152 意外な繋り
ドリアード。精霊族に類し、植物の声を聞き、命と共に生きる種族。
精霊族は竜人族以上に珍しい種族。その殆どは、滅多に人前に現れることはない。ただ、この少女はその例から漏れているようだが。
「とりあえず、安静にできる場所を探そう。話はそれからでも遅くない」
「分かった。それなら、もう少しした先にくぼみができた岩があるらしいよ」
「…?どうして分かるのかしら?」
「植物に聞いたんだ」
「あぁ…ドリアードだから、植物の声が聞こえるのよね。納得だわ」
ナーゼの言った方向へ進むと、本当にくぼみのある岩が存在していた。そこへ柔らかい布を敷き、三人を寝かす。そして改めて、ナーゼと向き合う。
「そもそも、ナーゼはどうしてこんな場所にいるんだ?見た感じ、冒険者では無いんだろ?」
「うん。ちょっと一山くらい越えた先にある町に用があってね。その帰りなんだ」
「……ん?その用ってのは?」
「えっとね、出してた依頼が達成したっていう知らせが届いて、急いで取りに行っていたんだ」
「んん……?」
なんとなく、ナーゼの言葉に既視感を覚える。というより、多分間違いなく俺達が関係している。
「…?どうしたの?」
「…一応聞きたいんだが、その町の名前は?」
「え?ティンゼルってところだけど…」
「…出してた依頼ってのは?」
「結晶蝶の捕獲だけど…それがどうかしたの?」
「あぁ……」
俺は、思わず頭を抱えて空を見上げる。ナヴィ達も少し苦笑いをしていた。それは紛れもなく、俺達が達成したあの依頼だろう。
分かっていない様子なのは、ナーゼとアリスだ。
「えっと…どうしたのかな?」
「…その依頼を達成した人の名前は?」
「えっとね、ケイン・アズワードって人で…あれ?君も、同じ名前だよね?」
「というより、本人だ」
「えっ、そうなの!?」
「あぁ……ただ、かなり遠くにいると聞いていたんだが、それにしては早くないか?」
「えっと…ボクがドリアードだってことは伝えたよね?ボクたちドリアードって、植物の精霊なんだ。だから、植物を伝って移動できて…」
「だとしても早くないか?俺達がその依頼を達成したのって、大体三週間くらい前だぞ?」
ギルドの話から、ナーゼは各地を転々としていたはずだ。そこから連絡を貰うまでに時間もかかるだろうし、なにより受け取って帰るまでが早すぎる。
なにか相応の理由が無ければ、ここまで早く行動できるのかが不信に思えたのだ。
「それは…うーん……」
「なにか言いにくい理由なのかしら?」
「いや、こうして出会えたんだ。ちゃんと話すよ」
ナーゼは少し考えていたが、どうやら話してくれるようだ。ただ、言うか迷っていた辺り、あまり人に聞かれたくない理由なのかもしれない。
「ボクには王族の友達がいてね、その子は今、病に侵されているんだ」
「その病ってのは?」
「ペクルテリア。感染症とかではないんだけど、一度発症したら、治す手段は無いとまで言われている病気だよ」
「ペクルテリア…?聞いたことが無いな」
「仕方ないよ。ペクルテリアは生まれた時に発症する病気だからね。一般的な病気には数えられていないから」
「ふむ…それで、治す手段が無いのに、結晶蝶を求めたのはどうしてだ?」
「…実は一つだけ治す方法があるんだ。ボクたちドリアードに伝わる秘薬なら、ペクルテリアだって治すことができる。ただ、作るのにとてつもない素材が必要で…」
「だから、冒険者を頼っている、と」
「そういうことだね」
要するに、友達を助けたい一心で、秘薬の材料を求めて色々な町を転々としているらしい。
ただ、それでは説明不足。それを分かっているのか、ナーゼはさらに続けた。
「結晶蝶も材料の一つなんだけど、結晶蝶の鱗粉には、ペクルテリアの進行を抑える効果があって。それで、少しでも持ちこたえて貰えるよう、無理して取りに来たってわけ」
「最優先で欲しい材料だったから、急いで取りに来た。で、今はその帰りってことか」
「うん。…でも、今は帰れないね。たとえ偶然だとしても、こうして苦しんでる子を見つけちゃったんだから」
「…なんか、すまないな」
「いいのいいの。薬師として、最後までやり遂げたいだけだから。それに、救える命は救うっていう、友達との約束でもあるから」
少しいたたまれない気持ちになったが、そういうことを、ナーゼは求めていない。だから、なにも言わないことにした。
「…なら、早く薬草を見つけないとな。俺達も手伝うから、今すぐ探しに行くぞ」
「それはいいけど…ボクみたいに声が聞こえる訳じゃないし、こんなに広い森じゃ、迷っちゃうんじゃ…」
「そこは問題ない。〝地図〟」
「うわぁ!?」
俺は地図を開くと、今いる場所にマーカーを設置した。
地図の派生スキル〝目印〟。
効果は言わずもがな、地図上に印をつけることができるというもの。
実はとうの昔に使えるようになっていたのだが、これまで使うような機会がなく、空気と化していたのだ。
「よし、これで大丈夫だ」
「ちょっ…ちょちょちょっと待って!?これ地図だよね!?どうしてそんなことできるの!?」
「どうしてって言われても…できる、としか言えないんだが」
「はぁ…あまり気乗りしないんだけど…ゴメン、使わせて貰うね?〝解析〟」
一言断りを入れ、ナーゼが俺に向かって解析を使う。その瞬間、自分では見えない、魂の深い場所を覗かれているような感覚に襲われる。
俺に解析を使ったことを良く思わなかったアリス達が、ナーゼを止めようとするも、それよりも早くナーゼがギョッとした顔になる。
「え、えっと…ケイン?君が地図を手に入れたのっていつなの?」
「…大体、半年くらい前だが?」
「半年!?」
「そ、そんなに驚くことか?」
「驚くよ!どうして半年でスキルレベルが二桁に到達しているの!?」
「…はい?」
その言葉に、俺達も唖然となる。
普通、スキルレベルはそう簡単には上がらない。半年なら、使い続けたとしても精々3レベルくらいだろう。
だが、俺の地図は、なぜか二桁に到達しているらしい。動揺しすぎて詳しいレベルは教えてくれそうにないが、多分10レベル台のどこかだろう。
「…というか、気づいて無かったの?」
「特に気にしてなかったからな……」
「勝手に見たのは謝るけど…それでも、少し異常だよ?」
「別に気にしないが…そうか、おかしいのか…」
まぁ、地図作成が使えるようになった時に一度、少しおかしいとは思ったことはあったが、特に気にすることでもないと思ってしまっていた。
だが、今日のことで改めて、自分の異常性に気がつくことができた。そこは感謝しなければ。
「はぁ……なんだか、ボクがこれまで見てきた世界に、君はいない感じがするよ」
「…?どういう意味だ?」
「うーん…なんというか、君は人という枠に収まらない、不思議な人って感じがするかな…ごめん、上手く表現できないや」
「お、おぉ…俺も分からんから別にいいが…」
いきなりそんなことを言われても、どう反応すればいいのかなんて分からない。
だが、俺は紛れもなく人間だ。多分、少しだけ、俺も知らない特殊な体質でも持っているんだろう。
それがなにかは分からないが、きっと、悪いものでは無いのだろう。俺は、そう信じることにした。
「話が逸れたな。早く薬草を探しに行こう」
「そうだね、行こう」
さぁ、話し合いは終わりだ。
今は、目の前の問題を解決しに行こう。




