は必要不可欠。麻痺や毒も、薬の材料や、効果を調べるもの、治療する際の麻酔代りとして申し分ない。
ただ、俺は少しだけ違う考えが浮かんでいた。
「…だが、それを加味しても、ナーゼは戦闘向きだと思うけどな」
「えっと…どうして?」
「さっき、お前はその技を「戦闘しないためのの力」と言った。だが、その技は間違いなく「戦闘に役立つ力」だ」
「えーっと…?」
「例えば、俺達がそれぞれ一体ずつモンスターを相手取るとしよう。ナーゼを非戦闘とすれば、残った俺達で、四体のモンスターを相手取らなければいけない。ここまではいいか?」
「う、うん」
「ここで、さっきの麻痺矢を使うとする。そうすると、それまで相手にしなくてはいけないモンスターが四体だったのが、麻痺して動けなくなったことで三体に減る。そうすると、何が起きる?」
「…あっ!ボクがフリーになる?」
「そういうことだ。ナーゼが相手取るモンスターは麻痺状態。なら、その間ナーゼはこちらの支援に回ることができる。そうなれば、戦いは実質4対3、数でこちらが有利になる。ナーゼ、お前の技は、一人では逃げることにしか使えないかもしれない。だが、一人でなければ、その技は味方を助ける技になる」
隙というものは、戦闘において致命傷になりかねない。それを強制的に作り出すことができるのは、ナーゼの強みだろう。
今までそのことに気づかなかったのは少しもったいないようにも思えるが、一人で奮闘していたことを考えると、無理もないだろう。
だが、戦える力を持っていると知ることは、必ずナーゼの自信にも繋がる。
戦えず、救えないと嘆くより、少しでも時間を稼いで、その隙に救う方が、ナーゼとしては気持ちが楽になるだろう。
「そっか…ボクも戦えるんだ…ふふっ」
「…?なにかおかしかったか?」
「ううん、なんでもない。それよりありがと!ボクの戦い方を教えてくれて!ボクじゃ、全然思い付かなかったよ!」
はにかむような笑顔を見せるナーゼ。
俺としては、冒険者として思い付いたことを言っただけなのだが、ナーゼが喜んでいるなら、いいことを教えられたのかもしれない。
「…………」
……なんかアリスが睨んでいるんだが、気にしないでおこう。ものすごくナーゼを睨んでるけど、気にしない。
そんな感じで、ナーゼとはいい感じに打ち解けられたと思う。急いでいるとはいえ、交流は大切にしなくてはいけない。
たとえ、そのせいで辛い思いをすることになったとしても、そう生きると決めたのだから。
「……おーい、大丈夫かー?」
「全然大丈夫じゃないよ!早く助けて!」
そんなことを、崖に引っ掛かったナーゼを見上げながら思っていた。
アリス(あぁっ、あのドリアード勝手にケインに色目使ってるな?そんな笑顔でケインが揺さぶられるとは思わないけど万が一揺さぶられたらどう責任を取るつもりなのかな?とりあえずそのこぢんまりした身長でも削ってあげて差し上げるから早く離れてくれないかな?ついでに目とか口とか色々潰してあげるから早く離れないかな?…って言ったりやったりしたら怒られるから我慢我慢…運が良かったね、ナーゼ……でも、次はないと思え…)
ナーゼ「…!?なんか悪寒が…」
イルミス(…わたしは全部聞こえてましたけど、言うのは野蛮ですね)




